天国でのハーレムとサービスの会話

「やぁ、ハーレム。お呼ばれに来たよ」
「サービス! 久しぶりじゃねぇか!」
「義姉さんに招待されて来たんだけどな。彼女の紅茶は美味しいからね」
 ――この家はいつ来てもいい匂いがする。サービスはそう思った。紅茶と砂糖との匂いだ。
「義姉さんはこの家を綺麗に保ってるんだね」
「ああ。イレイナは綺麗好きだからな。――ワインどうだ?」
「昼間っからワインは――いただきます」
「さすが俺の弟」
 ハーレムがウィンクする。サービスはハーレムの双子の弟なのだ。生前はいろいろ確執もあったが、今はそれなりに天国で幸せに暮らしている。――ハーレムがワイングラスと瓶を持って来た。
「久しぶりだな。サービス。お前と飲むのは。――お前がこの家に来たのだって久しぶりじゃねぇか?」
「そうだな」
 ハーレムがぽん、とコルクの蓋を抜く。
「今までどこ行ってた?」
「いろいろ」
「全く――放浪癖は未だに治ってねぇようだな」
「君はよく家にいるようになったのかい?」
「そうでもねぇな。ただ、今はレックスがいるからな」
 トクトクトク。ハーレムはワイングラスにワインを注ぐ。美味しそうな赤いルビー色の液体。この酒がサービスは大好きであった。ハーレムはウィスキーとかブランデーとか……とにかく強い酒が好きだ。
「何故ここにあまり来ない」
「――君がいるからさ。僕は君が嫌いだからね」
「おうおう。減らず口を叩く癖は相変わらずだな」
「この頃は、かなり平気になってきたけど」
「レックスとは仲がいいようじゃねぇか」
「まぁね。――君のように性格悪い訳じゃないし、ナマハゲじゃないし」
「言ったな、コノヤロー」
 そう言ってハーレムはにやりと笑う。ハーレムは、サービスの減らず口が嫌いな訳ではないのだ。
 ハーレムとサービスはちりん、とグラスを合わせた。サービスが何も言わずに黙ってグラスを傾ける。ハーレムもワインを口に含む。
「俺様は飲めりゃどんな酒だっていいんだ」
 生前言ってたハーレムの台詞。あの頃、ハーレムはアル中の気があった。けれど、最後の数年間は、あまり酒を口にしなかったような気がする。
 ――サービスのグラスが空になった。
「もう一杯、飲むか?」
「いや、いいよ。もう」
「残りは寝酒にとっておく、か――」
 ハーレムも今はそれ以上飲む気はないらしく、ワインをカーヴにしまいに行った。
 ここは居心地がいい。
 綺麗好きな義姉。ハーレムはいい女と結ばれたと思う。
 ――この天国で、ハーレムはイレイナと結婚式を挙げた。白鳥達が祝福するように泣き声を上げながら飛んで行った。ハーレムも、イレイナも、レックス達も幸せそうだった。
 勿論、サービスも――。

