Minto! 11

「ゆうー! 明ー! 美都ちゃーん! ご飯ですよー!」
 明ママの綺麗なメゾソプラノの声が響く。
 明ママの料理は絶品なのよね。うちのママも料理得意だったけど。
 でも、うちは和食系が多かったからなぁ……こっちは洋食系だし。比べるなんてできないなっ。
 それにしても、あっふ、眠い……。
 顔洗って目を覚まさなくっちゃ。
 ここに来て二日かぁ……いや、三日? まだ慣れないことが多い。
 部屋は最高なんだけど。
 ゆうくんのことについて考えると……ああ、頭痛い。ゆうくんさっきから口をきいてくれない。
 嫌われてんのかなぁ、あたし。昨日はあたしのこと好きだって言ってくれてたのに。
 明と明ママは二人して何か楽しそうだし。
 もしかして、嫌われてはいないのかも。虫のいどころが悪いとか。だからゆうくん……。
「何でも喋って」
「は?」
「ゆうくん。あたしが嫌いなら嫌いでいいからさぁ……ちゃんと挨拶はしてくれない」
「――さっき言った」
 ゆうくんはオレンジジュースをこくこくと飲んでいる。
 ゆうくん、あたしに冷たいみたい。
「ミント。こんなヤツ相手にするだけ、時間のムダよ」
「悪かったな、こんなヤツで」
 ゆうくんが、小学生とは思えないケンアクな表情で明を睨みつけた……んだと思う。あたしが見えるのは横顔だけど。
「うくくくっ。おねーさまは知っているのだよ」
「だったら顔つっこんでくんな、ばか」
「まぁ、ゆうったら。あんたがミントに惚れているのは、ミント以外、とっくにお見通しでおるのだよ」
 ……え?
 今なんて?
「ばか明ッ! 今言うんじゃねぇっ!」
「でもね、ミントがあーんまり心配そうだったから」
「黙れっ!」
 きゃははは、と笑いながら明は嬉しそうに食堂から出て行った。もちろん、食器類は空にして。
「美都ちゃん……うちのゆうを宜しく頼むわね。何せ明はああだし。大事な長男任せられないわ」
 明ママがほう、と溜息を吐く。確かにあれではねぇ……。
 明も明なりにゆうくんのことは気にかけているようだけど。
「――わかりました」
 あたしは無難な返事をしておいた。
「あのなぁ、ミント」
 ゆうくんがあたしの顔をじっと見つめる。何か顔についてるかしら。
 それにしても……ゆうくんて、まつげ長いのねぇ……。明よりも長いくらい。結構美少年なのね。
 まぁ、明だって美少女っちゃ美少女だし、明ママは美形きょうだい二人を産んだくらいだから、必然的に美女だし……。二人の子持ちに見えないよ。
 あたしだって、あまりひどくはないと自分では思っているけど、この二人と並んでみると……。
 うっ、あたしって何で平気だったんだろぉ……。
 でも、明ママとうちのママって、親戚同士で親友同士だし、じゃあ、彼女達の血をあたしもひいてんだ。
 へへっ。何となく優越感。
「オレさぁ、ミントのこと……耳貸して」
 ゆうくんがちょいちょいと指で『こっち来い』と合図する。
 すぐ隣だったので、あたしは、なんだろうと思って耳を近付ける。
「オレなぁ……ミントのことお嫁さんにしたい」
 お嫁さん……?
 あー、わかった。ごっこ遊びね。
 だけど、そういう遊びって、女の子がやりたがるもんじゃない? 普通。
「わかったわ」
「ほんと?」
「うん。約束」
「本当に本当だかんな! うわーい!」
 ゆうくんが踊り上がり、跳ね回る。
 うふふっ。可愛いなぁ……。
 あたしには弟いなかったからなぁ。一人っ子だし。父親にはデキアイされてたし。
 だから……一瞬だけ、本当に一瞬だけ、本当にゆうくんのお嫁さんになってもいいかな、と思った。
 ショタコン、って言うのかな、そういうの。アニメ好きな友人が教えてくれたけど、元は金田正太郎(違ったかな)という男の子の名前から来た言葉なんだってね。
 ん、でも、そんなに年は離れてないよねー……。ゆうくん小二だし。
 あたしは小六。というと、四歳差?
 って、あたし、なに真剣に吟味してんのよ! あたしは、本気の恋はまだなんだから! ゆうくんは可愛いけど、そういうのとちょっと違うし。
 ああ。昨夜のことを思い出しそう。岡村くんの顔が夢の中でもちらついたのよね。
 これって……初恋?
 やだ。心臓がドキドキしてきた。
 でも、これは安全弁でもある。
 岡村くんは明のことが好きだから、あたしもいくらでも好きでいられる。
 どうせ夢見る夢子ちゃんなんだい! あたしは!
 恋に恋する乙女ですよーだ。近頃の小学生、甘く見るなよ。
 ――と、もう一人のあたしが言う。
 恋なんて、中学に上がってからで充分、と思っていたのになぁ……。もちろん、進んだ子は恋バナとかしてるけどさっ。
 あたしなんかに恋はもったいない。もっとかわいく、もっとキレイになれたなら……。
 その時は、恋しても誰も文句を言わないわね。お父さんでさえ。
「ミントー! ゆうー! がっこ行こー!」
 明がハイテンションで扉を開けた。
「はーい」
 と、あたしは答えた。早く朝ごはん食べなくちゃ。
「食器は出しておいていいからね」
 明ママが申し出てくれる。ありがたい。
 それにしても明ママって、何ていう名前なのかしら。
 学校に行く道々、明に訊くと――
「ああ、ママ? 西澤玲子って名前なんだけど」
 へぇー……いい名前。それに、玲子って美人の名前じゃない。いいなぁ。あたしなんて、一歩間違えれば水戸納豆だったもんなぁ……。
「あたしねー……名前の呪いってあると思うんだー」
 急に明が語り出した。
「あたしなんて明って名前つけられたから男勝りになっちゃったんだよぉ。親戚にも『明くん』と呼ぶヒトいるしさぁ」
 明は苦い顔になった。歯なんか剥き出しにしちゃって。
「明のバアイ、名前だけじゃないんじゃねーの?」
 ゆうくんが茶々を入れた。
 そんなこと言うもんじゃありません!――なんて言えないなぁ。ゆうくんは未来の旦那様(?)なのに。
 あたし、八方美人で優柔不断だぁ……。
 そんな悪徳を持っていない明が羨ましい。
「お待ちー! ゆうー!」
 とか何とか叫びながら、弟を追っかけ回している。
 あたしも明ぐらいきっぱりはっきりした子だったら良かったな。
 その時――転校初日の昨日のことが脳裏を巡った。
 あたし、あたし……とんでもないことしちゃったんじゃなかろうか。いいとこ見せようとして気張ったり、自分の意見を通そうとしたり、岡村くんのことひっぱたいたり……。
 これじゃ、これじゃ、あたしも明そのものじゃん!
「おーい。明ー。ミントー。ゆうくーん」
 高野くんの声がする。でも、どこからだろう……。あたしはきょろきょろしてみたが、誰もいない……。

2011.11.4

12→
BACK/HOME