七夕祭り

 ウマ子がカレンダーを見た。今日は七月七日である。
「ウズマサ、サナ子は?」
「サナ子だったら、パプワハウスに遊びに行ってるけん」
「しようがないのぉ……料理を手伝ってもらおうと思ったのに」
 ウマ子の料理は、少々ダイナミックな食材を使うが、それさえ気にしなければ、結構美味だ。
 アラシヤマも料理は得意なので、代わりばんこに家族の食事を作っている。時々はサナ子が手伝う。
「料理の腕を磨いて、立派なおなごになるんじゃぞ」
 ウマ子はよく、口を酸っぱくして言う。
 サナ子も、
「うん!」
 と答えて、ウマ子のアシストをする。
 アラシヤマは、まずサナ子に包丁を持たせたがらない。どうしてかと訊いたら――
「この白魚のような手に、ほんの少しでも傷をつけるのは耐えられないんどす!」
 と泣きながら言う訳である。
 尤も、シンタローに、
「過保護過ぎだろ」
 と言われると、涙を飲んで諦める。だが、アラシヤマは自分が当番の時は、一人で家族の賄いをする。
 優しい、父親なのだ。
「こういう時、結婚してよかったなぁと思うのぉ」
 ウマ子の感慨に、アラシヤマも満更でもなさそうだった。
 ウマ子が回想していると――
「今日は七夕祭りじゃのぉ。またイッポンダケに行けるのが楽しみじゃ」
 ウズマサが、両拳を握って、わくわくしているらしく、子供らしいセリフを発した。
「そうじゃのぉ」
「今年も母上殿が、イッポンタケに登るんじゃろうか」
「おう、そうじゃ。ウズマサとサナ子に、母の勇姿、とくと見せてやるからのぉ」
「母上殿……わしは母上殿が大好きじゃ」
「ははは。照れるのぉ」
 やはり、家族ができて良かった――ウマ子はそう思った。
「ウズマサ、サナ子に、『イッポンタケ』で待ってるように伝えてくれんか」
「わかった」
 ウズマサは家を飛び出して行った。
「さてと」
 ウマ子はダイナミックな包丁さばきで、次々と料理を拵える。
 食卓には、美味しそうな食べ物が並ぶ。七夕の特別料理だ。
 アラシヤマと付き合うようになってから、味つけもどこか繊細になってきた。彼に影響されたのか。
(アラシヤマは、自分好みの味でないと、食べずに黙って作り直すからのぉ……)
 だから、自然と味も薄くなっていったのだ。最初は少し物足りなかったが、慣れればそれはそれで充分美味しい。
 特に、今日の料理には自信がある。
「リッちゃんとも久しぶりに会いたいしのぉ」
 独り言を行ってから、ウマ子は、
「ああ、大丈夫、アラシヤマ。今はぬしが一番じゃけん!」
 そう言って、ここにはいない配偶者に言い訳をする。
(けれど……リッちゃんはかっこよかったのぉ)
 心変わりした自分のことも赦してくれたし――本当にいい男だった。
 その当時は、ウマ子も、まだうら若き女子高生であった。
 それが――アラシヤマと所帯を持つようになり、はや十年が過ぎようとしている。
(早いもんじゃのぉ。本当に)
 ウマ子は、ふっと笑った。そして、できた料理をバスケットに詰めた。

「サナ子ー」
 所変わって、こちらはパプワハウス。
「おう。ウズマサ」
 シンタローが挨拶する。
「サナ子だったら、ジュニアと遊んでるぜ?」
 リキッドがふりふりエプロンをつけて、スープの味見をしている。
「え? 手伝わせなくていいんか?」
「だって、お客様だぜ」
 シンタローがきっぱりと言う。
「ふふふ……わても一応お客様なんどすがなぁ……シンタローはん、ちーっともこちらを見てくれへんなぁ」
「あ、父上殿もそこにいましたか」
 ウズマサが駆け寄って行った。
「ところで、ウマ子はんは、何の用事どすかな?」
「えー? 父上殿にはわかるんか。わしが母上殿の使いだってこと」
「そりゃまぁ、十年も夫婦していればわかりますぇ」
 アラシヤマがぽっと顔を赤くした。
「サナ子に、イッポンタケで待つよう、伝えてくれと。それから――今日は母上殿も料理を持って行きますけん」
「それは楽しみどすなぁ」
「えー。じゃあ、リキッドさんもこんなに料理作ってるのに――作り過ぎじゃない?」
「構わない。あのオッサン達が空にするさ」
 オッサン達――言わずと知れたハーレム達のことである。
「シンタローさんはおじさんじゃないの?」
 サナ子がつぶらな瞳で訊く。
「うーん。お兄さんは、まだおじさんじゃねぇな。アラシヤマと同じ年だし」
「じゃあ、おじさんじゃないね」
「そう!」
 やっぱりおじさんだと思うが――ウズマサは思った。だが、でかい図体をしていても、心優しいウズマサは、その言葉は言わないでおいた。
「ふふふ……シンタローはんが初めてわてのことを話題にしてくれたどす」
「――なぁ、父上殿とシンタロー殿って、本当に友達?」
 ウズマサが素朴な疑問を投げかける。
「ああ、こいつは……」
「友達や! 友達、いや、心友に決まってまっせ!」
 シンタローの言葉をアラシヤマが遮り、勢いよくまくしたてる。
「わ……わかったけん……」
 そう考えたものの、自分には理解できない。だが、何か特別な絆で結ばれているのだろう。ウズマサはそう思って一人納得した。

