Minto! 16

「また宜しく。ミント。――じゃ、さよなら」
 クラブの時間が終わると、乱造さんはいそいそと帰って行った。
「あいつ……挨拶した! しかもミントっていう愛称で!」
 明が驚いている。
「乱造さんて、そんなに無口な人なの?」
「んー。無口っつーか、無礼っつーか?」
「ふぅん」
 あたしは乱造さんの後ろ姿を見つめ……そして明の方を再び向いた。
 これは……見なければ良かった。
 明がうれいを帯びた顔で乱造さんを見つめているのを。

「明ー。ミ―コの夕飯あげてちょうだい」
 西澤家である。明ママ――西澤玲子という立派な名前があるけれど――が言った。
 ペットのエサをあげるのは、明の役目らしい。
 もっとも、この家の動物達は人間より堂々としてるけど。
「わかってるわよー」
 そう言って、明が缶切りを動かす。
「おい、明のヤツ、どうしたんだ?」
 ゆうくんにも不思議がられるほど、明は大人しい……ような気がする。
 やっぱり、あれって、あれなのかなぁ……。
 明って、本当は乱造さんのこと好きなんじゃあ……。
 でも、他人がとやかく言えることじゃないし……。
 それに、あたしも乱造さんに好意めいたものを持ってるしね。
 岡村くんにもときめいたけど……わー! あたしって意外と浮気性だったんだー!
 何て一人祭りやってる場合では……ない。
 明、乱造さんが好きだったからこそ、岡村くんにも高野くんにもなびかなかったのかぁ。
 だとしたら、つじつまが合うような気がする。あの態度は、照れ隠しだったのかなぁ。
「明、後で話につきあってくれない?」
 あたしは小声でしゃべった。
「い……いいけど」
「まぁ、どんなお話かしら」
 明ママが興味津々という形で話に割り込む。
「……多分ママには関係ない」
「あー、そういう態度ってないんだぞ。そういうのをはんこーきっていうんだぞ」
 ゆうくんも間に入った。
「うるさいなー。ミントとあたしのことなんだから、いいでしょ? 別に」
「よくない! ミントのことなら、オレもかんけいあるはずだ!」
「何でよ!」
「だって……」
 ゆうくんがもじもじし始めた。
「何よ、ゆう。気色悪い」
「だって……オレ、ミントと結婚したいんだもん」
「無理に決まってるでしょ! 無理無理」
「どうしてさ!」
「だって、ミントは乱造と……」
 そこで、改めて明はあたしの存在に気がついた。
「あ、ミントはどう思ってるか知らないけど、乱造はミントのこと、好きだよ」
「え……?」
 あたしは……多分顔が赤くなっていることだろう。
「えー! 『ソセイランゾウ』がかい!」
 ゆうくんが唇を尖らせる。
「ソセイランゾウって……って……言ったの誰よ」
 あんなに一生懸命にマンガに打ち込んでいる人なのに!
 侮辱よ! これは立派な侮辱罪だわ!
「あ、ミントが怒ってる!」
 つい、怒ってないわよ、と言おうとしたが――。
「怒ってるわよ!」
 あたしはついに叫んだ。
「粗製濫造じゃないわ! あの人のマンガは! とても……とても純粋なんだからね! 遊び半分のホモマンガなんかとは違うんだから!」
「ミント……」
 明の眉が吊り上がった。
「ホモマンガでも、力を入れて作っている人はいるのよ! そういう人をバカにするつもり?! ちーちゃんやゆりちゃんを!」
「ち……千春さんは関係ないでしょ?!」
「でも、ちーちゃんだってやおい描くもん! あの人のはすごいんだから! 技術も、内容も!」
「や……やおい?」
「やまなし、おちなし、いみなしの略よ! ホモマンガのこと、そう呼ぶの。でも、あの人のは山もオチも意味もあるわよ!」
「あのね、あなた達……」
 しまった! 明ママの前だった。
「ゆうくんの前でいかがわしい話題はやめなさーい!!」
「なんだ。オレならなれてるのにな」
 ゆうくんはパンをかじりながら言った。
 今度も悪いのは……あたしだ。
「ごめんね……ゆうくん」
「いやいや。『ソセイランゾウ』っていったのはオレなんだし。オレもわるかったよ。それより、ミントはあやまる相手、ちがうんじゃねーの?」
 確かに……違う……。ゆうくんの言う通りだ。
「明……」
「ミント……ちょっと外行こ」
「そうだね」
「早めに帰ってきてね」
 明ママは釘をさしたが、別に止めはしなかった。

「あたし、ほんとは……乱造のこと好きなんだ」
 そう言われた時も、あたしはあんまり驚かなかった。
 好きな人の前でわざと嫌いなフリするのってのは、わかる。
「今ね……乱造をミントに取られそうで怖い」
「馬鹿ね……取らないわよ」
「でもあたし、絵ヘタだから、アシスタントになんてなれっこないし」
 明が泣いてる。あたしは、思わず、
「よしよし」
 と、明の頭をなでてあげた。
「ミントの恋は応援したいけど……あたしもゆずれないもんあるから」
「え? あたしの恋?!」
「そう。ミントも乱造が好きなんでしょ?」
「そりゃ……綺麗な人だなとは思ったけど……恋までは……」
 あたしは――嘘をついた。本当は――乱造って聞いただけで胸がドキドキ。
「本当? ほんとに?!」
「う……うん」
「じゃあ抜け駆けなしね! もしミントが乱造を好きでも」
 明は顔を上げてあたしと目を合わせた。明の目元には涙の名残がある。
「ミントも乱造を好きだとしても、その時はちゃんとあたしに言うこと! 邪魔なんてしないから。ね?」

2012.5.28

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