天国のサービスおじさん

「あ、サービス叔父さん」
「やぁ、レックス」
 ここは、いつでも花の香りに包まれているような気がする――サービスが手を挙げた。レックスは、ハーレムの息子でサービスの甥だ。
 レックスは宇宙船の事故で死んだのだ。――そして、サービスも、この世の者ではない。
 そう、ここは天国と呼ばれているところである。
「今日もいい天気だね、叔父さん」
「そうだな――」
 明るい燃え立つようなオレンジの髪の青年に、サービスは笑いかけた。――サービスは若い。高松のお茶のおかげで、生前は更に若く見えていた。
(ジャンは心配していないだろうか――)
 すぐにでも、様子を見たいような気がする。けれど――この青い空も見ていたい。
 子供の頃のハーレムそっくりの、この甥と――。
 勿論、この甥は、生前は立派な大人だったのだが、天国では子供の姿に返っている。何故だかはわからない。また、理由などいくら挙げてもきりがないと思う。もしかしたら――理由なんてないのかもしれない。
 サービスは、ハーレムとはウマが合わなかったが、レックスは何故か好きだった。子供の頃のハーレムにそっくりだったからかもしれない。
(ハーレムとは――子供の時は仲良かったっけ)
 サービスの目の前に、幼いハーレムとサービスが駆けっこし合っているそんな幻が浮かんだような気がしていた。レックスがそんなサービスの顔を覗き込む。
「サービス叔父さん?」
「ん?」
「何で親父には会おうとしないの?」
「会いたきゃ自分から来るだろ」
「――やっぱり叔父さんの女王様気質は昔から変わってないね」
「何が女王様だ。私だってれっきとした男なのだぞ」
 サービスがレックスを軽く小突いた。
「冗談だってば~」
「……知ってるよ。私も冗談で殴ったんだ」
「冗談で頭はたかれちゃ世話ないよ。もともと良くない頭なのにもっと馬鹿になったらどうすんのさ」
「ははっ。そういうところはハーレムにそっくりだな」
「こういうとこなんて似たって嬉しくないよ。はぁ~、全くうちの一族は……」
「あ、そうだ。レックス。お前も秘石眼を自由に使えなかったんだっけな」
「あー、そうだったそうだった。結構コンプレックスだったんだぞぉ」
「しかし、シンタローは秘石眼を持ってすらいなかったからな」
「そうだね。シンタローが話聞いてくれたから俺、楽になった。それに……」
 サービス叔父さんも秘石眼では苦労したんだよね。
 そう言いたそうな目を、レックスはしていた。
 サービスは昔、ジャンを殺したと思い込んで、秘石眼を抉り取った。本当のジャンは生きているので、茶番でしかなかったのだが――。
(全く、私達はグラン・ギニョールの人形だ)
 そう思いながら、サービスはふうっと遠くを見遣った。空気に自分の体が透けて溶けそうな気がする。いい風だ――。
(でも、それも悪くないかもしれない)
 天国へ行けたから。レックスに再び会えたから。
「ねぇ、サービス叔父さん。親父のところにも時々は会いに行ってやってよ」
「ハーレムか……あいつは苦手なんだ」
「うん。知ってる」
 レックスはにっこり笑った。何だか自分を見ているような気がする。何か頼みごとがあった時には、サービスが、例えばクラスメートなどに微笑めば、相手は何でもしてくれた。
(俺の……右目を抉る程の勘違いは――その時の罰だろうか……)
 いや、違う。それは、複雑な糸で絡まり合っている。でも、出来上がった絵図はそう悪いものではなかった。
「叔父さんはさ、親父が苦手なのに、何で俺には親切にしてくれるの?」
「――苦手と嫌いとは違うからさ」
「じゃ、親父のこと、本当は好きなんだね!」
 レックスが勢い込んで詰め寄った。その迫力に負けて……サービスは、「ああ」と頷いた。
 サービスの、ハーレムへの想いは錯綜している。レックスなんか、
「バンザイバンザーイ!」
 と、喜んでいる。
 だが、この天国の平和がいつまで続くのか――サービスは気になった。
 もしかしたらハーレムが下界に降りたいなどと言うかもしれない。既にその兆候が現れている。その日までに、サービスはハーレムと酒をじっくり酌み交わしてみたい。レックスもいないところで、ゆっくりと――。
 ここは、美し過ぎる――。
 下界のジャンが心配だ。高松にはキンタローやグンマがいるから平気だろうけど。
 ハーレムは、乱世と冒険を夢見る男だった。それは今でも変わっていない。
(あの双子の兄と来たら――)
