Minto! 23

 しばらく――。
 みんな黙りこくってしまった。
 何? みんな。この空気。誰か喋ってよ。お願いだから。
 そんなあたしの想いが通じたのか――。
 岡村くんが口を開いた。
「乱造か……」
 その声は、納得、と言ったていだった。
「明が乱造さんを好きなんじゃ仕方ないよね」
 岡村くんも高野くんも、乱造さんには一目置いているようだった。それがあたしには嬉しかった。
「でも、明ってば乱造のこと嫌いなんじゃねかったの?」
 岡村くんが言う。あたしも本当に好きなの?と首を傾げたくなることがあった。
「好きだからつい意地悪を言っただけなんだよ。そうだろ? 明」
 高野くんの言葉に明が頷いた。
「でも、だからと言って諦めるのか? 明を」
「いいや!」
「そうか! 俺もだぜ!」
 高野くんと岡村くんはがしっと握手してハグをした。男の友情だね。
 二人が離れた後、真美が言った。
「あ……私も、諦めないから! 高野くん、諦めないから!」
 しばし時が経って、風が彼らの間を横切った――ような気がした。
 その様子を見て真美がほほえんでいた。あたしも笑っていたことだろう。
「行こうぜ」
「ああ」
 高野くん達も真美と一緒にその場を後にした。
「あーあ。ちーちゃんがこの場にいたらなぁ……感動して泣いて、次の本のネタにしたかも」
 ――今ほど千春さんがいなくて良かったと思ったことはない。
 ちょっと離れたところで人影が動いた。
 あのシルエットは――乱造さん?
「行こうよ、ミント」
「う、うん」

 あたし達は帰るとニワトリのひーちゃん達にエサをやった。もちろん、ミ―コにも。
 ひーちゃんとぴよちゃんの子供がちびちゃん。でも、じきに大きくなるって言ってた。ひーちゃんとぴよちゃんは縁日で買ったらしい。
 あたし達はバターとメイプルシロップがたっぷりのホットケーキを食べていた。
「美味しいですね、このケーキ」
 飲み込んでから、あたしがほめた。明ママは嬉しそうだった。
「あらそぉ? じゃんじゃん食べていいのよ」
「ミント? やるか?」
 ゆうくんが優しく言ってくれる。
「でも、大好物なんでしょ?」
「ミントにやるのならおしくない」
「ゆうくん。まだまだあるから。お母さん、今日ちょっとホットケーキ焼き過ぎたの」
 加減のきかない人だなぁ。もちろん、これは黙っておく。
「じゃ、あたしにちょうだい」
「だめーっ」
「何で。ミントは良くてお姉様はだめなの?」
「だって、それ以上食ったらブタになるぞ」
「ひっどーい。ねぇ、ひっどいわよね、ゆうのヤツ」
 あたしは食べかけをごくんと飲み込んで――むせた。
「ほらあ。ミントが食べてる途中に明が話しかけたからむせたんだ。反省しろ」
「ご……ごめんね。ミント」
 明ママがお水を持ってきてくれた。一気に飲み干す。
「明。アンタはもうちょっとマナ―良くできないの? 美都ちゃんにもしものことがあったらどうするの」
「ゆうだってひどいこと言ったもん」
「やぁねぇ。子供の言うことじゃない」
「今にそう言ってられなくなる日が来るわよ」
「あら。そんなことないわよ。ねーえ」
「ねーえ」
 ゆうくんと明ママはうなずき合った。
 いいのかなぁ、そんなんで……。
 明ママには多少……というか、すっごいひいきがあると思う。
 優しいし、美人だけど、ゆうくんの方に愛情が向いてる。明はさびしくないのかな。
「明――さびしくない?」
「え? 何が?」
「自分ばっかり怒られて」
「えー。もう慣れたし」
 明は本当に平気そうだった。
「それに不自然に優しくされる方がかえって不気味よ」
「そうかぁ……」
 あたしは明のことを見直した。強いんだね、明。
 もう何回彼女のことを見直したかわからない。
 ホモ本を見せようとするのにはカンベンだけどね。
 明はかっこいいよ。ほんと。
 岡村くんや高野くんが惚れるのもわかる。
 でも、明が惚れたあいては――。あたしと同じ華流院乱造さんなんだぁー。
 あ、そういえば、土曜日はあの人に家に行く。あの人のマンガをたくさん読める。土曜日早く来ないかな。
「ミント……」
 ちょっとくらぁい顔して明が訊く。
「乱造さんのこと考えてたでしょ」
「あ、うん。土曜日のことね」
「あたしも行くからね……」
「うん。別にいいけど」
「よせよせ。ミントと明じゃ勝ち目ねぇって」
 ゆうくんがちゃかす。
「アンタと乱造だって勝ち目ないわよ!」
 明が反撃する。
「まぁ、オレだって中学生になりゃ、乱造なんかにまけないけど、オレ、小二だもんなぁ……」
 ゆうくんがあたしのことを好いてくれるのはわかった。でも、いつか消え去る恋だと思う。
 だって、あたし小六だもん。
 ゆうくんは可愛いから、他に好きな子見つかる。きっと、必ず、絶対!
 あたしは乱造さんと、乱造さんの描くマンガに惚れたから。多分、明もそう。
 しっかし、ややこしいなぁ。あたし達、まだ小学生なのに、もう恋のかけひきが始まっている。恋のかけひきと言っても、おままごとみたいなもんだけど。
「さ、しっかり食べてね。美都ちゃん」
「食が細いもんねぇ、ミント」
 明ママと明につづけざまに言われ、なんか申しわけないような思いになった。
「いいよ。明の言うことなんか気にすんなよ」
「うん……」
 特に食が細いというわけでもないんだけどなぁ、あたし。
「オレに言わせりゃ明が食い過ぎるんだよ」
 この後の展開は――すでにおなじみだろうから、カット。

2013.2.19

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