レックスのビジョン

 ああ、ひでぇめにあった……。まさか俺の乗った宇宙船と隕石が衝突するとは……。これだから、グンマの作った発明品は……。
 あ、そうか。あれはグンマの発明品ではなかったな。でも、あの男の発明品には今まで散々ひでー目にあったからな。――俺がグンマに怒ると、シンタローも、気持ちわかるぜ、と援護してくれたっけ。
 大抵最後は高松の鼻血で終わったけどな。どんな展開でそうなるのかは聞かないでくれ。
 何の音もしない。何の匂いもない。――何の景色も映らない。広大無辺な暗闇しか広がっていない。俺は死のにおいを嗅いだ。
 ああ、俺はここで終わるのか――。
 いい人生だった。親父は死んでいたからいなかったけど、いろんな親戚に囲まれて、王子様みたいな暮らしをさせてもらえた。
 それから、友人もいた。
 リズ、バリー……俺――レックスはあの世に旅立つからな。なぁに。あの世へ魂が行くだけだ。悲しまないでくれよ。――と言っても、俺が宇宙飛行士になりたいと言った時、あいつらには止められたがな。――特にリズ。
 リズは俺の嫁さんになりたかったらしい。けれど、俺には親父のハーレムの血が流れてんだ。……地球にいても放浪癖は治らなかったと思う。親子とはそういうところまで似るんだねぇ……と、ロッドが呆れたように言っていた。
 俺は目を瞑った。せめて楽にあの世に行けますように――。
「レックス、レックス――……」
 何だろう。あの優しい声は――。
 キンタローと似ている。でも、ちょっと違う。キンタローはもう少し硬質の声だ。
 優しい、厳しさの全くない声。
「――誰だ!」
 俺は思い切って叫んだ。
「レックス――」
 声が答えた。
「僕の声が聞こえたかい?」
「ああ……アンタは誰なんだ?」
 そう言ってから俺は――あることに気が付いた。これは、この声は……いつぞやどこかで聞いたことのある声。デジャヴというヤツだろうか。
「アンタは――」
「ルーザーだよ。レックス」
 やっぱりルーザー伯父さんか。昔亡くなったと言われていた――。
 でも、何でルーザー伯父さんの声が聞こえるんだ? 俺ももう死んだのか? 俺は、もう、家族と会えないのか?
 ――俺の両親は死んだけど、親戚の人達が可愛がってくれた。特にシンタローとキンタローとグンマ。キンタローは親が死んでいるということで親近感を持ったのか、俺にいろいろよくしてくれた。いい従兄弟だ。
「ルーザー伯父さん?」
「レックス――」
 ぼうっとルーザー伯父さんの姿が現れた。その周りをテレビ画面のような画面が回っている。何だろう、あれ――。
「君のことはずっと見てたよ。息子と仲良くしてくれてありがとう」
 ルーザー伯父さんが言う。
「いや、俺こそ――アンタの息子……キンタローにはいつも世話になって……」
 そういえば、キンタローにはもう会えないのかな。――寂しいな。
「君はいい子だね。真っ直ぐなところがハーレムに似ている」
「あ、そうだ! ここはあの世なんだろ?! 親父に会えたりすんのか?」
「ああ――ここからはいろんな映像が見られるからね。ハーレムに会いたいかい」
「……えっと……急に言われても……」
 ハーレム。俺の親父。
 シンタローを庇って死んだ親父。俺は親父を誇りに思っている。けれど、それとは別に、親父には愛憎半ばす感情を抱いている。だって、今まで親父と比べられて来たから――。
 そのことをシンタローに話すと、シンタローも、
(そうだな――俺もそう思っていたからな。マジック――俺の親父の力は強かったから。この世の誰よりも)
 と、告白してくれた。
 けれど、マジックの弱さも知って、親近感が湧いた――シンタローはそうも話してくれた。
 俺と同じだ。シンタローは。俺の親父はマジック伯父さん程強くはないかもしれないけど――シンタローの為に死んだ。普通の人間ではちょっと出来ない。
 親父と同じような環境に立った時、俺は足が竦んで動けなくなってしまうかもしれない。俺は弱虫なんだ。
 尤も、俺を弱虫と言っていいのは俺だけで、他の人間が言ったら腹を立てるだろうけど。でも、俺は――。
 ルーザー伯父さんが目を瞑ったまま言った。
