Minto! 15

「はい……」
 さすがの明も金谷さんには敵わないか。
 金谷さんは乱造のことが好きなのかな。そう思わないでもなかった。
 でも、普通の人だよねぇ、金谷さん。
 男同士の恋愛に夢中になっている人とは思えない……。エレガントで優しそうだし。
 神秘的といえば、乱造さんの方が神秘的なんだけど……。
「ミント、明の絵、見る?」
 金谷さんは話題を変えた。
「はい! 是非見たいです!」
「ちょっと恥ずかしいな……」
 明が照れている。でも、そう言いながらも満更でもないようだった。
「これよ」
 その絵に描かれていたのは……二羽のハト、繋がったハ―トの形、翼を休めてる鳥、たくさんの花や星――線は稚拙だけど、幻想的な絵だった。
「素敵……シャガールみたい」
「その感想言ったの、ミントで二人目だよ」
「へぇ、一人目は誰なの?」
「ちーちゃん」
 明が得意そうに答えた。
「明、『ちーちゃん』じゃないでしょ。ちゃんと千春先生とお呼びしなきゃ」――と、金谷さん。
「だって、ちーちゃんでいいって、本人が言ったんだもん」
「それでもよ。千春先生は、私の師匠なんだから。本を描いてコミケに出せば必ずその日に完売するほどの人気作家なのよ」
 えっ?! コミケって何? それに完売とか、本を売るとかって……一体どういう話なの?
 というか、千春さんて作家なの?
「あ、ミントがぐるぐるしてる。ゆりちゃん、説明お願い」
 明は金谷さんにあたしのことをバトンタッチしたらしい。心得た、という顔で金谷さんがうなずいた。
「コミケ、知らない? ミント」
 あたしはこくこくと力強く首をたてに振った。そんなの、全然! 知らないっ!
「同人誌即売会とも言うんだけど……そこで同好の士が集まって本を売るのよね」
「同好の士ってまさか……」
「そう。ホモ好き」
 明に断言されて、あたしはがっくりうなだれた。
「ちょっと、明」
「だって、このぐらい純な反応示してくれる人、珍しいんだもん」
「あ……明はあるの? その、免疫とか……」
 メゲそうになりながらあたしは訊いた。
「もちろん! ついて行けなかったらモグリだわ。でも、さすがに本は作らないかな」
「明は絵を描いていれば幸せというタイプだもんね」
「……あれを絵と言っていいのかなぁ……」
 明はぽりぽりと頬を掻く。
「素晴らしいじゃない。素敵よ。明の絵。もっと練習を重ねれば、千春先生みたいになれるわよ」
「本当?! すごい嬉しい! やおいは描かないけど!」
「金谷さん……千春さんてまさか……」
 あたしがおそるおそる口を出す。
「そう。やおい作家よ」
 金谷さんが豊満な胸を張る。
「そのやおいって言うのは……」
「そう。ホモ」
 あたしはずーんと落ち込んだ。
 あんな綺麗で素敵な人がホモ作家なんて、そんなの有り?!
 勿体ない! 男子が泣くわっ!
 ああ、岡村くんが嘆くのもわかるわ……。
「でも、やおいにはやおいの美学があってね……」
「ゆりちゃん、やおいの美学なんて古いわよ」
 うう、あたしには入って行けない世界だ……。
「相当ショック受けてるわね、ミント。でも大丈夫。みんな遊びでやってるんだから」
 余計心配よッ! 遊びでホモを取り上げるなんて、全国の本物のホモさんに悪いとは思わないワケ?!
 あ、でも、まぁ、キスくらいなら……と思ってしまったけど。
 だって、こんなことで明との友情壊したくないわ!
「あの、でも、キスまでよね、あたし達小学生だし……」
「何言ってんの。最後までやってるに決まってるじゃない」
「最後……最後って……」
「そう! セックス!」
 セックスって何?と訊くほどあたしだって子供ではない。
