天使が舞い降りた 「うわー、可愛いな」 シンタローがこの間生まれたばかりのトモヨを見た時の第一声はそれだった。 「わてとウマ子はんの娘やから……」 父親のアラシヤマが照れながらも自慢そうに言う。 「だから不思議なんだよ」 と、シンタローは憎まれ口を叩く。 鼻筋が通って、黒い目がつぶらだ。上唇が富士山型に整っている。肌は白くて睫毛は長い。 「ほんに原田家は美人の家系じゃのう」 トモヨの伯父のコージがデレデレした顔でのたまう。 どっちかって言うとアラシヤマの方の家系の顔じゃないか、とシンタローは思ったが、アラシヤマをこれ以上調子づかせたくはないので黙っていた。 しかし、それにしても原田トモヨとは……きっと『時をかける少女』とか『わたしをスキーに連れてって』とかが好きなのに違いない。アラシヤマもウマ子も意外とミーハーだ。 「でもさ、子供ができる前のウマ子のよがり声はすごかったな」 シンタローが皮肉めいた口調で言った。 「いやあ、照れますなあ」 アラシヤマは動じずに頭を掻いた。 「だって眠れなかったもんな」 と、シンタローは続けた。 「いやぁ……」 アラシヤマはどこか得意顔だった。 原田家の婿養子に入ったアラシヤマはウマ子との間に既にウズマサ、サナ子という双子の兄妹を設けている。トモヨは三人目の子供だ。 アラシヤマは嬉しがるばかりでからかいがいがない。ちっ、とシンタローが舌を鳴らした。敵わねぇな、こいつらにゃ。 そんな彼らを面白くなさそうな顔で眺めている少女がいた。 原田サナ子。トモヨが生まれたことで自動的に姉になった、前述の女の子である。 「サナ子、そんな隅っこにいないでこっち来い」 コージは笑顔でサナ子に手招きする。 「ん?どうしたんだい?サナ子ちゃん」 様子が変だと思ってシンタローがきく。 「サナ子……」 サナ子が重い口を開く。 「ん?」 「サナ子、トモヨちゃん嫌い!」 そう叫んでサナ子は家を飛び出す。 「サナ子ちゃん!」 シンタローが呼び止めようとする。そこへ、 「放っておきなはれ!シンタローはん!」 と、アラシヤマの鋭い声がする。 「サナ子はみんながトモヨを可愛がるから妬いているだけどす。そりゃ、わても気持ちはわかりますえ。わて、学生時代はあんさんにヤキモチ妬いてたどすからなぁ」 「アラシヤマ……おまえが……俺にヤキモチ……?」 「そうどす」 「そうじゃな」 アラシヤマとコージは殆ど同時に頷いた。 「おまえ、俺が嫌いなんじゃなかったのかよ」 シンタローが焦って言う。 「ヤキモチばかり妬いてて自分の気持ちに素直になれなかったんどす。大丈夫。サナ子も本当は優しい子や。自分の気持ちに素直になればトモヨのことも可愛がってくれるはずや」 「おまえは昔は俺に反発ばかりしてたけどな」 「でも、今では心友どす」 「サナ子ちゃん、どこ行ったのかな。心配だな」 シンタローはわかっていてアラシヤマを無視する。 「シンタロー、われは弟に妬いたことはないんか?」 コージが尋ねた。 「そんなことあるわけねぇだろ?コタローは可愛い可愛い弟だ」 「ブラコンどすな」 「ブラコンのどこが悪い!」 シンタローはアラシヤマに食ってかかる。 「まあまあ。二人が喧嘩したら、トモヨもびっくりしてしまうじゃろうが」 コージの言う通り、トモヨは驚いたように目を見開いている。 「ああ、堪忍な。トモヨ」 アラシヤマはトモヨの頭を撫でる。 「トモヨは滅多に泣かない良い子やな」 その光景にシンタローは思うところがある。 確かに自分はコタローに妬いたことはない。シンタローがある程度大人になった時にできた子供だからだ。 でも、サナ子はどうだろうか。アラシヤマのトモヨへの溺愛ぶりに寂しくなったことはなかったろうか。 サナ子はまだ子供なのだ。 「俺、サナ子ちゃんのところに行ってくる!」 サナ子は原田家にはいなかった。 ウマ子はトモヨをアラシヤマに預けて休んでいたのだと言う。 「わしは構わないと言ったんじゃが、アラシヤマが『わてがトモヨの面倒見るよって、ウマ子はんはゆっくりしなはれ』とこうじゃったからなぁ。ほんに、優しい男じゃ。アラシヤマは。結婚して良かったのぉ……」 「あ、そ……」 まだまだ続きそうなノロケに辟易しながらシンタローは逃げて行った。 