高松の考察、ジャンの困惑 「ジャン! 愛してますよぉっ!」 タオルを肩にひっかけたままのジャンが、シャワー室から出たとき、高松にいきなり抱きつかれた。 ジャンは面食らって、「わっ」と叫び、バランスを崩しそうになったが、高松は酔っているわけではなさそうだった。 「なっ、なんなんだよ。高松」 「ふっふっふっ」 高松はチェシャ猫のようににやにや笑っている。 「今日の対サービス戦ね、私あなたに賭けてたんですよ」 「――それで?」 「もう、察しの悪い人ですねぇ。儲けさせていただきましたよ。たっぷりと。相手がサービスということもあって、倍率も低くなかったし。でもね、私は最初から、あなたが安全牌だということに気付いてましたよ」 「まさか」 「いやぁ。よくやりましたよ。あなたは」 「運が良かっただけだよ」 「運も実力のうち、と言いますよ」 「ああ、だが、あいつは強い」 ジャンは自分の拳に目を落とした。 「サービスのことですか?」 ジャンは黙って頷いた。途中まで、己と引き分けていた。尤も、ジャンは手加減していたのだが、その他の選手は、彼に敵うことなく負けてしまった。ここまで自分と渡り合った相手は、サービスが初めてであった。 「通してくれないか。二人とも。そんなところで抱き合ってないで」 背後から声がした。サービスが腕を組んで立っている。 声には軽蔑の響きがこもっていた。表情からも同じ調子が伺われる。高松はジャンの肩に回していた腕をといた。 「何してるんだ。こんなところで」 サービスは再び口を開いた。 「何してるって、感謝の気持ちをこめてハグしていただけですよ」 「そうかい。僕はてっきり君達二人が人目も憚らず破廉恥なことをしだしたのかと思ったよ」 「随分な言い草ですねぇ」 「高松。よくも人の対戦を賭けのネタにしたな」 「おや。聞いてたんですか」 「教官に言いつけるぞ」 「それは止めてください。僅かな額で細々と暮らしているんですよ。あなたは私の楽しみと利殖の道を奪う気ですか」 ガンマ団士官学校では、奨学金制度が適応されている。もちろん、高松にも支給されている。渡された金額は、ガンマ団に入った後、給料から少しずつ返していけばいい。 「自業自得だ。同じような環境で過ごしている人はたくさんいるんだ。金が欲しいなら、人から巻き上げるようなことをせず、他の方法を探すがいい」 「おやおや。巻き上げるとは失敬な。参加する人はみんな納得ずくですよ。損したって恨みっこなし。少ない元手を増やすには、それ相応のリスクを覚悟しなければなりませんからね。生活かかっているんですよ。我々は。黙ってても金が湧いて出てくるどこかの御曹司とは違ってね」 高松はにやにや笑いを止めず、とうとうと述べ立てる。 「高松!」 「まぁまぁ、サービス。高松も、いい加減にしとけよ、な」 ジャンが間に入って執り成す。 「ジャン」 サービスは鋭く言う。蒼い眼が光る。ジャンはぎくりとした。 「次は負けないからな」 サービスは、わざわざ肩でぶつかるように、二人の間を割って通り過ぎた。 「ありゃ、かなり気が立ってますねぇ」 「おまえが挑発したからじゃないのか」 「それもあるかもしれませんがね、彼は最初っから喧嘩腰でしたよ」 高松はサービスの消えていった方に顎をしゃくる。 「どうも、あなたが絡むと、人が変わったようになりますねぇ、彼は」 「俺が絡むと? 何故?」 「ちょっとこっち来てください。サービスはね、ああ見えて負けず嫌いなんですよ」 「ああ。なんとなく、そんな感じがする」 「彼は、あなたのことをライバルだと思ってますよ」 「うーん……」 サービスが、自分に対抗意識を持っていることを、ジャンは以前から感じていた。 しかし、では、高松のことはどう思っているのだろう。 「じゃあ、高松は? おまえとサービスはライバルではないの?」 「ああ。違いますよ」 高松はあっさり言った。 「私ははっきりいって天才ですからね。最初から勝負にはならないんですよ。学問の方では。サービスもそれはわかっていて、私の能力は認めてくれています。