Minto! 19 ええっ?! 今から乱造さんのところへ行くの?! いいんだけど、胸がドキドキ……。 「どうしたの? ミント。具合悪いの?」 ああん、違うってばもうっ! 明って妙なところで鈍いんだから! 「乱造いるんだからちょうどいいじゃん。あっ、ゆりちゃんやっほー」 「やっほー」 ゆりさんは明の挨拶に気さくに答えた。 「ほら、ミントも」 「や、やっほ……」 あ、ダメ。ドキドキおさまんない。 「乱造、ここでも学ランなんだよー。浮いてるったらありゃしない」 明が歯ぎしりしている。私はそこが乱造さんのいいところなんだと思うけどな……。 「忙しいのよー。手伝って」 ゆりさんが拝んでくる。 「おっし、わかった」 明が力こぶを見せる。いや、明は細い腕だから、そんなに力こぶはないのだけれど。気分の問題よね、気分の。 「ゆりちゃーん、何すればいいの?」 「売り子してくれる?」 「いいともー!」 あたしは何をすればいいのかな……。 「あ、ミントここ座ってくれる?」 明が言った。そこは乱造さんの席の隣と言う特等席。 乱造さんはスケッチブックに向かって何かを一心不乱に描いている。綺麗な絵だなぁ……。 あたしは、はっとして明の方を見た。明はウィンクをした。 明、気を使ってくれたんだ……ありがと。 「これ、いくらですかー?」 中学生くらいの女の子が訊いてきた。 え? あたし? こんな時どうすればいいの? 「はい。それは五百円でーす」 明が割って入った。助かった。 女の子が去った後、あたしは明に、 「ありがとう」 と言った。 乱造さんはきらりと目を光らせた。光の加減かもしれないけど。 「何しに来たんだい? ミント」 「え? あの……」 「地味で暗い本売ってるサークルに協力して差し上げようと思ったまでよ」 これはあくまで明の台詞だからね。 「余計なお世話だ」 乱造さんはムッとしたらしい。 「売り子もできないヤツにいて欲しくない」 乱造さん……。 あたし、あたし、邪魔かな。 「ねぇ、ミント。お昼買ってくれる?」 ゆりさんが慌てて言ってくれた。 あたしにやること作ってくれたんだ。さすがイラストクラブの部長さん。 「えーと、何買う?」 あたしはメモ帳とペンを取り出す。 「ハンバーグ弁当」 「ペペロンチ―ノ」 「……唐揚げ弁当」 「わかった。行ってきまーす」 一階には売店がある。ペペロンチ―ノはなかった。代わりに幕の内弁当を買った。 「あ、あの……ペペロンチ―ノなかったから幕の内弁当買いましたが」 「ああ、いいわよ。ご苦労様」 ゆりさんが労ってくれた。優しいな。 「あ、でも、ハンバーグ弁当と唐揚げ弁当はありましたから」 明にはハンバーグ弁当。乱造さんには唐揚げ弁当。 「ありがとう、ミント」 「……ありがとう」 二人ともお礼を言ってくれた。 ここに来てから会う人達、みんなあたしに優しいな……。あたしって、幸せ者だな。 「ねぇ、ミント。売り子ってしてみない?」 「え? そうだなー……」 ちょっとやってみたいかも。なーんて。 「明。これはお遊びじゃないんだ」 「あら、ミントだって真剣よ。ねー」 『ねー』とあたしも答えた。 「わかった。この『手袋うさぎ物語』シリーズはどれも五百円だから。それから、新刊が二百円。落としそうになったのをページ削減して間に合わせた」 そして、乱造さんはスケッチブックに絵を描く作業に戻った。あたしはそうっと横目で見る。 う、上手い! そんじょそこらのプロ作家より上手い! 乱造さんは何でプロにならないんだろう……。 「ねぇ、乱造さん」 「何」 「乱造さんはプロにならないの?」 しばらく間が空いた。 「……なりたいよ」 答えが返って来た。 「じゃあ、なれるよ、きっと」 あたしは嬉しくなって思わず笑ってしまった。 乱造さんの目が細くなった。目が痛くなったのかな……目を酷使する作業してるからな。 「スケブ、後でアンタの為にも何か描いてやるよ」 「え? いいんですか?」 「まぁな。今日のお礼代わりだ」 ああ、乱造さんは何て優しいんだろう! 「その代わり、売り子の方頼んだからな。明、説明してやってくれ」 「何よ―。その命令口調」 「おまえにはこれが合ってる」 「ひどーい! ミントとえらい差じゃん!」 それは明の方にも責任があるのでは……だって、明って本当に乱造さんのこと好きなのかどうかわからない発言ばっかりしてるんだもの。 好きな人の前では素直になれないんだろうけどさ……もうちょっとこう……岡村くんや高野くんに対するみたいにフレンドリーにいかないかな。 明がそんなんだと、あたし乱造さんを奪っちゃうかもよ。 恩知らずと言われてもいい。あたしは乱造さんを本当に好きになってしまったのだから。彼の作る世界を――彼自身を。 あたしは乱造さんのマンガをめくってみる。 綺麗な絵。それに、ストーリーだってしっかりしている。 将来プロでも通用するんじゃないかしら。あたしはマンガは素人だけど。 それにしても……こんな世界もあったのね。 みんな楽しそうで……笑いさんざめいている。 千春さんも来た。あたしはゆりさんに本を一冊もらった。うう、これが例のホモ本か……。 軽いものだとゆりさんは保証してくれたけど……ううう……。 2012.9.17 20へ→ |