「サービスおじさん! こんちは!」
 レックスが来た。この少年は、ハーレムに似ているかと思えば、全然似ていないところもある。サービスはくすりと笑った。
「ん? ワインの匂いがする」
「鼻がきくな。――実は、ハーレムと一緒に一杯飲んでたんだ」
「昼間っから?」
 レックスが眉を顰める。――ハーレムが帰って来た。
「親父。昼間っからサービス叔父さんと酒飲んでたんだって?」
「そうだが? 何か悪いことでも? それに、ワインを一杯だけだぜ」
「俺、この酒の残り香に酔いそうだよ」
 レックスはあまり酒が飲めないのだ。母親に似て。酒豪のハーレムとは大違いである。
「お前も体質はあるだろうが、ワインの一杯でも飲めるようにならなけりゃ、立派な男になれねぇぜ」
 ハーレムの台詞にレックスはそっぽを向いた。
「だって、人間の体って、アルコールを摂取するようには出来ていないんだぜ」
「全く飲めねぇヤツの僻みだな。それは」
「ふん」
「レックス、紅茶を淹れてあげようか?」
「いい。サービス叔父さんはお客だし。紅茶ぐらい俺だって淹れられるよ」
「そうだな。お前の淹れた紅茶は旨い」
「――シンタローに習ったんだよ。それに、サービス叔父さんの紅茶の方が旨いじゃないか」
「どうも」
 サービスは微笑んだ。
 レックスは少年の外見をしているが、命を落とした時は、逞しい青年だった。天国では、いろいろ姿かたちを変えられるらしい。例えば、人生で一番幸せだった時の姿とか――。
「リズとバリーは?」
「二人で勉強してる。俺、退屈だから抜け出して来た」
「そういうところはハーレムに似ているな」
「何で俺を引き合いに出すんだよ。――確かに勉強は苦手だったけどな」
 ハーレムが渋い顔をする。
「だって、あいつら、俺らが小学生の姿だからって小学生の勉強しようとするんだもん。宇宙とかの勉強だったら、俺も残ってもいいかなって思ったけど、算数だからな――」
「数学じゃないんだな?」
 と、サービスが念を押す。
「んー、だって小学生の勉強だから。なんかリズが、『基本は大事よ』と言って算数始めたもんだから、俺、逃げて来た」
「俺も算数は嫌いだったからな。血なんだろうよ」
「大した血でもないくせに――」
「あん? なんか言ったか? サービス」
「何も」
「高等数学なら得意なんだけどな。算数なんて今更――はっきり言って手応えねぇし」
「変わりもんだな。お前も」
 ハーレムはレックスの頭をくしゃくしゃに撫でた。レックスの髪は、色は違えど、ハーレムに似た硬質の髪だ。レックスが嫌がる。――サービスは微笑ましく見守っていた。
「親父ー! いつまでも子供扱いしてんじゃねーぞ!」
「だって、お前は俺の息子だろうが」
「そうだけどさー。離せよー」
「ふふふ、せいぜいもがくがいい」
 ハーレムが得意そうにほくそ笑む。親子のスキンシップなのだ。兄弟同士でもよく遊んだと、サービスは思い出していた。
 自分が子供の頃は、ハーレムが嫌いではなかった。むしろ、大好きだった。――夜も、寝付くまでいろんな話をした。
 レックスにも、リズとバリーがいて良かったと、サービスは安堵混じりの吐息を洩らした。
「どうした? サービス。溜息なんか吐いて」
 ハーレムが訊く。
「別に溜息という訳では――」
「俺、紅茶淹れて来る」
 レックスが台所に引っ込む。やがて、紅茶の匂いがくっきりと際立ってくる。
「親父とサービス叔父さんは砂糖、いらなかったよな」
 レックスの問いに、ハーレムとサービスは、「ああ」と答えた。
「俺は、一杯だけ」
 レックスが砂糖をティースプーンで入れてかき混ぜた。そして続ける。
「もう、ジャムなくなっちまったから――ごめんな」
「レックスが謝ることではないよ。それにしても、義姉さんのジャムは絶品だからな」
「ありがと。お袋に会ったら、サービス叔父さんがお袋のジャム褒めてたこと、伝えとく」
「そんなん、わざわざ伝えなくてもいいじゃねぇか。イレイナのジャムについては、本人が一番自信を持ってんだからさ」
「ハーレム――お前は幸せ者だよ。紅茶を淹れるジャムを作るのが上手い嫁と、お前を慕ってくれる息子がいてさ」
 ハーレムは、わかってる、とだけ言った。そして、ハーレムがレックスを膝に乗せた。自分にもこんな家族がいたら良かったな――サービスは少し、ハーレムを羨ましく思った。
 ――独身貴族として生きる道はサービスの選んだものではあるが。

後書き
天国――つまり死後の世界のハーレムとサービスです。こんな世界だったら行ってみたい! パプワ島にも行ってみたい!
ハーレムの息子レックスも出て来ます。オリキャラです。それにしても今の私は本当にレックスが好きなのだなぁ。レックス未来編なんて作ってしまう辺り……(笑)。
イレイナさんについても語る機会はあるかもしれませんが、それはまた後日。

2018.09.19

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