それに、反対に私は、武術の方では、張り合おうなんて気は全く起きませんし」 「はあ」 「張り合おうなどという気を起こすのは、同程度の実力の持ち主に対してです。わかりますか?」 「わ――わかる」 「サービスはあなたを自分につっかう力の相手とみなしています。まだね」 高松は、そこで一旦言葉を切った。 「でも、私の見るところでは、あなたはサービスより数段強い」 ジャンは目を瞠って、高松の顔を見つめた。高松は構わずに続ける。 「まぁ、ちょっとした身のこなしとか、技を繰り出すタイミングとか、よほど注意して深く見ていないと、殆どわからないですけどね。――あなた、最初は力抜いてたでしょ」 ジャンは恐ろしいものを見るかのように、高松を見つめた。勘づかれている。 「そんなこと、ないよ」 「気がついたのは、つい最近ですけどね。やるじゃありませんか。あなた。サービスばかりでなく、この私の目まで欺くとは」 「そんな――」 「ま、そういうことにしておきましょう。あなたの最後の一撃。あれね、サービスでさえもなす術がありませんでしたね。何のアクシデントもなかったところにしたって、せいぜい避けるのが精一杯だったと思います。あなたが本気になったら、相手殺しちゃいますよ。あなた、自分の実力を隠していましたね。とにかく、これからもあなたに賭けることにします。よろしくお願いしますよ。ジャン」 高松がとんとんと肘でジャンの肩を突付く。 「か――買い被りだって」 ジャンは覚えたての言葉を使った。 「おい」 たまたま通りかかったハーレムが言った。もう汗を流したところだろうか。 「おまえら、何そこでくっちゃべってんだよ。邪魔だ」 「すみませんねぇ。私はもう行きますよ。ジャン。では、また」 高松は去り、ハーレムもどこかへ消えて行った。 (見破られている) ジャンは心の中で呟き、額の汗を拭う。心臓に悪い奴だ、と思う。 ジャンは確かに皆に不審を抱かれないように、実力を隠していた。赤の秘石の番人として作られた彼は、力では、団の精鋭にもひけを取らないであろう。 ハーレムに、街の不良どもから怪我をさせたことは、この短い学校生活の中で、唯一の汚点であった。そのときは、怒りで力のコントロールがうまく出来なかった。 サービスを強いと言ったのは、嘘ではなかった。今はまだ負ける相手ではないが、将来、修行を積んだら、ますます強くなるだろう。 生まれたときから成人型である自分には、もはやこれ以上飛躍的に力を増すことはないが、サービスはまだ十五だ。これからどんどん成長するだろう。 今回だって、様子を見るだけに留めておくつもりだったのに、サービスが、ジャンの本当の力を引き出したのだ。 (あ、そういえば) この拳で、サービスの頬を殴った。それが止めの一撃となった。当てるつもりはなく、何気なく繰り出した拳だが、だいぶ弾みがついていたらしい。 試合中、サービスがジャンの懐に飛び込もうとしたとき、サービスの足元がふらついたように見えた。暑さにやられていたのかもしれない。だから、多分、よけきれなかったのだろう。 高松も言っていた。避けるのに精一杯で、と。つまり、あの攻撃は、サービスが避けることもできたかもしれない、ということも、わかっていたようにもとれる。 手がじんじんと痛む。さっきはあまり目立たなかったが、ジャンの打った箇所は、少し赤く腫れていた。 サービスの頬は、今頃もっと腫れているに違いない。 (大丈夫かな。頬骨が折れてなきゃいいけど) ジャンは急いで保健室に向かった。 後書き ジャンの視点から書いたので、『士官学校物語・夏』の番外編です。 ジャンは、本当の実力を隠している、という設定なんですが……『士官学校物語・春 第十三話』で、「訓練以外で格闘するのは初めてなので、力の加減がきかなかった」という意味の文章があったので、そんなことで、緻密に計算(?)しているジャンが本当の力を出すだろうかと思って、ちょっと書き直しました(十三話の方を)。 ジャンの強さって、高松にすら、今まで謎だったんですねー……でも結局見破られてるし(笑) サービスも、ジャンと対等な力関係になる日は、いつでしょうか。 なお、ジャンのノーコンと味音痴は、天性のものです。多分。 |