Minto! 20

「ミント、アンタにあげる絵だけど……何描く?」
 イラストを描いたスケッチブックをお客さんに渡して(それがスケブ、と呼ぶんだそうだ。交流に大切な行為らしい)、乱造さんが訊いて来た。
 あたしはもちろん、何を描いて欲しいか決めていた。
「ピーチちゃん、描いて欲しいな」
 ピーチは『手袋うさぎ物語』の主役格のキャラだ。可愛いので覚えていた。
「ピーチね、わかった」
 乱造さんは自前のスケッチブックに鉛筆を走らせる。
 う、上手いなぁ……。下書きなのに、ちゃんと絵になっている。
 この人は、絶対プロになれる!
「乱造さん!」
「はい?」
「絶対夢叶えてね!」
「……気が散る。少し黙っててくれないか」
 それが乱造さんの照れ隠しであることがあたしにはわかった。明がちょっと悲しげな、でも決して冷たくない視線をあたし達に寄越す。
「色、塗るか?」
 こんな素敵なイラストを描いてもらえる上に色まで!
「はい! 是非お願いします!」
 あたしは勢い込んで頼んだ。
 そして……。
「できた」
 十五分で可愛い綺麗なピーチちゃんの完成だ。
「ありがとうございます!」
 これは宝物にしようっと。
「ああ。そろそろイベントも終わりだな」
「え? もう終わりなの?」
「何、ミント。物足りない?」
 明が訊く。
「そうじゃないけどさー……」
 ちょっと終わるの早過ぎない? そう言うと乱造さんは答えた。
「これが普通さ」
「あ、乱造。打ち上げには行かないの?」
 ゆりさんが乱造さんに声をかける。
「行かない」
「んもう、相変わらず付き合い悪いんだから。そんなだと、ミントに嫌われちゃうわよ」
「え……?」
 乱造さんが私のことを真正面から見た。
 何、この感じ……。
 不思議な時間が流れた。
「あたし達、もう帰るね」
 明が言った。
「あ、あたしも……」
 これ以上この時間が続いていたら、あたしはどうなるかわからなかった。
「それじゃあな、ミント……明」
「あ、あたしにも挨拶した。普段は挨拶なんてしなかったじゃん」
「そうか?」
「いつもだまーって部室に来てはマンガ描いてだまーって帰って行くじゃない」
「そういえばそうねぇ……喋る時は喋るけど。――まぁ、恋の魔力かもね」
 ゆりさん……恋ってまさか……。
 乱造さんと目が合った。乱造さんがにこっと微笑んだ。
 うっわ、可愛いー。
「何にやにや笑いしてんのよ、乱造。変な顔」
 それはないと思うな、明……。
 乱造さんが途端に不機嫌な表情になり、ふいっと横を向いた。
 そうだよねー。気分を害したに決まってるんだ。明、乱造さんが絡むといつも以上に口が悪くなるもんな。
 まるでゆうくんに対するみたい……。ううん。ゆうくんにだってもうちょっと愛情ある態度取ってる。
 本当に明って乱造さんが好きなのかな……。
「わからないって顔してるわね、ミント」
 わっ!
 ゆりさんが至近距離に来ていた。ドキドキ。
 耳に息を吹きかけるようにゆりさんは言った。
「あれも愛情表現のひとつなのよ。あなたは素直だからぴんと来ないだろうけど、わかってあげて。もし行き過ぎな場合には私が止めるから」
「は……はい……」
 耳の奥がぞわぞわしてくすぐったい。
 ゆりさんは確か男同士の恋愛マンガを描くって言ってたから、女同士でも抵抗ないのかな。でも、具体的にどうするんだろう……。
 わ、わからない……!
「乱造、送って行ってあげて。明、乱造の道案内お願い」
「わかった」
 明は――今度は素直に頷いた。
 あたしは、帰る道すがら、一生懸命『手袋うさぎ物語』の話をした。……乱造さんは特に興味もなさそうに聞いていた。
 さっきは、あんな笑顔を見せてくれたのにな……。
 あたしはもう一度、彼の笑顔を引き出したかった。
 家に着いた時――。
「ミント。アシスタントがいなくて困ってる。暇があったら家に来ないか?」
「ダメーっ!」
 叫んだのは明だ。
「アシスタントなんて行っちゃダメ! 何されるかわからないわよ!」
 確かに、乱造さんは病気したとはいえ、もう中学生だ。大人の体になっていたとしても不思議ではない。
 でも――あたしは乱造さんを信じる!
「わかった。あたしは行ってもいいけど」
「今度の土曜な。来週の日曜にもイベントがあるんだ」
 へぇ、あの買い物ごっこがねぇ……。
 明には悪いけど、やっぱり明達の言うイベントって買い物ごっこだと思うの。違いは本物のお金使っているところだけど。
 でも、本物の才能が見つかることもある。乱造さんの本には才気がほとばしっていた。マンガ家のスカウトとか、来ないのかな。よくわからないけど。 
「乱造はね……この辺りではちょっとした有名人なんだ」
 乱造さんと別れた後、明がぽつりと言う。彼の実力を認めるのにはやぶさかでないらしい。
 問題はそれを本人の前で言わないことだけど。
「さ、入ろ。ミント。ママが待ってる」
 いつまでも家の前に突っ立ってるのも何だしあたしは素直に従うことにした。
「おっかえりー。ミント!」
 ゆうくんがご機嫌で迎えてくれた。
「あっ。美都ちゃん」
 明ママも笑顔だ。
「明や美都ちゃん達がいない間、ちゃーんとお留守番できたもんね。ゆうくん」
「うん、ママ」
「ちっ。相変わらずママの前ではいいコぶっちゃって」
「何か言った? 明」
「なぁんにも」
 明がそしらぬ顔をしてそっぽを向いた。明ママが手を叩きながら言った。
「さぁさ、お菓子食べましょ、みんな。私、スフレ作ったのよ」
 スフレかぁ……そういえばあたしのママもスフレ作るのが得意だったな。美味しかったな……。思い出の味なのよね。

2012.10.14

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