ナガサキとの和平条約

「やぁ、近藤君。久しぶりだねぇ」
 嫌味たっぷりに永崎藩主マジックが言った。
「は……見事にやられてしまいました……」
 近藤イサミは心戦組局長として自分の負けを認めた。
「で、今日は何しに来たのかな?」
「和平条約を――結ぼうと……」
「けれどねぇ……和平条約と言っても、うちには必要な物は大体揃ってるし――こうなれば狼国の一部をもらうしかないかな」
「はぁ……」
 覚悟していたであろうこととはいえ、実際に聞くと近藤は意気消沈する。自分の命令で心戦組は動いただけなのだ。――近藤はそう思っている。
「邪魔するぜ」
 土方トシゾーががらっと襖を開けた。
「トシ……」
 近藤が呆然としている。
「刀を通行料にして通してもらった。あれは後で返してもらう」
「けれど、トシ。あの刀はお前が大事にしていた……」
「ああ、貸すだけなら平気だろう」
「儂の為にわざわざ来てくれたのか?」
「仮にも心戦組の局長が護衛もつけずに出歩くなんて危険だろ」
「トシ……ありがとう」
「それで、私の頂きたいのは――」
 マジックが一旦口を噤んでこう続けた。
「壬生の心戦組を所望する」
「何だって?!」
 土方が叫ぶ。
「今度から心戦組は私達の言うことを聞くように」
 マジックが淡々と続ける。
「ははぁ……それなら山南君はさぞかし喜ぶでしょうね」
「山南君か……私の熱狂的ファンだね」
 近藤はこんなおっさんのどこがいいんだか理解に苦しむ――と密かに考える。勿論、口には出さない。今は大切な外交の時なのだ。
「壬生に連絡を――」
「私が手紙を書こう。誰か壬生に手紙を運んでもらいなさい」
「それだったら俺が運ぼう」
 ハーレムがいつの間にか入室していた。
「ハーレム! 突然入って来るなとあれほど……」
「まぁ、いいじゃねぇか。細かいことはなしでよ」
 ハーレムは本当に細かいことを気にしない豪放磊落な中年に見えた。
「お前に頼むくらいだったらミヤギ君やトットリ君に任せるよ」
「ちっ、俺は あのおアホコンビより下なのか」
「ハーレム、口が過ぎるぞ。まぁ、気持ちはわからんでもないが」
「兄貴だってあいつらのこと馬鹿にしてるじゃねぇか。まぁいい。誰が運んでも同じだろう」
「ま……待った! 今のは冗談だ。これは所謂密書だからな。お前に任せる」
「わかりゃいいんだよ」
 ハーレムがにやりと凄絶に笑う。この男が実の弟では苦労するだろう。近藤は密かにマジックに同情した。近藤にも惻隠の情というのはあるのだ。
「よし、話は終わった」
「待て」
 長い黒髪をまとめている土方がハーレムを引き止めた。
「何だよ。えーと、土方、だっけ?」
「ここは通さん。お前はどうも胡散臭い」
「胡散臭い? てめーは嫉妬しているだけだろ? あいつのことで」
「あいつのことって?」
 マジックがのんびりと口を挟む。切れ者藩主と評判のマジックもどうやら千里眼とはいかないらしい。
「俺の部下にリキッドっつーちょっと可愛い子がいるんだよ。男だけどな。飯は旨いしからかい甲斐がある。いいヤツだよ」
「くっ……こんなヤツが上司だなんて、リキッドに同情するぜ」
「まぁ、リキッドをお前にやるこた出来ねぇなぁ。せっかくの部下だし」
「お前らのところにいたら何をされるかわからんぜ」
「んー……」
 ハーレムはしばらく考え込んでいた。が、また我に返ってトシゾーの肩をぽんぽんと叩いた。
「お前の心配通りにはならねぇよ。あれで特戦屋のヤツらは皆あいつのことを可愛がっているんだからな」
「そうは見えねぇがな」
「まぁ、俺らなりの優しさは時に厳しさとも取れるな。さぁて、壬生に向かう前に風呂入って来ようっと」
 ハーレムはふらりふらりと出て行った。
「――私にはあいつの考えもサービスの考えもわからん」
「同感ですな」
 マジックと近藤はこの一点で意気投合したみたいである。
「しかし、お宅の土方さん。――シンちゃんと同じ髪型してますな」
「渡しませんよ。マジック殿」
「ああいう狐顔には興味はない。シンちゃんの方が可愛いし」
 はっはっはっ、とマジックと近藤は同時に笑った。
 しかし、それにしてもマジックは親馬鹿なことこの上ない。しかし、何となく自分に通じるものがあると、近藤は思った。
 これからはマジックとも仲良くなれるかもしれない。
 そして――これからは戦いのない時代が来るだろう。それはそれで少し寂しいが、心戦組は世界平和の為に戦う集団。平和が実現したらもう用済みだろう。
 トシもリキッドくんと幸せになれるかもしれないし――。近藤が祈るかのように二人に想いを馳せていた。
「皆に報告しなくては――それより、まずソージにじゃな。ソージ、どこじゃ、どこじゃー」
 縁側から沖田ソージが現れた。
「何だよ、もう……せっかくパプワくん達とかくれんぼしようって話が出てたのに」
「ソージはかくれんぼが好きなんじゃよ」
 近藤がマジックに説明する。
「ほう……剣の冴えについては聞き及んでいるが、子供らしい一面ももってるんですな」
 マジックがにこやかに応答する。
「僕はこう見えても成人済みですよ」
 ファニーフェイスのソージが言った。
「まぁ、コタローくんとは気が合いますがね」
「もうコタローと仲良くなったみたいだね。コタローにもいい友達が出来て良かった良かった」
 マジックは父親の顔で喜んでいた。シンタローは別格だが、コタローにもそれなりに愛情は注いでいるらしい。この男、マジックは。
「ソージは性格がいいですからね。誰とでもすぐ友達になれるんですよ」
 得意顔の近藤。
「パプワくんとも仲がいいんだよ」
 ソージが報告した。
「パプワくんは分け隔てがないからね」
「いい子ばかりですな。儂も一旦壬生に戻りますが、ソージを宜しく頼みますぞ」
「わかりました」
 マジックは近藤の頼みに笑顔で答えた。
「ソージ、我々は永崎の傘下に入った」
「ふぅん、そうなんだ」
 ソージには特に驚いた様子もない。実は聞き耳を立てられていたことを近藤は知らない。
「良かったな。ソージ。これで心置きなくパプワくん達と遊べるぞ」
「それは嬉しいね。ここの永崎の皆が僕は好きだから。――おっさん除いて」
「ははは、いいこと言うな、ソージは」
「いや、しっかり私達にきっちり毒吐いてるけどね」
 でも、マジックもそんな憎まれ口も微笑ましく思っているらしい。慣れているのだろうか。――マジックが密書を書くことになったので、近藤もソージも部屋を出て行った。

後書き
永崎藩という架空の藩が舞台のなんちゃって時代劇シリーズです。
和平条約を結ぶ時も、密書って必要なんでしょうか……。
近藤さんはいい人ですね。ソージはパプワくんと遊べて羨ましいですね(笑)。
2018.03.23

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