Minto! 17

 場面変わって――。
「ミント……」
 ゆうくんはあたしの方を向いた。が、やがて言った。
「オレ、乱造のこと、気にしないからな」
「それってどういうこと?」
 あたしがゆうくんに質問する。
「ゆう。アンタなんかが敵う相手じゃないわよ。そりゃ、ちょっと……ぶっきらぼうだけどさ。乱造は」
 ゆうくんは暗い目でちらりと明を見たが、
「なんだよ。乱造の味方してんじゃねーよ。明のバーカ」
「だから! アンタはその口の悪さを直しなさーい」
「あ……あの……」
「ご飯にしましょうよ。もういつもより遅いわよ」
 わっ。もう七時半近い!
「はい。いただきまーす」
「ハンバーグだ! わーい!」
 ゆうくんは年相応の少年に戻っている。
 けれど何だか……ゆうくんは時々大人びた態度を取る。
 ぴーちゃんとひよちゃんがあたし達を見守っててくれる。
「明……何かあったの?」
 明ママが心配そうに訊く。
「ん。大丈夫よ。ママ」
「――そうね。いつもの明に戻ったみたいね」
「明は乱造が好きなんだよ」
「ゆう!」
「だって、見てればわかるもん」
 何たる洞察力!
 ゆうくんて、本当に天才かもしれない……。明ママの親バカではなく。顔も可愛いし、頭もいいし。
 それに……気のせいかも明に似てる。さすがきょうだい。
「あーあ。岡村も高野もかわいそうにな」
「ゆうったら!」
「本当にモテるわね。明は。さすがママの娘ね」
「でも、乱造はミントが好きとか……じゃなかった?」
「ゆう……それ以上言うと蹴るわよ」
「なんでぇ。明が言ったんだぞぉ。乱造はミントが好きって」
「でも、ミントは乱造のこと、なぁんとも思ってないんだからね!」
「そんなこと話し合ってたのかよ」
「そうよ!」
「良かった! ミントが乱造嫌いで」
「え? 嫌いじゃないわよ」
 あたしはつい口を挟んでしまった。ああ、この二人の間に入ることはしないようにしようと思ってたのに。
「嫌いじゃないなら、ふつう?」
「そ、そう。普通なの。でも、あの人のマンガは好きだわ」
「また変なマンガじゃないでしょうね」
 明ママはおたまを持って溜息を吐いた。
「変なマンガじゃないわ。とってもメルヘンチックなの」
「あの人はマンガだけはいいからねぇ」
 あたしの台詞に、明も乱造さんの実力を認めた。
「オレも、見てみたいかな」
「読んでみてよ! 面白いから!」
 あたしは力いっぱい勧めた。
 というか、ゆうくんて、あの人のマンガ見ないで『ソセイランゾウ』って言ったわけ? それってずいぶんじゃない?
 いくらゆうくんが口が悪いとは言え……。
 あ、でも、あたしに対しては優しかったな。
 ごめんね、ゆうくん。あたし、やっぱり乱造さんのこと、好きみたい。
 そして――ごめんね、明。
 乱造さんのことを思うたび、心がうきうき湧きたつの。
 やっぱり……明に言った方がいいかな。でも、それで明とぎくしゃくしたら、いやだな……。
 黙ってたら、わかんないかな。悪魔の囁きが心の中に現われる。
 乱造さんが好きなら、明に言う約束してたけど……。破ったってわかんないかなぁ。
 明はお味噌汁を啜っている。
 どうしよう、どうしよう……。
 胸がちくんと痛い。
 友達の彼氏を好きになった時ってこんな感じ? 乱造さんのことは、明の片思いみたいだけど。
 それにね、これは内緒だけど。
 明が、『乱造はミントのこと好きだよ』って言った時、少し嬉しかった。
 ううん。少しじゃないわ。すごく嬉しかった。
 恋すると、何て自己中心的になるのかしら。こんなの、恋じゃない。
 でも、乱造さんのことを考える度、心に甘い風が吹くの。
 あー、あたしってヤなヤツ!
 もっと嫌なヤツにならないうちに、明に告白した方がいいかしら。
 あたしも、乱造さんが好きって……。
「どう? ハンバーグ美味しかった?」
 明ママが笑顔で聞いても、あたしは上の空。
「え? あ、はい」
 ようやく現実に戻った。
「ミントちゃん」
 明ママがあたしを見据えた。
「何でしょう」
「何か悩んでいること、ない?」
 うーん。やっぱり明ママにもわかるか。
「テストが……いつもより点が悪かったんで」
 あたしの嘘つき。今日はテストなんかなかったじゃない。
「明。テスト見せなさい」
「え? テスト?」
「とぼけるんじゃないわよ。どうせ悪い点だから、隠したんでしょ」
「――ああ、あれ。捨てちゃった。あはは」
 明が笑う。
「明ーっ!!!」
 明ママの雷が落ちた。
 明ったら……あたしの嘘につきあってくれたんだ。それなのに……あたしの卑怯者。
 よし決めた。今夜、明に乱造さんのこと言うわ。
「全く、相変わらずなんだから、明は――。ところで、ミントちゃん。テストは?」
「はい……あの……学校に忘れてきました」
「ミントちゃん……やっぱり私は信用できない?」
 明ママがしょんぼりした顔で訊く。
「え、ええっ。そんな……」
「まぁいいわ。あなたのことは陽子から頼まれたから、もっと心を開いてくれると嬉しいな」
 陽子ってのは、つまりあたしのお母さん。
 テストを見せないのが、お母さん代わりの存在として受け入れてもらえていない証拠ではないかと明ママは疑っているんだろうけど――。
 無理だよね。なかったテストを見せるなんて。
 あたしは、お風呂に入った後、部屋で枕を抱きながらぼーっとして、明にどう話したらいいかを考えていた。

2012.6.16

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