ルーザーがやって来た

 ――やぁ、いい天気だ。
 日の光を浴びながら僕は歩いていた。日光の匂いも、下生えの匂いもかぐわしい。この国はずっと快晴だ。パプワ島――天国に一番近い島に似ているかもしれない。
 パプワ島か。その存在も何だか懐かしい。今は、甥のシンタロー君達がパプワ島を守っている。リキッド君もか。
 素晴らしい島だった。パプワ島。あそこで僕は、本当の自分の息子に会えたのだ。
 シンタロー……金髪のシンタローだから黒髪のシンタローと区別する為にキンタローと呼ばれているが――。君はもう、独り立ちをしたみたいだね。もうすぐ会えるかな。
 でも今、僕はハーレムのところに向かう途中だった。
 あの子も随分落ち着いた。――イレイナとレックスのおかげだと思う。
 イレイナはハーレムの妻で、レックスはその息子。
 レックスは親と死に別れて幸薄い人生を送ってきたかもしれないけれど、文句ひとつ言わない。辛抱強い子なのだ。芯の強いのはハーレムに似たかな、と思う。
 ハーレムは僕のことを嫌っている。――というか、嫌っているふりをする。けれど、僕がハーレムに会えずに帰った時に、ハーレムは寂しそうな顔をしたと言う。――レックスからの情報。
 ハーレムはイレイナとこの天国――地球で言うあの世――で結婚した。
 結婚式には僕も参列した。何でお前がここにいるんだなんだとハーレムは悪態を吐いていたが、最後に、
「まぁ、てめぇは来るなと言っても来ると思ってたぜ」
 ――と、ぽつりと呟いた。よくわかってるじゃないか。ハーレム。僕のことは。
 ピンポンとチャイムを鳴らす。
「はーい」
 ドアから声が聞こえる。甲高い声だ。この声はレックスだな。
「あ、ルーザー伯父さん」
 オレンジ色の髪の少年が出て来た。レックスは髪がオレンジ色なのを除けば子供の頃のハーレムに本当によく似ている。
「やぁ」
「親父、いるよ。呼んで来ようか?」
「是非」
 僕はレックスに手を合わせた。レックスが家の中に戻る。間もなく、ハーレムの金髪の頭がぬっと現れた。
「ルーザー……てめぇ何しに来た」
「可愛い弟の様子を見に来ちゃいけないかい? イレイナさんやレックスにも会いたかったし」
「お前が可愛いと思っているのはサービスだけだろうが」
「君も可愛い弟だよ。――馬鹿な子ほど可愛いってね」
「まぁ、細かいこたいいや。……入れ」
 本当にまぁ――でかく育ったこと。子供の頃はあんなに小さかったのに。
「イレイナさんに迷惑かけてないかい?」
「――かけてねぇよ」
 案内された居間は広い。それに、きちんと整理整頓がなされている。白を基調とした空間だ。――義妹の性格がわかるような気がする。
「ルーザー伯父さん、お茶飲む? お袋が新しいジャム作ってくれたよ」
「じゃあいただこうかな」
「昔から厚かましいんだよ。てめぇはよ」
「厚かましさの塊の君に言われたくないね」
 ――レックスが何か言いたそうな顔をしてこちらをうかがっていた。
「どうしたんだい? レックス」
「いや――ルーザー伯父さんて、親父と似ていないようで似ているな――と」
「あはは。子供はよく見ているもんだね」
「くそっ」
 ハーレムが豪奢な金髪をかき乱す。
「僕と似ていると言われて不満かい?」
「――そうだよ」
「レックスと似ていると言われたら嬉しがるくせに」
「あいつは俺の息子だ。だからいいんだよ」
「親父と似てんのかぁ……複雑だな……」
 ――ハーレムがぐっと言葉に詰まった。僕はまた吹き出してしまった。
「兄貴よぉ……そんなに笑い上戸だったか?」
「え? うん、まぁ、そうだねぇ……」
 ここにいると必ず愉快な出来事に出くわす。そりゃあ、息子のキンタローや甥のグンマや部下の高松に会えないのは寂しいが――。
「ルーザー伯父さんに親父、紅茶淹れたぜ」
 言われなくとも、紅茶のいい香りがここまでする。
「ありがとう、レックス」
「どういたしまして」
「レックスって、本当にハーレムの子かい? いい子じゃないか」
「俺がいい子じゃなかったって言いたいのか?」
「ハーレムは万年反抗期だったからねぇ……」
 僕はしみじみと語る。
「そういえば、そろそろ結婚記念日じゃないのかい?」
「ああ――レックス達が何かやるらしい」
「果報者だね。君も、イレイナさんも」
「まぁな」
 ――ハーレムは今日、初めて僕に笑顔を見せた。レックスが僕達の前に紅茶のカップとソーサーを置く。お洒落な唐草模様のついたソーサーだ。勢いよく湯気が立っている。
