Minto! 18

 コンコンコン。あたしは明の部屋の扉をノックした。
「どうぞー」
 明の声がしたので、あたしはお邪魔することにした。
 明も枕を抱いている。
「話があるんだけど」
「なぁに」
 明、ちょっと元気ない? 気のせいかな。
「あ……あたしもね、本当は乱造さんのこと好きなの!」
「そんなこと……わかってたわよ」
 明がぶすっとして言う。機嫌悪いんだ。
「明……どっか悪いの?」
「ううん。どうして?」
「だって、落ち込んでいるようだったから」
「あたしだって、落ち込むことぐらいあるよ」
「そうだよね……ごめん」
「ミントが謝ることないよ。あたしね……一人でいるとドツボにハマるんだ」
 そっか。明にも人知れず悩むことがあるってわけか。
「乱造さん、素敵よね」
「まぁ、見かけだけはね」
「あたし、あの人のマンガ好きだな」
「あたしも嫌いじゃない」
「明の絵も好きだな」
「……あたしの絵なんて――下手だもん。ミントぐらい器用だったら良かったな」
「そんな……明……」
 確かに線は拙いけど、自分の世界と言うものがあって、構図は芸術的でもあって――。何より個性的で面白い。
「明、二人でがんばろ」
「そだね」
 明が微かに笑った。やっぱりこういうとこ、可愛いな。笑顔も可愛いし。
「ねぇ、日曜、イベント行かない?」
 明が誘ってくれた。
 イベント? 誰か有名な歌手とか来るのかしら。
「どんなタレントさんが来るの?」
「やーだ、ミントったら」
 明がけたけたと笑った。
「イベントって言ったら同人誌即売会のことよ」
「同人誌……即売会?」
「コミケが一番大規模なんだけどねぇ、ほら、有明の。でも、ここだってそれなりに……って、どうしたの?」
 あたしはぼーっとしてた。あまり興味がないし、わからない。
 あたしの心を読んだのだろうか。明がにんまりした。
「もちろん、乱造も来るわよ」
「乱造さんも?」
「うん。あの人の本、結構人気あるみたいよ。それから、ちーちゃんも来るって。ゆりちゃんとも会えるといいけど」
「あたしも行っていいの」
「もちろん!」
 明が嬉しそうに手を取った。
「あたし達仲間欲しいからさぁ。ミントもちょっと手伝ってくれない?」
「いいよ」
 あたしも何だか嬉しくなってきた。
 楽しみだな、日曜日。

 そして――あっという間に日曜日。
 明があたしを案内してくれた。
 同人誌即売会って……こういうものなんだ。
 何か、独特な熱気がむんむんとしている。
 薄い本がテーブルの上に並べられている。みんな上手い。
「上手なんだね。みんな」
「この頃レベルが上がって来てるのよ。CGなんかも使っているサークルもあるしね」
「サークルって、ミステリーサークル?」
 どわははははは!
 豪快な声が聴こえた。
「よぉ」
「熊井!」
 誰……知り合い?
「明、可愛い子連れてるな。誰だ、その子」
「水無月美都。あたしはミントって呼んでる」
「そっか。俺は熊井剛。よろしく」
 大柄な人だ。多分中学生だろう。うーん。名は体を表すだなぁ。
「せっかくだ。何か買ってかない?」
 この人の絵も上手い。あたしは一冊手に取った。表紙から見て、アクションものみたい。こんなの描けるなんてすごいなー。才能だ。
「あ、この本、欲しいです」
「あいよ。三百円だ」
 こんなこと言うのはみみっちいし、失礼かもしれないけど……ちょっと、高くない? けれど、あたしは一応素直に払った。明の忠告でおこづかいは多めに持ってきたのだ。
「熊井ー。新刊どうしたのよ」
「ああ、あれ。落とした」
「ちぇー。せっかく楽しみにしてたのに」
「わり、西澤」
 熊井さんは明に手を合わせた。
「まぁいいわ。その代わり、新刊はクオリティ高いものにしてよね」
「もちのろん」
「じゃ、行きましょ」
 あたし達は千春さんのところへ行った。
「ちーちゃん。調子はどう?」
「んー、もうちょっとで完売」
「ほんと? それじゃ、一冊買うね」
「ありがとう」
 ああ、これが噂のホモ本? 何か、すっごいお洒落で素敵。
「千春さんの絵――綺麗」
「ありがと、ミント。買ってく?」
 あたしはぶんぶんと首を横に振った。
「まぁ、おいおい慣れさせていくわ。はい、五百円」
「毎度ー」
 やっぱり、高くないかなー。
「おや。どうしたの? ミント」
「ん。ちょっと……高くないですか?」
 千春さんになら気になったことが訊ける。明が言った。
「そんなことないよー。あたし達はここで夢を買っているんだからね」
「夢……」
 それで、何でこの部屋が熱気に包まれているのかがわかった。みんな夢を求めているんだ。そのぐらいのことはあたしでもわかる。たとえ、その夢の内容が理解できなくても。
「次は乱造のとこ行こ」

2012.7.23

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