「どうなんだい? レックス。ハーレムに会いたいかい」
「会いたい……! 会いたい! 親父に会いたい!」
「そうかい。――じゃあ、目を瞑って」
 瞼を閉じても充分光が当たってるのがわかった。俺はしばらく目を開けられなかった。
「――レックス……」
「親父!」
 そこには、肖像画や写真やデータでしかでしか見たことがない親父の姿があった。
「親父――!」
 俺は親父に抱き着こうとした。会いたかった! 会いたかった!
 ――親父は俺を静かに引き剥がした。
「会えて嬉しいぜ。俺の息子」
 俺の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていたことだろう。ああ、親父!
「アンタ――何で俺を置いて死んだんだよぉ……シンタローを助ける為とわかってはいるけど……わかってはいるけど……」
 そう。これは理不尽な言葉。
 シンタローなんて放っといていいから、生きていて欲しかった――なんて。シンタローが聞いたら怒るかな。……いや、いつだったかシンタローも同じようなことを言ってたっけ。
 俺も、親父、アンタには生きていて欲しかった。――お袋にも。
「そうだ。お袋は?」
「元気にしている。地獄の亡者どもを慰めているぞ。あれは優しい女だったからな」
「そうか……」
 へへ……と、俺は笑った。お袋はいい女なんだな。だから、親父も惹かれたんだ。
「俺はもう一度お前に会う為にここで待っていた」
「うん、うん……」
「立派に育って嬉しく思うぞ。ここで、お前の行く末を見ていた。――お前は、皆を助ける為に、自分の命を犠牲にしたんだな」
「俺は、手伝っただけだ! 皆が一生懸命だったからだ!」
「でも、お前も力になったろう?」
「そうだよ! アンタの息子にふさわしいよう、立派な行いがしたかったんだ。けど、俺は自分の命を落としちまった。周りの人間を悲しませちまった。情けねぇ……」
「そうだな」
 ぐっ! 親父め! そこは『違う』と言ってくれよ。
「レックス。これを見ろ」
 そこに映っていたのは、小さな女の子と、両親らしき男と女。
「ねぇ、船乗りのレックスお兄ちゃん、今どうしているの?」
 幼子のいたいけな声。
「あの船乗りのお兄さんはね……とても遠いところにいるんだよ」
「もう会えない?」
「いつかは会えるよ。いつかは……」
「良かった。パパやわたしを助けた人だもんね。あのお兄ちゃんは」
 幼子の無邪気な声に、その父親らしき男はぐっと呻いた。
「そうだね。きっと――天国にいるよ」
「わたしも天国に行ける? レックスお兄ちゃんに会える?」
「ああ――とてもいい子にしていたら、いつかは会えるさ」
「わたしね、レックスお兄ちゃんと一緒にパパとママがいるところを描いたの」
 それは、まだ拙さの残るペンタッチで……でも、俺と思しきオレンジの髪の青年と、女の子が描かれていた。
 俺は――また大粒の涙をこぼした。隣を見ると親父も――。
「なぁ、レックス。最高の勲章じゃねぇか」
「そうだな――」
 シンタローの命を助けた親父の息子としては、『これがあのハーレムの息子か、流石だな』って、言われてみてぇじゃねぇか。
「もう言われてる」
 親父が呟いた。何だよぉ、親父。俺の考え盗み見したのかよ。
「これをお墓に届けようね。お兄さんの遺体はそこで眠っているから」
「はーい」
 それは嘘だった。俺の遺体は今でも宇宙を彷徨っている。でも、そんな少女の父親の嘘を、俺は責める気にはなれない。ていうか、あっちの親父さんも、俺は墓に眠っていると信じているのかもしれねぇからな。
「ふふ、あの少女、初恋はお前だったりしてな――」
 親父が含み笑いをする。何と言われたっていい。――光栄だぜ! ひでぇめには遭ったかもしれないけれど、後悔はなかった。ルーザー伯父さんが笑顔で俺達を見守ってくれている――そんな気がした。

後書き
初期に描いたレックス話。ちょっと今考えている展開とは違うかな。
ハーレムはレックスの自慢の父親です。
この話は、もうすぐ誕生日を迎える私自身に捧げます。
2018.10.05

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