 どうやるんだかわかんないけど、取り敢えずエッチなことするのよね。胸触ったりとか――。
 でも、男の胸触って何が楽しいんだろう。あ、ダメ。考えてたら頭痛がしてきた……。
「あははははっ」
 金谷さんが高笑いをする。やめて、頭に響く……。
「今時純情なのね。ミントって」
「うーん。ちょっとからかい過ぎたかもなぁ……」
 明が女傑に見えてきた。
 あたしは乱造さんのところに寄った。彼なら、あたしの複雑な乙女心をわかってくれそうだったから。
 乱造さんはあたしのことなど目に入らないようにものすごいスピードでマンガを仕上げて行く。
「あ……あの……」
「何だい」
「1ページ、見せてほしいな、なんて……」
「どうぞ」
 乱造さんは一心不乱に描き続けている。どれ。
 あたしは心が温まるのを感じた。ああ、これよこれ。あたしが読みたかったのは。
 ちょっとコミカルだけど、絵があったかいの。話もそうみたいだし。少年と手袋で作った兎の物語。ちょっと少女マンガっぽいけど、あたしはそういうのの方が好き。
 乱造さんがホモ好きの人でなくてよかった……。
「続き、読んでいい?」
「じゃあ、手伝って」
 なるほど。手伝いは必要よね。あたしに何ができるかしら。
「あたし、何をすればいい?」
「何って、そのくらい自分で……」
 その瞬間、乱造さんとばっちり目と目が合った。ちょっとどぎまぎしつつも、目が離せないでいた。
 うわぁ……やっぱり美形……。あたし、赤くなったりしていないかな。
 乱造さんはふい、と顔を背けた。
 あ、あれ? 見つめられるの、気に入らなかった? まぁ、確かにじろじろ見て、失礼かもとは思ったけど。
「じゃあ、ベタ塗って?」
「ベタって?」
「絵に×印があるだろ? その部分を筆ペンで塗るんだよ」
「わかった」
「本当は墨でやりたいんだけど、机汚してしまったら困るし、印刷されたら同じだしな」
「墨で塗るんですか? 本当は」
「そう決まっているわけじゃない。要は黒ければいい」
 なるほど。
 絵には少し自信があるから、手伝うことにした。筆ペンはちょっと難しかったけど……はみ出てはいないな、よし!
「できました!」
「早いな……え?」
 乱造さんは驚きの声を上げた。
 どうしよう。そんなに下手だったかな。自分じゃ上手く塗れたつもりなんだけど……。
「これも塗って」
 乱造さんがあたしにまた原稿を渡す。
 合格……なのかなぁ。よかった。
「へぇー、乱造、よかったわね。いいアシスタントができて」
 いつの間にか金谷さんが来ていた。
「え? アシスタント?」
「マンガを描く手伝いをする子のことよ」
「小学生にしては上手いからな」
 と、乱造さん。自分だって小学生のくせに。ほんとは一コ上だけど。
 でも……褒めてくれたんだよね。今のは。ちょっと、嬉しいな。
「ミントってば、こいつのどこがいいの?」
 金谷さんの隣に来ていた明がきく。うーん。どこがいいんだろ……やっぱり顔? それとも才能? それに、こんなマンガを描くんだから、本当は優しい人なんじゃないかしら。多少ぶっきらぼうでも。
「もっと不器用なのかと思ったけど……所詮小学生だから」
 これには、ちょっとむかっと来たけど、仕方ないのかなぁ。
 本当はみんなと中学生になりたかったんだろうし。乱造さんも複雑なんだろうな。
 そうして、頼まれたベタを塗っていると……。へぇ、なかなかベタ上手いじゃない、と言う金谷さんのおかげで、教室にいた子達が集まってきた。
 そんなたいそうなもんじゃないよ……照れるというより、ちょっと困った。うれしくないわけじゃないけど。
「ミント、がんばってるじゃない。イラストクラブ入ろうよ」
 と、明も肩を抱いてしゃべった。

2012.4.7

16へ→
BACK/HOME