Minto! 24

「おっはよー。ミント」
「おはよう……」
 ダイニングルーム――あたしは目をこすりながら、明にあいさつする。
「おーっす」
「ゆうくん、おはよう」
「さ、みんな、朝ごはんよ」
 明ママがパンとスープとサラダをテーブルに並べる。
 明はミ―コ達にエサをやっていた。そしてテーブルにつく。
「いっただっきまーす」
 今日も明ママのごはんはおいしかった。

「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
 ごはんを食べたあと、あたしは明とゆうくんと一緒に家を出る。
「高野んち行くのか?」
「もちろん」
「岡村んとこもか?」
「そうよ。ちーちゃんもいるといいけど。ちーちゃんはもう学校行ったかな。中学校はちょっと家からはなれているもんね」
 そんなことを話している明とゆうくん。
 二人の話に耳をかたむけていると――。
「ミント」
 うわぁっ! びっくりした!
 響きのよいテノール。これは――
「乱造さん!」
「ちょっと来てくれるか?」
「いいけど……どうしたの?」
「ちょっと」
「おい、オレたちは今から学校なの」
 ゆうくんは言う。
「すぐ済む」
「おい――明からも何とか言ってやれよ」
「――すぐ済むのね」
「そうだ」
 乱造さんはうけあった。
「じゃ、いいわ」
「明!」
「あの二人を邪魔する権利のある人なんて、誰もいないわ」
「権利?」
「資格って言ってもいいかしら」
「資格かぁ……オレがミントが好きってだけじゃだめなのか?」
 ゆうくん、資格って言葉の意味わかってるんだ。さすが、かしこーい。
「こっちだ」
 あたしは乱造さんに腕をとられていた。明には悪いけど――ちょっぴり幸せだった。
 あたし達は公園のベンチに座った。
 何かしら……なんか、話があるのかな……。
 心臓がばくばく。今にも口から飛び出しそう。
 だが、乱造さんはこう言った。
「俺な……ちぃが好きなんだ」
「ちぃ?」
「千春だよ――岡村千春。みんなちぃって呼んでたけど」
 なんだ……。
 あたしのことじゃないのか。好きなのは。
 そうだよね……あたしなんて、本当は中学生の年齢の乱造さんから見れば、ガキだよね……。
 あたし、なに浮かれてたんだろ。バカみたい。
 千春さんだったら――あたしも好きだし、素敵な人だと思うし。ホモマンガに夢中なのが玉にきずだけど。
 それにしても――乱造さんは結構喋る。無口で無愛想というタイプなんかではない。
 だけど、イメージっていうもんがある。
 乱造さんはマンガ描くより、一人でゲーテとかリルケのマルテの手記(どっちもあたしは読んだことないけど)を開いている方が絵になる。
 あたしはうつむいたまま、ありさんの行列を眺めていた。
 何か言わなきゃ、何か言わなきゃ……。
 でも、頭が混乱して何も思い浮かばない。
「乱造さんは、さ……」
 あたしはとぎれとぎれに言った。
「あたしに、千春さんとのことを、応援してもらいたい……の?」
「いや。ただ、わかって欲しかっただけだ。アンタには」
 あたしは、昨日のことを思い出していた。
 乱造さんは、あの場にいたんだ。明達の話も聞いていたのかもしれない。 
「そういうことはさ、あたしでなく明に言ったら?」
 ついイヤミっぽくなってしまった。もちろん、そんなつもりじゃなかったんだけど。
「――ああ」
「あたしから伝えておいてもいいけどさ」
「うん……悪い……でも、機会があったら俺からも言うつもりだから」
 あたしは……不思議と晴れやかな気持ちになった。
 これで、あたしは明と乱造さんの取り合いやらなくて済むんだ。そう思うと……。
「大事な話、してくれてありがとう。乱造さん」
 顔を上げたあたしは笑っていたことだろう。
「いや、俺は礼を言われるようなことは……」
「千春さんと仲良くね」
「ああ……」
 乱造さんも微笑んだ。
「ミント……やっぱりアンタ、いいヤツだな」
「そう?」
「俺も……がんばってみる」
「うん! がんばって!」
 あたしは――
 高野くんと岡村くんの気持ちがわかるような気がした。
 あたしは失恋してしまったけれど。
 乱造さんと千春さんだったら笑って祝福できるような気がする。
 がんばって。乱造さん。
 あたしはもう一度、今度は心の中でつぶやいた。
「じゃ、俺、もう行くわ。ミントも学校あるだろ」
「うん」
「送ってってやるよ」
「ありがとう」
 へへ……とあたしは笑った。
「ちょっと寒くなってきたな」
「季節外れだからあれだけど――手袋持ってたら手袋うさぎがやれたのにね」
「ああ」
 乱造さんがうなずいてから続けた。
「手袋うさぎを好きになってくれてありがとう――あれは、俺とちぃの想い出の証なんだ」

2013.3.24

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