Minto! 12

「こっちだよ、ミント!」
 見上げると高野くんが笑顔で手を振っている。
 風見鶏のついている赤い屋根のお洒落なおうち。それがつまり、彼の家であるらしかった。
「早く来なさいよー。高野ー」
「わかったー。すぐ行くー」
 高野くんは、ほんとにすぐに来た。
「おはよう。ミント、明」
「ここ、高野くんの家だったのね……」
「うん。いずれ遊びにおいでよ」
 高野くんは息を弾ませながら楽しそうに言う。
「博之」
 四十がらみのちょっと綺麗なお母さんがドアを開けた。モスグリーンのサマーセーターがこの陽気ににあう。
「何です。騒々しくして」
 そう言いながらも、お母さんは笑っていた。
「ごめんなさい。お母さん」
 高野くんは悪びれもせずに舌をぺろり。
「この子はもう……明ちゃん、それに、えっと……」
「水無月です」
「水無月さん。うちの息子を宜しく頼みますわね」
「はーい!」
 明が元気よく言った。高野くんは苦笑した。
「お母さんは心配しなくていいから」
「そうよー。岡村さえからまなければ、高野はいい子だもん。成績優秀だし」
「明ー。恥ずかしいよ……」
 高野くんは照れている。
 うん。やっぱり自他共に認める優等生ってやつだ。あたしもなってみたいなぁ……。
「博之。水無月さんに優しくしてあげなきゃだめですよ」
「大丈夫です。高野くんはいい人ですから」
 あたしが高野くんの代わりに答えてあげた。
「ありがとう、ミント」
「さあてと。行きますか。おばさん、またね」
「ええ。行ってらっしゃい」
 親子って笑顔も似るもんなんだなー……。あたしは少し感心した。おばさんは軽く手を振って扉を閉めた。
 空はピーカンに晴れている。
「岡村のところ、行くか」
「そうね」
「ねぇ、高野くん」
 二人の話にあたしは割って入った。
「何?」
「高野くんは岡村くんのこと、好きなんだよね?」
「当たり前じゃないか」
「わー、ホモだー」
 明がおどけて言う。
「言っておくけど、彼に恋愛感情は持ってないよ。ぼくはあいつらとは違う」
「あいつらって?」
 あたしが訊くと高野くんは困ったような声で続けた。
「……ぼくは、性嗜好に差別の感情は持っていないつもりだ。しかし、あの連中は何なんだ。ぼくらをおもちゃにして遊んでいる」
「あら。あたしの友達を悪く言うと、許さないわよ」
 あたしは思わず明の方を見た。明の眉が吊り上がっている。
「何とでも言ってくれ。千春さんだって素晴らしい女性だが、ああいう趣味は理解できない」
「やっぱり差別してるんじゃない!」
 明と高野くんが一触即発の雰囲気になってきた。
「変な本読んで聞かされるこっちの身にもなってみろ!」
「あたしは違うわよ!」
「君の友人が、あんな変態本持って朗読してくるんだ!」
「変態とは何よ! みんな〆切抱えながら、一生懸命、自分の言いたいことを表現しようと努力してるのよ!」
「だったら、何故男同士なんだ!」
 それを言った時、『しまった!』と言いたげに高野くんが口を噤んだ。
 え、え、今、男同士って……?
「ミント……」
「あー。やっぱりまずかったかなー」
 明がぽりぽり頭を掻く。
「ミントはBLって知ってる?」
 あたしは首を横に振った。物知らずと言われても、知らないものは知らない。
「ほら。ミントはまともだよ」
「あたし達がまともでないとでも?」
「まぁいいからさ……明、説明してやってくれ。ぼくは話したくない」
 高野くんがくるりと背を向けた。
「つまりね……BLとはボーイズ・ラブのこと。男同士の恋愛を扱った作品なのよ。やおいとも言うけど」
 ふぇ~、あたしの想像を絶する世界だ……。
「千春さんもBLが大好きでね……いつだったか岡村が、『腐女子でさえなければ、完璧な姉貴なのに』とこぼしてたよ」
「腐女子。つまり、腐った女子と書くのね。BLを書いたり読んだりする女の子を指して言うのよ」
 高野くんと明が説明してくれる。
 でも……さっきは世界が違う、とか思っちゃったけど……。
 男同士で恋をして何が悪いの?
 あたしがそう言うと――
「でしょーっ! でしょーっ! ミントならわかってくれると信じてたわ!」
「ミントは知らないんだ。ぼく達が本の中で何をやらされているか」
「何をやらされてるの?」
「僕は言いたくない」
 高野くんが耳をふさぐ。明があたしの耳に口を寄せた。
「あのね……その本の中では、岡村と高野がセックスしてるわけ」
 どっえええええええ!
 あたしは固まるかと思った。漫画なら石になってるところよ。
 なるほど……高野くんがいやがるのもわかるわ……。あたしだっていやだもの。
「それを馬鹿な女子が……おっと失礼。ぼくの目の前で音読し始めたからさぁ……」
 高野くんは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
 でも、男同士でどうやって『アレ』をしてるわけ?
「あっ、そうだ。ミントはクラブ決めた?」
 あれっ? 明が話題を変えた。
「まだだけど……」
「じゃあ、イラストクラブに入らない? あたしが通っているの」
「いいけど……」
 イラストではなくてもいいけど、絵を描くのは嫌いではない。
「よしてくれ! ミント!」
 高野くんが叫ぶ。
「あれは腐女子の巣窟だ。世にも恐ろしいところなんだよ!」
「あら、そんなの、一部だけだってば。ねぇ、一緒のクラブ入ろうよぅ」
 高野くんと明が詰め寄る。ああ、話はそこで繋がるんだ……。
 あたしはどうやら究極の選択を迫られているらしかった。

2011.12.17

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