ベラドンナ

「べラドンナ――ですね」
 高松のぼそっとした呟きに、ハーレムは、
「はぁっ?!」
 と間抜けな声を出した。
「知ってますか。ベラドンナにはイタリア語で美しい淑女という意味があるのですよ」
「ベラドンナって毒薬だろ。それぐらい知ってるぜ」
「貴方にぴったりだと思いましたのでね」
「止せよ。俺が淑女なんて気色悪い」
「でも貴方、結構女役合ってると思いますよ。それに――」
 高松が人差し指を自分の唇につけた。
「いい反応してらしてましたしね」
 ハーレムはかっと身ぬちが熱くなった。
「貴方は誰かに男に抱かれる為に作られた作品としか思えませんね。その誰かは寡聞にして知りませんが」
「…………」
 ハーレムは黙ったままだった。
 その誰かが、高松が崇拝していたハーレムの兄、ルーザーだと知ったら、こいつはどんな顔をするだろう。
 だが、それも過去の話だ。今はルーザーもいない。
 高松が札束を掴ませた。
「またお願いしますよ」
「あ……ああ……」
 心が平静になっていくのを感じた。
 いつぞやGに抱かれてから――ハーレムは男に抱かれることに抵抗を無くした。いや、無くさざるを得なかったという方が正しい。
 もう堕ちていった身だから――。
 Gを責める気はない。自分に男を刺激する何かがあったのだろう。
 そういえば、ハーレムはいやに男にもてた。
 その中にはハーレムを抱きたがった男もいた。
 よほどのことではない限り、つっぱねてきた。今までは。
(今の俺は――まるで娼婦だ)
 娼婦というより、やはり毒なのだろうか。娼婦という名の――毒。
 ベラドンナ。
「俺は、お前を殺してやりたいよ」
 口元を歪ませてハーレムは言う。
「ルーザーんとこに早く行きたいんだろう?」
「まぁ、そうしたいのは山々ですが、私にはグンマ様がいますからねぇ。グンマ様の花婿姿を見るまでは死ねません」
 高松がしれっと答えた。
「はっ! あいつに恋人作る甲斐性あるかよ」
「だめなら、私がグンマ様の花婿になってもいいですが――」
 その様子をリアルに思い浮かべたらしく、高松は鼻血を流し始めた。
(あーあ。またこれだよ)
 こうなるのを知ってて話を振るのだから、俺も根性悪いな、とハーレムは思った。
「俺、シャワー浴びて来るわ」
「汚さないでくださいね」
「わかったよ。これでも綺麗好きなんだ」
 シャワーを浴びながら、ハーレムは考えた。
 俺は――変わった。
 いつから変わったのかわからない。ただ――変わったことだけはわかる。
 昔は疎ましかったこの行為。それは女役の時に限るが。男役の方が断然楽しかった。
 けれど、ルーザーに快楽を与えられる度――堕ちていった。
(まさか、あいつが俺に快楽を教えてくれるとはな――)
 部下のGの真面目そうな見事な男性的な顔を思い出した。
(また、あいつのところに行くか)
 ハーレムはぶるぶるっと髪の滴を振り払うとタオルでわしゃわしゃとタオルで無造作に拭いた。
「勿体ないですよ」
 と、高松。
「何が」
 ハーレムも返す。
「せっかく綺麗な髪してるのに」
「綺麗なのはサービスの方だろ?」
「まぁ……でも、あの美しさはとうに人間じゃありません」
「なら何だ? 魔女か?」
「双子の兄の貴方ならご存知でしょう」
「俺もあいつの正体は知らねぇんだ」
「取り敢えず座ってください。髪乾かすの手伝ってあげますよ」
 高松はいつの間にかバスローブを羽織っていた。
 高松にドライヤーで髪を乾かしてもらうと気持ちがいい。ハーレムはうっとりとしていた。
 普段は犬猿の仲のハーレムと高松だが、事後の高松は優しい。
 時々、ベラドンナだのどうのと変なことを言ってくる時もあるが。
「意外とルーザー様と髪質が似てるんですね」
「……そうかよ」
 ま、兄弟だもんな。
「昔、貴方の髪の毛とルーザー様の髪の毛を間違えたことがありますものねぇ。この私が。まぁ、あれはサービスに騙されたのですが」
「そんなこともあったな。あのクローン騒ぎか」
「あれには迷惑しましたねぇ」
「お前のせいだろうが。お前が騒ぎを起こすのは勝手だが、俺達まで巻き込むな」
「巻き込んでいるつもりはないのですがねぇ……」
「お前は歩くはた迷惑なんだよ」
「それはひどいおっしゃりよう」
 高松がお道化た。ハーレムの髪に櫛を入れながら。
「それにしても――立派な髪ですねぇ。売りませんか?」
「断る」
「売るのは体だけでたくさん――ですか。まぁ、そんな貴方が好きなんですが」
「好き……」
 言葉だけの感情であることはわかっている。けれど、嫌な感じはしなかった。
 高松は優しくハーレムの髪を扱っている。
(高松……)
 いつでも優しいヤツだったら、高松を好きになっていただろう。けれど、自分は高松を――いや、他の誰をも愛する資格はないのだ。
 俺は、汚れているから――。
(サービス……)
 サービスも『同じ』だということには気付いていた。この弟はルーザーとは性交渉はなかったようだが。
 サービス――ハーレムの双子の弟は天性の娼婦だ。それは、ハーレムの比ではない。
 ずっと前から、若い頃から上級生などにいたずらをされていたと聞く。それを聞いてハーレムは眉を顰めていた。でも、サービスを責めることはできない。だって――。
(俺も、ルーザーと……)
 それが男同士では禁忌の行為だと知ったのは、もっとずっと後のことだった。
 兄ルーザーには、
「ハーレムは傾国の体をしているね」
 と言われたこともある。ちっとも嬉しくなかった。常識的な男なら、褒められてるとは思わないだろう。要は、お前はオカマだと言われているようなものなのだから。
 けれど、ハーレムは自分の毒に気付いてしまった。だから――今日も男と寝る。内側から衝動が来た時に。
 高松の部屋を出たハーレムはGの部屋に行った。
「G!」
 高松に今まで抱かれていたこともおくびに出さず、ハーレムは嬉しげにGの肩に手を回した。

後書き
ビッチなハーレム~。
ぐぐってみたらベラドンナ(毒草)を使うと目が潤んできらきらするんだそうです。その分失明したりするリスクもあるとか。女性の美しさに賭ける情熱というのはすごいものですね。
私の書くハーレムは大体が受けです。攻に回るのはティラミス相手の時ぐらいかな?
娼婦となったハーレムはこの先どうなるんでしょうねぇ……。
2015.9.5

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