将来の約束

「あ・や・め・さん」
 高松が両手であやめの視界を遮った。
「わっ! ――なぁんだぁ、高松じゃないの。おいたはしないのよ」
 あやめさんがぺち、と高松の手の甲を叩いた。
「会いたかったわ、高松」
「私もです。あやめさん」
「ええ、こほん」
 あやめの弟――野沢武司がわざとらしく咳払いをした。
「高松ったら、あやめさんしか目に入らなくなったみたいで――……僕達もいるんだけどな」
「いいんじゃねぇの? 仲が良くって」
 サービスとジャンが言った。
「おい、姉貴。こんな変態相手することないで」
「変態とは何ですか、変態とは」
 高松は武司に食ってかかる。が、諦めた。
「まぁ、よしましょう。あなたは未来の義弟でもあることですし」
「誰が義弟だよ、誰が」
「喧嘩はよしなさいよ。武司」
 あやめの顔が険しくなった。
「ま、姉貴がそう言うなら」
 武司は肩を竦めて引き下がった。
「さすがあやめさん」
「うふふ」
 高松の台詞に、あやめはいたずらっぽく笑った。そうすると、彼女は妖艶に見える。
 高松はそんな彼女に見惚れた。
「あーあ。二人の世界だな、こりゃ」
「全く。ルーザー兄さんはどうしたんだよ」
 ジャンは楽しそうに、サービスは呆れたように言った。
「もちろん、ルーザー様も大事ですよ」
 高松はサービスに向き直った。
「あら、聞き捨てならないわね。ルーザー様って誰だっけ? 聞いたこともあるような気もするけど」
「このサービスの兄ですよ。まぁ、この弟と違って普段は温和な方ですけどね」
「高松……どういう意味だ」
 サービスは、はぁっと自分の拳に息を吹きかけた。殴る準備をしているのだ。
「ね。サービスって怖いでしょう」
「そう? 可愛いじゃない」
「――私のことは?」
「高松は別格よぉ。愛してるわ」
「ありがとうございます。あやめさん」
 高松の頬が赤くなった。結構初心なのである。何せ、女の人でつき合ったことのある人は、野沢あやめ一人であるのだから。
「わいは高松のこと、義兄なんて認めんで。こんな変態」
「武司~。変態って何~?」
 ジャンがえへらえへらと笑いながら訊く。
「あなた達のように変な人のこと言うんですよ。ジャン」
「そっかー」
 ジャンははっはっはーと豪快に笑う。
「アホか……」
 サービスがまたも呆れかえる。
「変態に変な人と言われちゃ世話ないで」
 武司は腰に手をやった。
「武司。それ以上高松のこと悪く言うと許さないわよ」
「――へーい」
 武司もこの姉には弱い。今度もまた大人しく引き下がった。
「ドライブ行きましょうよ。高松」
「ドライブ?!」
 高松が目を輝かせた。
「あ、でも、外泊届出さなくてはいけませんね」
「外泊届~?」
 武司が目を剥いた。
「あ、それは俺が出して来ておいてやるよ」
「悪いですねぇ。ジャン」
「いえいえ」
 ジャンは笑顔で答えた。
「外泊届なんて、無理よぉ。高松、まだ学生でしょ。学生らしく真面目にしていなきゃ。残念だけど日帰りね」
「そんなぁ、あやめさん~」
 あやめの注意に、高松は残念そうな声を出す。
「さっすがわいの姉貴や。けじめはちゃんとつけなきゃな」
 武司はうんうんと頷いた。
「じゃ、行きましょ」
 車は、あやめの愛車、ボルボである。
「行ってらっしゃーい!」
 乗り込もうとした高松に、ジャンが手を振る。
「ま、高松がノーマルだとわかっただけでも、あやめさんの功績は大きいな」
 サービスは安心したように、ふっと息を吐いた。
「ふん……今回は貸しやで。高松」
 二人が乗ったボルボは学校の門をくぐった。
「いい景色ですね」
「そうね。私もあんまりこの辺来たことないけど、今回は何日かいるつもりだから」
 いい景色――あやめと一緒にいるとますますいい景色に思える。あまりにも照れくさくて、高松は黙ったままだったが。
 いざ二人きりになるとさっき以上にどきどきする。
 武司達辺りがいると、心安だてに外泊届のことなんかもすらすら言えるのだが。
 だから――いつもあやめに会話のリードをしてもらえると楽なのである。
「ジャンくんとサービスくん、いい友達ね」
「そうですかぁ?」
 わざと思いっきり嫌そうな声を出すと、あやめはくすくすと笑う。
「私もあんな友達が欲しかったな」
「――私じゃ駄目ですか?」
 高松が思い切って訊いてみる。
「あーら、駄目よぉ。高松は」
 そうか――私では駄目なのか。落ち込んだ高松に、あやめは、
「だって、高松は私の恋人だもの」
 と言った。
 恋人?! 友達よりも美味しい役どころではありませんか?!
 高松が嬉しそうに顔を上げた。
「あやめさんも、そう思ってくれますか?」
「もちろん」
「では――では、私がもう少し大人になったら――」
「なったら?」
「私と一泊旅行、つき合ってもらえますか?」
 そう言った高松の胸は高鳴っている。あやめは少し恥ずかしそうに、いいわよ、と答えた。
 木々のアーチを彼らの車は行く。二人は将来の幸福な夢に浸った。

2011.11.6

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