「親父も伯父さんもロシアンティーで良かったよな」
「ああ――いただきます」
 僕はカップに口をつけた。美味しい!
 尤も、本当はロシアではジャムを溶かして飲む習慣はないらしい。僕らはイギリス系の血筋を引いているが、かの国ではロシアンティーと呼ばれるのはレモンティーの方だ。
 ジャムは舐めるものであり、入れるものではないとされる。でも、ジャムを入れるのも美味しい。それを僕に教えてくれたのはイレイナだった。
「うん、美味しいね。流石、レックスの淹れた紅茶だよ」
「へへっ」
「それに、ジャムの味も紅茶を引き立てているよ。イレイナさんのジャムも立派だね。――毎日こんな美味しい紅茶を飲めるハーレムは幸せだね」
「まぁな……」
 おやおや。脂下がってしまってまぁ。殺し屋時代の君を知っている人が見たら驚くよ。
 ――現に僕だってハーレムのこの笑顔を見るたび驚いている。まるで、シンタロー君や奥さんに対するマジック兄さんを見ているみたいで。――ハーレムはそんなマジック兄さんのことを馬鹿にしてはいなかったっけ? ハーレム。君も人のことは言えないよ。
 家族――妻や子供の存在が一人の男を大きく変える様を見ているみたいだ。――僕は死んでからも定期的に、残された家族や友人がどう過ごしているかを見て来ている。
 僕にも、息子がいるからね。神様が許せば、また、会いたい。会いたくてたまらない。けれど、ここで言うのは控えることにした。
 レックスだって、家族と長い間離れ離れだったんだ。僕だけ我儘言う訳にはいかない。それに――どうせすぐ会える。
「ルーザー伯父さん。これこれ」
 レックスがアルバムを持って来た。
「――何だよ」
 ハーレムの言葉に、レックスがにやりと笑った。
「親父とお袋の結婚写真だよ」
 ハーレムは白い三つ揃いのタキシードを着て、ウェディングドレスを着たイレイナの横に並んでいる。――二人ともとても幸せそうに見える。今だって幸せなんだろうけれど。
「親父はね、お袋のことについては済まながってたんだ。ほら、せっかくお袋をガンマ団に呼んで結婚しようとしたのに、親父、その前に死んじゃったから――」
「あー、余計なことは言うな。レックス」
 ハーレムはごほんと咳払いをした。イレイナもガンマ団に向かったのであるが、その途中で乗っていた航空機が事故に遭って――。
 レックスも可哀想だけど、イレイナとハーレムも可哀想だ。
 けれど、今、彼らは立ち直って、満足げに暮らしている。シンタロー達は寂しい想いをしているみたいだけれど、ここでの彼らの生活を見れば安心するだろう。
 ハーレムは地上に生まれ変わりたがっているみたいだけど、その前に、レックスに対して役目を果たしたいらしい。
 ――ハーレムが生まれ変わるのはまだ当分先だな。
 僕は思う。ハーレムも――ここの暮らしが好きなのだ。根っからの放浪癖が家に縛り付けられてるのだ。気の毒だとは思うけれど、僕にとっては都合がいい。
 もう、ハーレムに手を出したりしない。そんなことをしたら、レックスに殺されてしまう。――いや、レックスは殺さないか。レックスは殺しを厭う、優しい人間なのだ。青の一族の好戦的な血も流れてはいるだろうが、彼は青の一族の血の繋がりを示す金髪ではなかった。
 それを言ったら、シンタロー君も金髪ではないのだが、彼は彼でいろいろあったのだ。
 豪華なドレスを着たハーレムの妻の写真を眺めながら、僕は思った。
 ハーレムはもう、イレイナのものなのだ。僕は、その仲を裂いてはいけないのだ。遠くから、温かい目で見てやればいいのだ。本当はもっと前にそうすれば良かったんだけど――。
「伊達男じゃないか。ハーレム。イレイナさんも綺麗だし」
「へへ……わかってんじゃん。兄貴」
 ハーレムがぽりぽりと頭を掻く。こう言うのを地上では、『リア充爆発しろ』だっけ? そう言うらしい。ハーレム達はもう死んでるから、リア充も何もないのだろうが。
 俺のようないい子も生まれて親父も幸せだろ――レックスがそう言って胸を張った。ハーレムは肯定するように、レックスの頭を愛おしむように撫でた。

後書き
ルーザーと、ハーレムとレックス。イレイナ(オリキャラ)もいい奥さんしてるらしいですね。
ジャム入りの紅茶、私も飲んでみたいです。ジャムを舐めながら飲む紅茶も美味しそう。
実はネットで知ったんだよね。ジャムを舐めながら飲む紅茶。
2018.07.09

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