高松誕生日記念小説

 ボルボが高松達の近くにあった駐車場に止まる。
「おや、こんなところにボルボなんてねぇ」
 嫌味っぽく高松が喋った。
「……姉貴や」
 武司が唖然としながら呟いた。武司の言葉通り、一人の女の人が運転席から降りてきた。
「高松ー」
「あやめさん?!」
「元気だったー?」
「はい!」
 彼らは駆け寄って抱き締め合った。そして、互いに顔を見合わせる。あやめが言った。
「高松ー。大きくなっちゃって」
「まだあやめさんの方が背が高いですよ」
「もうすぐ追い抜くわよ」
「はい! ありがとうございます!」
「それにしても、いつ見てもいい男だわねぇ」
「あはは……」
「ったく、聞いてられんわい」
 野沢あやめの弟――野沢武司だった。
「何よぉ。妬いてんの? 武司。男の嫉妬はみっともないわよ」
「私も嫉妬深い方なんですけどね……」
「高松はいいのよ。あんたは」
「はよ離れな。ほらほら」
「あん。武司ったら」
「相変わらずシスコンなんですから……」
「何やて?!」
 武司の表情が変わる。
 二人がやり合っているのを無視して、あやめはサービスとジャン、そしてもう一人の士官学校生の方に向き直る。
「お久しぶりね。サービス、ジャン。えーと、そちらは……」
「ビリー・ピルグリム」
 ビリーはぼそっと答えた。
「ビリー君ね。宜しく」
「……どうも」
「あやめさーん。これから食事に行きませんか?」
「食事ね。オッケー」
「わいの話を聞け!」
 武司は怒っていたが、そんなことに耳を貸す二人ではなかった。
「ねぇ、どこ行く?」
「『大和撫子』なんて、どうですか?」
「……『大和撫子』は、止めた方がいいと思う」
 ビリーは小さな声で言った。
「どうして?」
「いいじゃありませんか。他にも店はあるんですから。美味しい海鮮料理を食べさせてくれる店がありますよ」
「ほんと? じゃあそこでいいわ!」
「……単純」
 ビリーの台詞はしかし、あやめには届いていなかった。
「俺達も行きたいな」
 ジャンが言う。
「だめだめ。デートなんですから」
「お前、お金持ってたか?」
 サービスが訊く。
「少しは貯えがありますよ」
「いいのよ。私が出すから。これでも社会人なのよ」
「でも、女性に払わせるなんて……」
「いいからいいから。学生は勉強の為にお金使いなさい」
「ええー。マジかよ」
「こいつが勉強に金使ったことなんて見たことないな」
 ジャンとサービスの言葉に、ビリーは頷いた。
「ほんと、しっつれいな方々ですね」
 高松は怒っているふりをする。彼らのじゃれ合いのひとつだ。
「高松、連れてって下さる?」
 と、あやめ。
「車はどうします?」
「あそこに置かせてもらうわ」 
「わかりました、あやめさん。じゃあ、さよなら。女に縁のない方々」
「どういう意味や、それ」
 武司には答えずに、高松があやめと腕を組んだ。

 緩くカーブした茶色の長い髪、茶色の目。日本人離れした顔。あやめを見た人は、みんな振り返る。口笛を吹く奴もいる。
(私のあやめさんはここにいる他のどんな女性より美人ですよね!)
 高松はそう自慢したかったが、やめにした。
「ここです」
 店の名前は『シー・アイランド』。だが、名前に似合わず、落ち着いた店内である。少し薄暗い。
「何がいいですか」
「そうねぇ……」
 あやめの形の良い指がメニューをめくる。
「私、カジキマグロのソテーっての、食べたいわ」
「……本当は、お寿司を食べさせてあげたかったんですけどねぇ」
「あら。高松もお寿司好きなの? 私もよ」
「でも、ここにはあまりいい寿司屋ありませんからね」
「春休みに日本に来なさいよ。いいとこ紹介してあげるから」
 そう言って、あやめはウィンクした。
「ありがとうございます。でも、高いところはねぇ……」
「私が奢ってあげる」
「でも、あやめさんに散財させるわけには」
「だから、私は社会人よ。少しは頼りなさい、ね」
「はぁ……」
 高松は情けなくなっていった。
 恋人にご飯を奢ってあげることもできないとは……。あやめが楽しそうなのが何よりの救いだが。
「メニューの方は、お決まりでしょうか」
 ウェイターがうやうやしく彼らに尋ねた。
「私、カジキマグロのソテーね。高松は?」
「……おまかせでいいです」
「かしこまりました」
 ウェイターが厨房へと注文を伝えに行く。
 品のよい絵。趣味のいい音楽。
 やっぱりここにして良かったと高松は思った。
 ――運ばれてきた料理も美味しかった。
「ねぇ。高松。あんたの誕生日はいつ?」
「は……三月十二日ですが」
「じゃあ、その誕生日にもデートしましょ」
「でも……」
「遠慮しなくていいの。私はお金使いたくてたまらないんだから。武司に対してもね」
 武司……。
(私の今の恋敵ですね)
 野沢武司。どうしてくれようかと高松は思った。彼も武司と同じくらい、或いはそれ以上に焼き餅やきなのであった。
「わたしもあやめさんの弟だったら良かったですねぇ」
「でも、そしたらこんな風に恋人としてつきあうことできないのよ」
 あやめはにっこり笑った。
「それは困りますねぇ」
 やっぱり、今のままで良いのだと高松も納得した。それでもやはり、武司は彼にとってライバルなのであった。

後書き
これ、ほんとは12日にアップする予定でした。
でも、あのたいへーよーおきぢしん(今は東日本大地震になってますが)が起きてしまって……!
被災者の方々の生活が、一日も早く安定しますように(盛岡も被災しましたが、二日間ぐらいの停電と一日ぐらいの断水で済みました)。

2011.3.16


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