 イッポンタケには、たくさんの人や動物が集まっていた。
「ウズマサくん、サナ子ちゃん、こんにちはー」
「待ってたよー」
「今日は七夕祭りだもんね。楽しみにしてた?」
 ウズマサとサナ子は、生物達の歓迎を受けた。
「久しぶりだね。二人とも」
「あー。サービスおじ様!」
「サービス殿、元気そうじゃの」
 サービスがにっこりと笑った。
「おう。こっちだこっち」
 ハーレムは、酒を豪快に注いでいた。
「ハーレムおじ様、そんなにお酒飲んではいけません」
 サナ子が注意する。
「いいじゃねぇか。このところ、さっぱり飲めなかったんだ。今日一日ぐらい羽目外しても、バチは当たんねぇだろ」
「……たく!」
 サナ子は腰に手を当てて溜息を吐いた。
「んで、今年もまた俺が登るの?」
「おー、頼むわ。リッちゃん」
「サナ子ちゃん達は、何を書いてきたのかな?」
 ハーレムを無視して、リキッドは子供達に問うた。
「リキッドさんのお嫁さんになれますように!」
 嬉しそうにサナ子は、ぴょんと飛び跳ねた。
「ウズマサは?」
「――秘密じゃ」
「見せて」
 ひょいっと背後からウズマサの短冊を取る者がいた。
「――コタロー殿!」
「なになに? みんな幸せになりますように? 願わなくても、もう叶ってるじゃん」
「コタロー殿……」
 コタローの言葉に、ウズマサの胸がじーんと熱くなった。
「じゃあ、こう書き加えるといいよ。『今の幸せが、ずーっと続きますように』って!」
「おお、そりゃ、グッドアイディアじゃのぉ」
 ウズマサはコタローのアドバイス通りに願いをしたためて、すでにいっぱいになっている短冊入れの籠の中に置いた。
「書いた?」
 コタローの問いに、ウズマサは、
「うん」
 と頷いた。
「僕はね、君ぐらいの年の時には、ずっとパプワくん達と仲良しでいられるよう、願ったんだ」
「それじゃ、願いが叶ったということじゃな」
「ご名答」
「で、今は?」
「今はね……」
 ひゅおっと、風が吹き過ぎて行った。ウズマサは目を丸くした。
「コタロー殿……そんなことを考えてたんじゃな……」
「うん。だってさ――僕の願いはもう叶ったから」
 コタローは明るく笑った。昔、実の父に幽閉されたという過去は、微塵も感じさせない。
「やぁ、コタロー。ウズマサくん」
 コタローの父、マジックがやってきた。
 この人がいたいけな子供を閉じ込めたのが、信じられないほど、穏やかな笑みを浮かべている。
「山南さんも一緒ですか」
「当然! 私はマジックファンクラブの会長ですからね!」
「ははは。彼のことは気にしなくていいよ」
 ウズマサもマジックの言葉通りにすることにした。
 心戦組のみんなも、どこかにいるのだろう。ウズマサは辺りを見渡した。
「おーい。ウズマサー。サナ子ー」
 ウマ子が呼んだので、ウズマサもサナ子も、そちらに注目した。
「今からわしは、短冊を飾りつけに行ってくるからのぉ」
 そして、ウマ子は島中の願いを込めた短冊の入った籠を背負い、ひらりとイッポンタケに飛び移った。
「今年も、リキッド殿ではないんですか?」
「ああ。ウマ子がぜひとも代わってくれって。母の背中を見せたいんだそうだ」
「ウマ子はーん。がんばれー」
「ありがとう、アラシヤマ……わしの夫」
 ウマ子はピースをした。みんなが大音声を発する。口笛を吹く者やら、歓声を上げる者やら。
「じゃ、行ってくる」
 ウマ子がよじ登り始めるのを見て、リキッドが感心したように言う。
「漢だなぁ、ウマ子。性別は女かもしれんけど、立派に漢だ」
 自分の母を褒められて、ウズマサは嬉しかった。
「あ、そうだ。料理ご馳走様って、ウマ子に伝えておいてくれ」
「リキッド殿が言えば、母上殿も喜ぶけん」
「そうだな……」
 もう襲われる心配もないしな――リキッドは心密かに安堵した。アラシヤマと結婚してくれて、よかったよかった。
「なぁ、アラシヤマ。おまえの嫁は、できた嫁だよ」
 シンタローがウマ子の後ろ姿を眺めながら言う。
「当然どす。世界一の嫁はんやさかい」
「――へっ、のろけてくれちゃって」
「ちなみにシンタローはんは世界一の――……」
「眼魔砲」
 どうせ心友だとでものたまうつもりだったのだろう。シンタローの攻撃は、容赦なくアラシヤマを焼いた。
「照れなくてもええのに……」
 アラシヤマは倒れたまま上を見上げた。