残るはリキッドがウズマサ達とよく行く森である。 (あ、いた) サナ子はリキッドが好きである。だから、彼に泣きつくと思っていたのだ。 「リキッドさ~ん」 「何だい?サナ子ちゃん」 リキッドもサナ子には甘い。ウマ子には厳しいくせに。 可愛い女の子には男は弱いというのは、全世界共通の摂理だろうか。 「ねぇ、リキッドさん。サナ子とトモヨちゃんとどっちが可愛い?」 俺の親父と似たようなこときいてるな、サナ子ちゃん、とシンタローは心の中で呟いた。俺の親父も叔父サービスに俺を取られたみたいで、寂しかったのかもな。 シンタローの父、マジックの子煩悩ぶりは有名だった。 リキッドは迷っているようである。 「うーん、さっき見たけど、トモヨちゃん可愛かったし……あ、でも、サナ子ちゃんはサナ子ちゃんで可愛いよ」 何アホな返答しとるんだ、とシンタローは苛々していた。 サナ子も不満顔だ。 「リキッド!」 シンタローはつい草むらから顔を出した。 「し……シンタローさん……」 「こういう時はな、問答無用で、『絶対サナ子ちゃんの方が可愛い!』と言ってやるのが男じゃねぇか!」 「シンタローさん……」 サナ子が頬を染めている。 「あのなぁ、サナ子ちゃん、君のお父さんはちゃあんとわかってるよ。君がトモヨちゃんにヤキモチ妬いてるだけだってね。さあ、パプワハウスに帰ろう」 「でも、お父さんもお母さんも、トモヨちゃんばかり可愛がって……」 「そりゃ、今はそうかもしれない。でも、サナ子ちゃん達が生まれた時もそうだったんだよ」 「サナ子達も……」 「ああ。アラシヤマなんか嬉しそうに『天使が舞い降りたんや』なんて言ってたね」 「天使か……お父さん、オーバーなんだから……」 サナ子が恥ずかしそうに俯いたがやがて言った。 「うん、サナ子、トモヨちゃんほんとは好きだよ。だって、トモヨちゃんのお姉ちゃんなんだもん。それにね……サナ子、ずっと妹が欲しかったし」 「そっか。良かったな。願いが叶って」 「うん!」 サナ子はシンタローの手を取った。 「シンタローさん、アンタ、やっぱりすごい人っすね」 リキッドの声が聴こえたが、シンタローは返事をしない。だが、シンタローの目は笑っていた。 「トモヨちゃん」 「おお、サナ子。戻ってきはったな」 コージの姿は既になかった。どこかへ行ったのだろう。サナ子が、 「ねぇ、お父さん。トモヨちゃん見せて」 と、頼んだ。 「ええどす」 サナ子はトモヨの顔を見てつくづくといった感じで、 「トモヨちゃん、可愛いね。天使みたいだね」 シンタローは思わず吹き出しそうになった。 「ウズマサとサナ子も、わての大事な天使どす」 「うん、シンタローさんから聞いた」 「そうだったんや……おおきに。シンタローはん」 アラシヤマが礼を言う。シンタローが相手をじっと見た。 「アラシヤマ……おまえ、変わったな」 落ち着いたというか、貫禄が出たというか。 「そうどすか?まあ、シンタローはんも父親になればわかりますえ」 「けどなあ、この島に女なんて……」 「何よ!シンタローさん!」 「こんなにいい女のあたし達がいるじゃない!」 イトウとタンノがどこからか湧いて出た。勿論、この二匹の生物はいつものようにシンタローの眼魔砲を食らってしまったのは言うまでもない。 「おまえらはトシゾーとじゃれついてればいいんだよ」 シンタローは捨て台詞を吐くのも忘れない。 「あ、トモヨちゃん、笑った」 赤ん坊をあやしていたサナ子が言った。見ると、確かに嬉しげに目を細めている。小さな拳を握って明るい声を立てていた。 「おお、本当だ」 「可愛い、可愛い。ね、シンタローさん。トモヨちゃん、可愛いよね」 「ああ」 もし、サナ子が今のまま美しく成長したら、彼女と結婚して子供を持つのも悪くないな、とシンタローは考える。 リキッドのことはこれっぽっちもライバルとして眼中に入れていない彼であった。 後書き タイトルはマッキ―の『どうしようもない僕に天使が降りてきた』のもじりです。 トモヨの名前は、本当は別の名前を考えていたのですがちょっとまずかろうということで『トモヨ』になりました。 2012.12.19 |