戸惑う俺に口づけを

「わっ、何だここ……」
 靄がかってら――さっきまで、自分の部屋にいたのに……。
 夢か。夢にしちゃ、意識がクリアだな……。
「よく来たね。レックス」
 そう言って現れた男は――
 きしめんみたいな銀色の髪の毛。青い瞳。――何だ? こいつ。それに、なんだかとってもいいにおいがする。
「俺の名はアス。青い秘石を守る者」
「へっ? うっそだー。だって、マジック伯父さんが言ってたもん。秘石は宇宙に飛び立って行ったって」
「俺はその秘石のひとつ、青い秘石の番人だ」
「――パプワ島のリキッドが赤の秘石の番人であるように?」
「……そうだ」
 一瞬間が空いたぞ。
「でも、俺は――俺達青の一族はこの世界を征服する。お前にその刻印を刻む」
「刻印って? ――むぐっ」
 戸惑う俺の唇にヤツの唇が重なった。花のにおいが一層強さを増した。
「時が来れば、お前は俺のことを思い出す。お前も青の一族なのだから――」
 そうして、アスは姿を消した。

 ――目覚まし時計が鳴っている。
「む~っ。むっ、この目覚まし狂ってるじゃねぇか!」
「おいっ! レックス! 車出すぞ!」
「シンタロー! ……仕事はどうした?」
「キンタローに任せてある――さっき友達も来たぞ」
「げっ、何で早く言わない」
「リズとバリーが来たこと、今言おうと思ってたんだよ。あいつら、先に行くって」
 ちぇっ。薄情なダチどもだ。友達やめるぞ全く。
「さぁ着替えたらパン食って乗って!」
「そうだな――いや、シンタロー……」
 ききたいことがあるんだけど――そう言おうとした時だ。本能がそれを止めた、言わない方がいい。こういう俺のカンはよく当たる。
 俺は昔からカンがいい。親父に似たのだと、俺は思う。将来占い師になったらと言うヤツもいる。
 でも、これだけはきいておきたかった。
「なぁ、シンタロー。俺って……本当に青の一族なのかな?」
「ん? どうした? 急にそんなこと訊いて」
「だって俺、金髪じゃねーし……他のみんなは金髪なのに、俺だけ……」
 俺はパジャマの裾をぐしゃっと握った。話に聞いた秘石眼だって、使い方わかんねーし……。
「レックス」
 シンタローが真面目な顔して訊く。
「俺の髪は何色だ?」
「え? え――黒?」
「じゃあ、俺の目は?」
「え――灰色がかった黒?」
「いいか。レックス。俺は秘石眼を持たない出来損ない――そう言われたこともあった。けれども……それでも、青の一族だぜ」
「シンタロー……」
「誰に何を吹き込まれたかしんねぇけど、気にすんな」
 そう言って、シンタローは大きな手で俺の頭をぽんと叩いた。
「さ、朝飯が待ってるぜ。超豪華シンタロー特製サンドイッチだからな!」
「あ、待ってよ、シンタロー!」
 俺は着替えて階段を下りた。

 アス――夢の中で戸惑う俺に口づけをくれたヤツ。唇の感触がやけにリアルだった。
 どんなヤツなのか俺は知らねぇ。ただ、好きになれないものを感じた。
(いけすかねぇ……)
 あいつが青の一族だってんなら、俺はそんなもんになんなくて良かったと思っている。でも、シンタローも青の一族なのだとしたら――。
 いけね。頭がぐるぐる回ってきた。
 青の一族について考えたこと、きっかけはなかったわけじゃない。俺が廊下を歩いていると、ジャンと高松が笑いながら話していた。
「あの、レックスくんでしたっけ? あの子は本当に青の一族の子なんですよねぇ。調べてみたい気もしますが」
 高松が言う。俺は高松も嫌いだ。
「何だ、高松。またその話か――よせよせ。マジック様に殺されるぞ。……秘石眼があるんだから間違いないだろ。それにあの顔立ち――写真で見たハーレムの小さい頃にそっくりじゃね?」
 ジャンがそう答える。
「でも、髪の色はオレンジですよ」
「だから、仮説としてだけど、俺はこう考えるんだよね――」
 もうそこにはいたくなくて、俺は足音を立てないようにかけ去っていた。――涙があふれてきた。心の中でだけど。――俺は涙を流さずに泣く方法を知っている。
(ちくしょう、ちくしょう――ちくしょう!)
 俺がみなしごだからって、あいつら俺をバカにしてんだ。俺だって、青の一族だ。さっきは青の一族でなくてもいいと思ったけど――あれはやっぱり嘘。
 青の一族――だよな。俺、ハーレムの息子、だよな。
 ぐらついたアイデンティティー。マジック伯父さんは青の一族であることに誇りを持てと言った。
 でも、もし、俺が、青の一族でなかったとしたら――?
 マジック伯父さんやシンタローが、同情だけで俺を引き取ったのなら――?
 でも、シンタローは勇気づけてくれた。不器用ながらも、俺を励まそうとしてくれた。俺を――青の一族だと……認めてくれたような気がした。
 サンドイッチは旨かった。
「さ、これ飲め」
「牛乳? コーヒーの方がいいな」
「わがまま言うな。牛乳飲んででっかく育てよ」
「うん!」
 俺の親父は195センチもあった。お袋のイレイナも標準体型だったらしい。――とすれば、俺はジャンや高松を超えることができるかもしれねぇ。たとえ身長だけでも。
「シンタロー……ありがとう」
「何の礼か知らんが、どういたしまして」
 シンタローが俺の言葉に答えた。
 けれど、アス。あいつ、何者なのだろう。
 あいつも青の一族なんだろうか。――銀髪だったけど。染めてるっていう可能性もある。ちなみに、俺は染めてない。髪は母さん譲りだねって、ここに来る前もよく言われた。
 親父がここにいればな――。俺は考える。
 強い男だったらしいから、きっと、ジャンにも高松にも――アスにだって好きにさせてはおかないんだ!
 俺は、親父に夢を見ているのかもしれない。けれど、仕方ねぇじゃねぇか。俺の親父は、最高にかっけぇ男なんだから。
「着いたぞ」
 シンタローが車を止める。俺は車から降りて、ガンマ団に帰って行く赤い車体を見送った。
 ……学校には、まだ慣れねぇ。友達はいっぱいできたけど。
 教室へ行くとリズとバリーがやってきた。
「やぁ、レックスくん」
「はぁい。レックス」
「――何だよ。俺を置いて登校したくせに」
 俺はバリー達をジト目で睨む。
「僕は待とうって言ったんだ。でも、シンタローさんが送ってくからって。君達を遅刻させるわけにはいかないって――」
「なんだ。そうだったのか。じゃあ許してやる」
「ありがと。――もうじき授業だよ。ちゃんと準備してきた?」
「ああ。――目覚ましが狂っちゃっててさぁ」
「そういう言い訳は先生の前でしたまえ」
「わぁったよ」
 でも、アスとかいう野郎、何で俺にキスしたんだろ――。キス魔かな。ホモなのかな。
 ま、いっか。ま、いっか――問題を一時棚上げにする魔法の呪文。
 その時俺は知らなかった。シンタローとアスの秘密を――。それを知るのはもっと先。俺がもっと成長してからの話である。

後書き
レックスくんシリーズです。
出生について悩むレックスくん。ジャンも高松も気になるようで――。
そしてアス。この男はこれからの展開に何か関わって来るのでしょうか……私のことだから忘れているかもしれないけど(笑)。

2019.01.08

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