とんだミステリー 後編

「じゃあ、あの毒は……」
「趣味の悪いゲームだぜ」
 ハーレムが口を挟んだ。
「俺が高松の薬を飲んだんだ。ひでぇ目に遭ったぜ――」
 ハーレムが尚も言葉を紡ごうとした時だった。
 ブロロロロロ。キィッ。バタン。
 高級車が来て、独りのロシア貴族のような男が降りてきた。青の一族の次男、ルーザーである。学会から急いで駆けつけてきたのだ。
「兄さん!」
 ルーザーがマジックに駆け寄る。
「大変でしたね!」
「大変も何も、これ以上大変なことはないよ」
「他人は平気で殺すくせに身内には甘いんだね。マジック兄さんは」
 サービスの台詞が毒を孕む。
「警察の人達もマジック兄さん逮捕した方がいいんじゃないの?」
「いや……それは、今はそういう場合ではないから」
「ふぅん」
 サービスは刑事達をじろじろ見て密かに心中毒づいた。――警察もグルなのではないか?
 けれど、どうしてジャンは殺されたのか分かりますか? そこにはあるトリックが隠されています。
 それは、僕達への、そして、読者への挑戦状だ。
 ジャンはどうしてそのカクテルを飲んだのか。

「これは……自殺です」
 ルーザーが言った。
「何だって?!」
 マジックが血相を変える。
「いえ、正確に言えば、ただの自殺ではありません。この薬草から抽出されたエキスは……人を仮死状態にするのです(Tomoko注:この毒薬は架空の物です)。ジャン君は……このカクテルをわざと選んだのです」
「じゃあ、ジャンはどうやってそのカクテルを選んだんだ?」
「本で読んだことがあるんですが……複数のカクテルグラスの中に温度の違う物をあらかじめ紛れ込ませるトリックがあるのですよ」
「しかし、高松が用意したんだぞ。あのカクテルは」
「だから、高松も共犯なんです」
「ふふ……」
 高松が笑った。
「流石ですね。ルーザー様。そうです。私もジャンの自殺――というか、仮死状態にするのを手伝いました」
「しかし、ここで話は終わらない」
「まだあるんですか?」
 サービスはルーザーの頭の良さには敬意を表して敬語で喋る。
「ハーレム。君もまたグルなんだ」
「え……何言ってんだよ。ルーザー兄貴。俺はトイレでゲロってたんだぜ。本当に死ぬかと思ったぜ」
「それは注意を自分から逸らす為の狂言です」
 ルーザーが言い切った。
「ハーレム、どうして!」
 泣きながらサービスはハーレムをぼかぼかと殴った。
「本当に……どうして……」
「――お前を渡したくなかった」
 ハーレムは重い口を開けた。
「ジャンをいつか殺そうと思っていた。けれど、ジャンは――それを逆手に取った」
 ルーザーは神妙な顔でうん、と頷いた。
「それは俺に殺人の罪を着せることだった。ジャンが死んだ時――つうか、仮死状態になった時、初めてわかった。俺は嵌められたのだと。あの薬を飲んでいなかったら、真っ先に疑われてたぜ。きっと。……俺には動機があるからな」
「ハーレム……僕はハーレムの物だよ……」
「あ~あ、失敗だったか」
 毒から覚めたジャンが大きく伸びをした。
「最初はハーレムから片付けようとしたんだよね」
「ジャン! 説明し給え!」
 マジックは冴え冴えとした青い瞳――秘石眼を光らせて言った。
「おー、怖い怖い。つまり、俺はアンタらの一族――青の一族と敵対している赤の一族な訳」
「そ……そんな馬鹿な……」
 マジックが狼狽する。
「けれど……ひとつ誤算があった。それは、サービスを愛したことだ」
「ジャン……」
「サービスがハーレムに心惹かれていたのは知っていたよ。ルーザーさんもね」
「驚いた。ハーレムがそんなにモテるなんて……」
 マジックは開いた口が塞がらないようだった。
「因みに、僕がカクテルグラスを落としたのは本当に偶然だったんだ……」
「俺は……最後はサービスも罪を着せて片付けるつもりでいたから――ほっとしたんだ。ハーレムについては刑務所に送ることしか考えてなかったけど……」
「ジャン君。答えてくれないか。どうしてハーレムを殺そうとしなかったんだい? 君にならそれができたはずだ」
「それは――あなたの方がよく知っているでしょう」
 ジャンの顔がほんのり赤くなった。
「まさか……」
「俺は、サービスもハーレムも愛している。けれど――この二人は俺の仇だ。だから……罪を着せて、それから俺は故郷に帰るつもりだったんだ」
「しかし、ハーレムを嵌めても死刑には多分ならないぞ」
「マジックに一矢報いることができれば俺はそれで良かったのさ。俺は俺の罰として、暑い太陽の光を浴びたまま、心を凍らせて余生を送るつもりだったんだ……」
「何で……まさか、あの時のことを……!」
「あの時って?」
 刑事がのんびりと訊き出す。全員、しんと黙ったままだった。
「私が……彼――ジャンと寝たから……」
「俺が本当に殺したかったのは――マジックだけだった……」
 ――沈黙が降りた。刑事がこほんと咳払いをした。
「ということは、これは恋愛関係のもつれ――全員男だということが何だけど――ですね」
「ああ……」
 マジックがあらぬ方を眺めた。
「ジャン……もし私を殺したかったなら……正攻法で来るべきだったな」
「そうですね」
「えーと、これは何の罪にあたるんでしょうか。とにかくジャン。君は出頭してください。なぁに。いい弁護士がつけば無罪になるかもしれませんよ。本当は誰も死んでないんですからね」
「死にそうな目には遭ったけどな――」
 ハーレムがぽりぽりと頭を掻く。
「趣味が悪過ぎるぜ。兄貴」
「ジャンはわかったけど――高松は何でハーレムを嵌めようとしたんだい?」
 ハーレムを無視して、サービスが訊く。
「ルーザー様を取り返したかった……ハーレムからね。ジャンが私にマジック総帥のことを相談した時――この計画を立てたのは私なんです」
「高松! それは俺も――」
「ジャンと二人で共謀して考えました。ハーレムを騙すことを。私も――連れて行ってください」
 高松が手を差し出す。
「高松君……」
「どうします? 警部」
 部下が指示をあおぐ。
「高松君。ハーレム君に。君達も重要参考人として出頭してください。……えーと、マジック総帥も参考人として」
「――わかりました」
 高松とジャンは唯々諾々と従った。それで、この話は終った。いや、まだ裁判が待っている。いい弁護士なら本当に彼らを無罪にできるかもしれない。
「待ってるから」
 このサービスの言葉をどう受け取ったのか、ジャンはぺこっと頭を下げた。高松は顔を背けたままだった。ハーレムとマジックもパトカーに乗り込んだ。

後書き
この話はなんちゃってミステリーですので、まだ謎が残っているところがあるかもしれません。それなのに、いっちょ前に読者へ挑戦なんぞしてみたり(笑)。
もっとミステリーの勉強したいな。
この話にはちょっとBL要素もありますね。嫌だった方、ごめんなさい。
2018.05.23

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