行方知れずの兄

 昔々のパプワ島――。
 ストームとライがいちじく桑の木に乗って海を眺めながら話をしていた。
「ねぇ、ルーザー兄さんはどこに行ったのかなぁ」
 ライの言葉に、ストームは、
「知らねぇよ」
 と、吐き捨てるように言った。
 彼ら双子にとっての下の兄、ルーザーが行方不明になってからだいぶ経つ。
「島から落っこちたのかな」
「どうでもいいだろ、そんなことは」
「――君って冷たいね」
 ライにはわかっている。ストームがルーザーを嫌っていたことを。何故なら――。
「ストーム、君はルーザー兄さんとはどんなキスをしたの?」
「なっ……」
 急に突拍子もないことを訊かれて動揺したストームは木から落ちそうになった。
「んな……! 落ちるとこだったろ。危ないじゃねぇか!」
「じゃ、下りようか」
 スト―ムも案外素直に従った。
「ねぇ、ルーザー兄さんとのキスは……」
「しつこいな、何だよ」
「ルーザー兄さんが誘った? 君から無理強いした?」
「…………」
「君がルーザー兄さんを突き落としたのかな?」
「……違ぇよ」
 この島には、異界に通じる場所があるという。異界に何があるのかライは知らないが、行く気もないし、島の生活に結構満足していた。
 ストームがいたから――。
 ライはスト―ムの唇にキスをした。
「好きだよ……ストーム」
 声が欲情に掠れている。
「おまえ……ジャンとやらはどうした」
「あれは……ただの友人さ。それに、彼の愛は僕にとっては時々重い」
「おまえの気持ちだって重いぜ」
「ひどいなぁ――好きな人でもいるの? 妬くなぁ、僕」
「いるよ。それぐらい」
「誰? リサ? ルル? それとも――」
「男だよ」
 ストームが言い切った。
「どんな男? 名前は?」
 ライが人の悪い笑みを浮かべながら質問した。
「知らねぇ。けど、時々夢に出て来るんだ。ガタイは――いい方で、料理が上手くて、この島の連中にも親切で……」
「夢に出てきたから好きになったの? 君って案外イージーだね」
「――それで、俺はいつかあいつに会うんだ」
「未来の恋人に? その人の髪は?」
「金と黒に染め分けていた」
「目は?」
「黒っぽい――かな? そいつがある日突然島にやって来るんだ。いつになるかわからんけど」
「そう――でも、君が誰を愛してても、僕は君を――愛してる」
 そうしてストームを木に寄りかからせて迫る。
「おい、ここ人通るぜ」
「構うもんか」
 それを覗く人影があった。ライと目が合うと、急いで逃げて行く。
(ソネかな? ジャンに報告するかな? まぁいいけど)
「兄さんはどんな風におまえを愛したの?」
「訊くな」
「僕、ルーザー兄さんと君が寝ているところを見たことがあるよ」
 ストームの顔つきがさっと変わった。
「青くなったね。それで僕は――君のことが好きになったんだ」
 ライがくすくす笑う。
「君のことだから、僕には内緒にしておこうと思ったんだろ? でも、バレバレだよ」
「いつ――」
「さぁ、いつだったかな。ずっと昔のような気もするけど」
 ライのテノールの声が歌うように話す。
「もう一度、君がルーザー兄さんと抱かれているところを眺めていたい」
「……もの好きめ」
「どうせもの好きさ。君を好きなくらいだもの」
 そして、またキス。
「でも、君は僕の方に振り向かない」
「当たり前だろ? 双子の兄弟なんだから」
「関係ない。僕も君を――抱きたい」
「おまえには抱かれてる方が似合っているよ」
 ライは白皙の美貌と長い金髪の持ち主である。男女共に人気が高い。ストームは言外にそれを指摘したのだ。
「まぁ、経験がないわけじゃないけど」
「あのジャンは……」
「あいつ」
 ライは微かに眉根を寄せた。
「僕がこんなに美しくなかったら、きっと鼻も引っかけないよ」
「自分で美しいとか言うなよ」
 ストームが呆れ顔で言った。
「でも、君は違う……双子だもの。それに、兄さんに抱かれている君はとても美しかった」
「冗談よせ」
「ほんとだよ。僕、その場で凍りついたもの。きっとあの時――恋に落ちたんだ」
「もっとましな恋愛しろよ」
「君とだったらできそうだよ」
 どんなにキスをしても、ストームは拒まない。ライのいつもの気まぐれだろうと思っているのだ。
 だが、ライは本気だった。
「それにしても、ルーザー兄さんがいなくなったのは寂しいな」
 ストームの顔にさっと憂いの翳が走った。それをとても綺麗だとライは思った。
「ルーザー兄さん、帰ってくるかな?」
「……帰りたくなったら帰ってくるだろ。帰ってきて欲しくないけど」
「どうして? 僕が好きだから?」
「違う……!」
「じゃ、その唇に訊いてみようか」
 ライは再びスト―ムの唇に己の唇を重ねた。唇を離した後、ライは甘い声で囁いた。
「キスは嫌い?」
「嫌いじゃねぇけど」
「君はなかなか体を許してくれないからなぁ」
「当たり前だろ。おまえは双子の弟なんだから」
「ルーザー兄さんとは寝たくせに」
「…………」
「ルーザー兄さんは君のことが好きだったんだ」
「それは嘘だ!」
「――まぁいいさ。信じなくても。僕は君を奪うよ……心も、体も」
 兄さん、早く帰って来ないかな。あの優しい兄が、ストーム相手に豹変するところが見てみたい。
 ライは、自分でも知らないうちにアルカイックスマイルを浮かべていた。ストームが怯えた表情をした。
(この顔も、そそるな)
 ライは無理矢理深い口付けを仕掛けた。

後書き
ライストです。バレンタインデーなので。しかし、誰が喜ぶんだ、こんな話……。私しか喜ばないぞ。おい。
昔はジャンサビだったのにねぇ……私も。
行方知れずの兄を話の種にしただけ……と言えなくもなさそうです。
『南の島の歌』シリーズが書けたのはよかったと思います。
2012.2.14

BACK/HOME