 ハーレムとサービスは双子なのだ。似ていない、と誰もが言った。でも、気質が違っていて良かったと思う。――面白いからだ。
 それに、レックスはハーレムに似ているようで似ていない。サービスはレックスと話す時の方が気が楽だった。
 けれど――
 レックスの優しさはハーレムから遺伝している。イレイナと会ったことのあるサービスは、レックスには確かに母親の血も流れていることを知った。
(私に子供がいたならば――)
 だが、それは詮無い繰り言だ。数多くの女達と寝たが、相手の女が孕むことはなかった。秘石眼を受け継いだ子供が生まれないよう、気を付けて避妊していたからかもしれない。
 まぁいい。サービスは思った。今はこの子が我が子代わりだ。シンタローが来たら、また賑やかになるだろう。シンタローとレックスはどういう訳か仲が良かった。病的な愛情という訳ではなかったけれど。
 そういえば、シンタローは弟のコタローのことを溺愛していた。コンプレックスの裏返しかもしれない。
 だが、シンタローもコタローも立派に育った。シンタローは逞しいし、コタローは相も変わらず美しい。
 コタローは自分達双子に似たのだろうと、サービスは勝手に思うことにしている。マジックの遺伝子から生まれた子なのであるが。
(そういえば、義姉さんは元気にしてるかな――)
 あまりここでは話題に上って来ない、マジックの妻。快活でチャーミングでとても――シンタローに似ていた。
 天国では会ったことすらない。
「縁があれば、会えるわ――」
 それが、印象に残った台詞だった。義理の姉の。
 大丈夫。レイチェルは今も幸せに暮らしている。この俺と、同じように――。
「サービス叔父さん……何考えてたの?」
「いろいろさ。よしなしごとをな」
「今までの人生を振り返ってたの? 俺だってそうだよ」
「毎日リズやバリーと遊んでいるだけじゃなじゃかったのか……」
「そうなんだけどさ。あいつらがいない時は思い出すよ。今までのこと――後悔することもあるけど、俺、地球に生まれて良かったと思ってる」
「そうだな。そこで、俺とお前は会ったんだものな」
「天国で親父とも会えたし、俺、もう思い残すことないよ」
「それはいまわの際に言う台詞だ――って、もう死んでるか」
「そうだよ。だから、サービス叔父さんも、元気出して。きっと、必ず全てが良くなるから――」
 必ず全てが良くなる。
 レックスはどうしてこんなに大人になったのだろう。あの変わり者揃いの一族の中で。
 けれど、人間の魂は成長するのだ。きっと、死後も――。
 そして、いつか、縁が回って円になる。
 ――そんな一見馬鹿げた空想もサービスは思いつく。
「どうだね? レックス。ここでの生活は」
「んー、毎日楽しいけど、ちょっと飽きたな。人間には適度のストレスが必要なんだ。ここにはなーんもストレスないからさ」
 そう言ってレックスは草むらに寝転がった。
「実は俺、親父から誘われてるんだよ。一緒に下界に行かないかってな」
「そんなことは――させない」
 ハーレムに大切な甥を奪うことなど、させない。レックスが下界に行くのだったら、私だって降りていく。
「怖い顔しないでよ――でも、そうだな。ちょっと迷ってるんだ……リズとバリーと永遠にここで暮らしていたい気もするし。ここはまるでネバーランドだな」
「そうだな。――私は怖い顔してたか?」
「うん。顔が強張ってた」
 いずれ、ハーレムとも話をつけないといけない。サービスはそう考えていた。ここの心地よさに酔っていたいのは勿論だけれど――。
 ハーレムも変わった。今では立派にレックスの父親を務めているらしい。少なくとも、酒浸りではなくなった。今でも、適度には飲むみたいだが。――ジャンと高松のことを恋しがっていたと、レックスから聞いた。あの、ハーレムが――。
「レックス、今日、お前の家に行っていいかい?」
 レックスはきょとんとして、それから、「うん!」と力強く頷いた。素直なところはハーレムに似ているかもしれない。この甥は。

後書き
レックスの小説をアップするのは久しぶりな気もします。
生前のレックスのコンプレックスも出て来ます。
サービスは美形だから、きっとモテたと思いますよ。でも、きちんと避妊はしたと思います。
ちょっとサービスはハーレムへ複雑な想いを持っているのかな。

2018.12.13

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