「ふぅー。やっと頂上じゃな。昔はこのぐらい、平気で上り下りできたんじゃが……体がなまっとるんかのぉ」
 ウマ子が肩をゴキッと言わせた。
「いろんな願い事があるのぉ……あ、これはウズマサの字じゃな」
 ウマ子が微笑んだ。
「そうか――あの子は、今、幸せか……」
 わしも、幸せじゃ……ウマ子は嬉しくて涙が出そうになるのを、ぐっとこらえた。
「えっと、それから……どれ」
 次の短冊を手にして眺めた瞬間、どっとウマ子の目から滴が溢れ出た。
「いかん……泣けてきた……どうしてこんなにわしを感激させるんじゃ。この願い事は――……」
 とめどなく流れる涙は、拭っても拭っても拭いきれなかった。
(誰じゃか知らんが……この中に、この願い事した人がおるんじゃ……)
 そしてそれは、誰よりも島の人々のことを考えている者に違いない。
 ウマ子は地上を見下ろした。みんなは、イッポンタケのてっぺんを見上げていた。ウマ子は感謝の心で胸がいっぱいだった。

「アラシヤマ!」
「ウマ子はん!」
 イッポンタケから降りて来たウマ子が駆けつけて来たアラシヤマを、無言のまま抱き締めた。彼女はまだ泣いている。
「ウマ子はん――?」
「どうした? ウマ子」
「シンタローはん。悪いけど、わてら先に帰らせてもらいますわ」
「おう、行ってらっしゃい」
 これで厄介払いができたとばかりに、シンタローがハンカチを取り出して振った。

 その後、宴会で盛り上がっている島の住人達を後目に、パプワが尋ねた。
「コタロー。おまえはどんな願い事をしたんだ?」
「あ、パプワくん。あのね――」
 
『パプワ島の子供達が、その親達から優しさや強さを受け継いで育ちますように』

「それが、コタローの願いか」
「うん。いろんな親子を見てたら、どうしてもね。それに、いつかは僕らの子供達の時代が来るんだから」
「コタロー。おまえも大人になったよ」
 コタローがパプワの顔をじっと見つめてから、
「ありがとう!」
 ととびっきりの笑顔で答えた。

 一方、アラシヤマ達の家では――
「ウマ子はん。落ち着きましたか?」
「あ、ああ――」
「ウマ子はんが、泣くなんて――きっと嬉し涙だったんでひょ?」
 この夫は、何もかもお見通しなのだ。ウマ子がくすんと鼻を鳴らした。
「その通りじゃ。アラシヤマ」
「どうして、嬉しかったんどすか?」
「この島の子供達が、優しさや強さを親達から受け継いで欲しいと――そういう願い事を読んだんじゃ。これを書いたのは、きっと、パプワ島やここに住んでいる親子達を何よりも愛している者じゃろうなぁ」
「そうだったんどすか――」
 アラシヤマが、自分で淹れたお茶を一口飲んだ。
「飲みませんの?」
「ああ、そうじゃな」
 ウマ子もお茶を口に含む。美味しい。
「ウズマサとサナ子にも、この島の人々の優しさ強さを身につけてほしいもんどすなぁ」
「アラシヤマ……ぬしも充分優しくて強いけん……だからこそ、わしはリキッドではなく、おぬしを選んだんじゃ」
「おおきに、ウマ子はん」
 アラシヤマは、くすぐったそうに微笑する。
(この男と結ばれてよかったけん――)
 ウマ子は、自分の幸せを改めて噛み締めた。

後書き
七夕ということで、即興で書きました。
ウズマサの方言が難し過ぎるよ……。だから、いろんなところをちゃんぽんね。ウマ子の方言もわかりませんが。
コタローの短冊の部分については、ちょっとひっかかるところ。今後の課題。
2010.7.7

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