高松の春の日

「どうしてですか? ルーザー様」
「それはもう何度も言っているだろう?」
 悲しそうな高松を、ルーザーは優しく諭す。
 高松は、ルーザーの人柄に触れ、私淑するようになった。昔は苦手だったが。
「士官学校に行きなさい。高松くん」
「どうして、すぐに助手にはしてくださらないのですか」
「君には学ぶべきことがたくさんある」
「人殺しの技術を学べというのですか」
「それだけではない。君には、学校生活というものをもっと味わって欲しかったのだ」
 ルーザーは哀しそうに眉を寄せた。
「僕だって、君を助手にしたいのは山々さ。だけど……君、友達どのぐらいいる?」
「ハーレムと……サービスです」
「それだけじゃだめなんだよ。君は、勉強して、人間の友達を作らなければ」
 ルーザーは真剣だった。
 そんなルーザーはいつにも増して迫力があって美しく、高松は息を飲んだ。
「さあ。高松くん。僕の言う通りにするんだ」
「……わかりました」
「よし! 研究所では教えないことを、たくさん学習しておくれ」
 ルーザーは天使のような笑みを浮かべた。

 士官学校に行ったことは結果的には正解だった。
 生涯の友人もできた。ジャンという名だ。
 この時は、まだ一生の腐れ縁になるとは思いもよらなかったが。
 二人は廊下で話していた。
「なぁ、高松。俺、この学校に来てよかったよ。サービスやおまえと会えたしな」
「特に、サービスと会えたことが嬉しいんでしょう? あなたは」
 高松はにやにやと笑う。
「ばれたか」
 ジャンが面映ゆそうに言う。
「仕方ありませんねぇ、あなた方は」
 高松はふーっと息を大きく吐いた。
「それに、ハーレムとも会えたし。もうここにはいないけど」
「そうですね。彼、面白かったですしね、見てると」
「まぁな」
「あなたも面白いですよ、ジャン」
「俺がー?」
 高松は苦笑した。本人にその自覚はないらしい。
 けれども……ジャンはいつも高松の笑いのツボに入るのだ。
 この学生生活も悪くない。その先に、ルーザーの助手という道が待っているのだと思うと、ますます悪くない。
(まぁ、厄介払いでもないでしょうしね)
 高松は、自分がルーザーに或る程度実力を認められていることを知っている。
 そして、自分がどんなにルーザーに及ばないかも知っている。
「ルーザー様の言う通りでしたね」
 小声でそっと呟く。
「何か言ったか?」
 と、ジャン。
「何でもありませんよ」
 高松は笑った。
「そうだ。今日は外でご飯食べません?」
「そうだな。せっかく賄いのおばさんが弁当持たせてくれたんだからな」
「何の話だい?」
 サービスが顔を現した。
「弁当外で食べようって話」
「それから、サービス。おまえに会えてよかったという話」
「弁当と、ジャンが僕と出会えたことに、何か関係があるのかい?」
「何も」
 高松が答えた。
「いいじゃないか。会話ってそういうもんだろ?」
「最初から聞いてたら、面白かったかもな」
 サービスがくすくすと笑った。
「会話なんて、繋がりがわからないもんです」
 高松の台詞に、
「正にその通り」
 と、ジャンの合いの手が入る。
「君達、妙に仲が良いけど、もしかしてそういう関係?」
 サービスがからかった。
「ま、まさか……!」
「私にはあやめさんがいるんですよ!」
「俺だってサービス、おまえの方が……!」
「冗談冗談」
 サービスは全開で笑った。
 確かに美少年ですね、サービスは――と、高松はこっそり思った。
 青の一族の血を引き、何につけても優秀である。
(まぁ、ルーザー様には敵いませんけどね)
 それと、マジックにも。
 悔しいが、マジックにはルーザーも敵わないことを認めないわけにはいかなかった。
 しかも、彼は弟達には甘い。
 マジックのデータを収集している高松だが、その度に、マジックの計算高さと力に感嘆しないわけにはいかなかった。
 百人に一人、いや、一万人に一人の逸材である。マジックは。
 高松はいつか、ルーザーの右腕になって、マジックを出し抜こうと思う。ただ、それがわかったら即座に消されてしまうだろうが。
 高松は高松なりに、マジックを恐れているのだ。
 今はまだいい。ルーザーは兄であるマジックを敬愛しているのだから。
 ただ、将来のことが心配だ。
 ルーザーとマジックが敵対すると……ルーザーは殺されてしまうかもしれない。マジックは血も涙もない男だから。そしたら、自分も後追い自殺をしようと、高松は決めている。
 だが、未来は未来のことだ。今は、この生活を存分に満喫したい。
(サービス……ジャン……あなた方がいなければ、私の学生生活はずいぶん味気ないものになっていたでしょうね)
 でも、高松はそれを言葉にしない。
 ハーレムとは違うクラスだったがそれなりに仲は良かった。ジャン達程には頻繁に遊ぶことはなかったが。もうハーレムはこの学校を辞めていたが、友達はできたらしい。
「おお、うまそう!」
 ジャンが早速弁当の蓋を開けた。
「エビフライだー」
 ジャンは無邪気に喜んで箸でエビフライを掴む。
(人がシリアスに浸っている時に……)
 だが、そんなジャンが好きだ。彼がそんな性格で良かったと思っている。
「エビフライ、好きですか?」
「うん、大好き!」
「じゃああげますよ」
「ほんと?!」
「高松……僕もエビフライは嫌いではないんだが」
「素直に下さいと言いなさい」
「――下さい」
「わかりましたよ。はい」
「ありがとう」
 ある春の日のことであった。

後書き
ルーザーと高松の押し問答を書きたかったのですが、結果的に高松の日常になってしまいましたね。
まぁ、それでもいいかと思いますが。
しかし、後追い自殺なんて……どこまで思いつめているんでしょうね、高松。
2011.4.15

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