Minto! 14

 放課後――
 あたし達は――つまり、あたしと明はイラストクラブの部室の前に来ていた。
 あたしは生唾を飲み込んだ。
 よくわからないけど、ここが腐女子とやらの巣窟……。
 大丈夫かな。いじめられないといいな。明がいるから心配はいらないと思うけど。
「……入ったら?」
「う……うん」
「怖いことなんて全然ないんだから、そんなにかたくならなくてもいいよ」
 そうなんだけどね……高野くんや岡村くんの話を聞くと、何だか危険な団体かと……。
 ああ、明の豪快さが羨ましい。
「しようがないな。あたしが開けるね。こんにちはー」
 明ががらっとスライド式の扉を開いた。
「明ちゃん!」
 ひとりの女子が嬉しそうに呼びかけた。
 うわあ、キレイな人……。
 ここって、美人多い。温暖な気候で、誰も彼も穏やかに暮らせるからかな。
 でも、この人、千春さんに負けず劣らずキレイだなぁ……千春さんも美人だったけど。
 あたしがボーッとしていると、
「その方どなた?」
 と訊いて来た。
 うわあ、声までキレイ!
「ゆりちゃん。この人、あたしの友達の水無月美都。ミントって呼んでんの。ミント、この人イラストクラブの部長、金谷ゆり。ゆりちゃんよ」
 えええっ! この人が?!
 とても男同士の恋を描いた本を読む人とは思えない。
「宜しく。仲良くしてくれると嬉しいわ」
「は……はい」
 あたしは、無意識のうちに金谷さんと握手を交わしていた。
 腐女子って言うと、異様な雰囲気なのかな、と思ってたけど、みんなどこにでもいる普通の人みたい。
 ただ、
「今はタイバニが熱いよねー」
「あたし兎虎が好き!」
「今度独伊本出そうと思うんだけど、どう?」
「ヘタはもう古いんじゃない?」
「私が好きなんだからいいでしょう?」
 などと、専門用語が飛び交っていた。
「今日は見学に来たんだよー」
 明の声で、はっと物思いから覚めた。
「そうなの。ようこそ。イラストクラブへ」
「はぁ……」
 あたしがきょろきょろしていると――
 学ランの男子が目にとまった。何かを一心不乱に描いている。
 あたしはふらふらとその人に近づいて何を描いているのか覗き込む。
「――何だい?」
 その人は顔を上げた。
 うわぁ……!
 何度もこの地域の人々の美貌には慣れていたはずのあたしだったが、この人はまた別格だった。
 きりりとした一重瞼、澄んだ瞳。流れるような黒い髪。
 ……まぁ、黒い髪なのは遠くから見てもわかるけど、男子で長髪って、小学校じゃ珍しいよね。ましてや学ランなんてさ。
 それに……ちょっと金谷さんに似ている。
「何描いてるの?」
 あたしはドキドキしながらたずねた。
「――漫画だよ」
 ぶっきらぼうにその人は言った。
 見れば、描きかけの紙が。それに書いてあった絵はプロかと思うくらい上手だった。
「絵、上手なんですね」
「話しかけないでくれ。気が散る」
 あら、せっかく褒めてあげたのに。
 でも、ストイックな感じに好感が持てた。
「ミント、ミント」
 明が袖を引っ張ってあたしをその人から引き離した。
「あいつ、あんまり相手にしない方がいいよ」
「どうして?」
「やな奴だから」
「――そうは思わないけど」
「病気で一年休んだから、ほんとは中一なんだけどまだ小学生なんだ。それはいいんだけど、当てつけがましく学ランなんか着てんだよ。あーやだやだ」
 明は鼻に皺を寄せた。
「病気、したの?」
 それって可哀想……。
「部員とも打ち解けようともしないし、ゆりちゃんもほとほと困ってるんだ。部長としてだけじゃなく、いとことしても」
「いとこ?」
「あれ? 見てわかんなかった? ゆりちゃんと乱造はいとこ同士なんだよ」
 へぇー……道理で似てると思った。
「あの人、……らんぞう、って言うの?」
「そ。華流院乱造」
「華やかの華に、流れるに、学院の院。乱れるに作る方の創造の造、よ」
 金谷さんが説明してくれた。
 なるほど。すごい名前なんだぁ……。
「病院の院の方が合っているかもしれないよ」
「明。冗談でもそんなこと言わないでちょうだい」
 金谷さんはたしなめるように言った。

2012.2.20

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