スカウトマンT

 F国――。
 独裁者の支配する、軍事国家である。
 だが、軍事力という点では、いまいちであった。
 そこで、軍部は角突き合わせて、どうしようかと相談する。
 核や新兵器を求めようとすると、何かと国際世論がうるさい。費用もかかる。
 そこで議題にのぼったのが、特殊能力を持つ人間達の話だ。なまじな兵器より、よほど破壊力を持っているという。その能力を持つ人間達が、特に集まっているところがあるらしい。
 それは――ガンマ団特戦部隊。
 F国側は、そこから隊員をひきぬいてようというのだ。できるだけ、自国に有利な条件で。
 その交渉人として白羽の矢が立ったのが、スカウトマンT、という人物である。
「う~、しばれる~」
 カーキ色のトレンチコートを羽織ったTが、寒さに震えて肩を抱く。
 軍人のスカウトは初めてである。今までは、美少女アイドルのスカウトが主だったからだ。まるで専門外なのに、どうして自分がそんな役目をおおせつかうことになっちゃったんだろう、と思う。
「まさか、みめかたちで選ぶわけにもいかんし……って、当たり前だ!」
 友達がいないせいで、すっかり独り言がくせになってしまったTは、自分のボケに虚しくツッコミを入れる。周りの温度が今までより寒くなったように思えた。
「…へっくしょい!!」

「ここがガンマ団か――」
 銃の作りつけられてある鉄色の要塞が、天にも届けとばかりに伸びている。
「立派な建物だねぇ。悪いことして得た金は、使いやすいんかな」
 Tは口さがない。
 さっそく中に入り、受付に自分の用件を告げる。
「本日、特戦部隊の隊員のインタビューに来た、ワールドワイドジャーナルの者ですが――」
 嘘八百のデタラメを言っている上に、言葉までよそ行きになっている。
「ああ。どうぞどうぞ。お待ちしておりました。隊員の方々には、話を通しておきました。それで、隊長の方には、くれぐれも内密に、ということでしたが――」
「ああ、実は私の友人が、閉口しておりましてね――呼んでもいないのにわざわざしゃしゃり出て、訊いてもいないことまでべらべら話すと言って。今回の取材の趣旨は、特戦部隊の隊員達の談話を収録することで、隊長の話をご静聴しに参ったわけではないんですよ」
 それを聞いて、受付がくすっと笑った。
「ではどうぞ。隊員達はD-25にいますよ」

「で? なんだ? 俺の話が聞きたいって?」
 裾の跳ねた亜麻色の髪に、ラベンダー色の瞳、垂れた目、口元に張り付いたにやにや笑い――イタリアから来た、『羅刹風のロッド』と呼ばれる男と、Tは、向かい合っていた。
 Tの要望で、インタビューは一人ずつ、ということになったのだ。
「今日は、あなた方の心のうちを、忌憚なくお聞かせ願えれば――」
「お、忌憚なく、と来たね。いいよ。どんどん、何でも好きなこと訊いてくれや。ご要望とありゃ、アノことまで教えてやっからよ」
 そう言って、ロッドはゲラゲラと笑った。
 インタビューは順調に進んだ。仕事のこと、戦場のこと、初めて武勲を立てた日のこと、ちょっとここでは言えないようなことまで――。
 話が隊長のことに来たとき、ロッドは一瞬だけまじめな顔になった。
「ああ、うちの隊長な――」
 それから表情が一転して、愉快そうな笑みに変わった。
「知ってるか? あのおっさん、現ナマ集めが趣味だって噂。ありゃ本当なのよ。俺達のボーナス査定しか楽しみのない人だしさぁ。部下の給料、ピンハネしてんのよ。だいたい、あの人、人間じゃねぇし。じゃあ、なんだって言ったら、宇宙人よ、地球外生命隊長よ。普通の人間はあんな髪型してねぇって。とってもかわいそうなのよ。俺達。人間じゃない隊長の下で、まいんち働かされてさぁ――」
 ロッドの切れ目のないお喋りを、メモを取るふりをしながら聞き、Tは計算を頭の中で巡らせた。
(この男は、あの話を出せば、案外簡単に食いつくかもしれないな――)
「失礼ですが、年俸はどれぐらいで?」
「年俸? 年俸ってなんだっけ? そんなもん、ここ何年も支払われていないから、すっかり忘れてしまったなぁ」
「ご冗談を」
「うん。まぁ、冗談さ。しかし、この金額じゃあ、払われてないも同然さ。驚くほど安い給料でこき使われてんのよ。俺」
 ロッドが金額を言った。
 その額と言ったら、Tでさえ、思わず絶句するような…。
「まさか、それが年俸? 月給の間違いでは?」
「だから、これが年俸なんだって。同情してくれるかい? ここんところ、大いに書き立ててくれよ。もちろん、俺がそう言ったってことは伏せて」
 正直言って驚いた。天下に名の知られた特戦部隊の隊員。ロッド自身だって風の特殊能力の持ち主として有名である。もっと高給取りかと思っていたのに――。
 F国だったら、もっと出せる。
 勝算は、ますます高くなった。Tの見るところ、この男は、とりたててポリシーといったもののない、仕事より自分の快楽の方を大切にする、享楽的な男だった。
「こんなことを訊くのはあれなんですが――」
「なんだ、改まって。あれって、もしかして、アレのことかぁ?」
 そう言って、ロッドはまたゲラゲラと笑った。Tはいい加減、この下品なイタリア男が嫌になってきたが、仕事のうちと我慢した。
「もし、もしですよ――ここより、もっと給料の高い、そして、待遇もいいところから、声がかかったらあなた、どうします?」
 そう、言った途端だった。
 不意に、ロッドの目の光が強まった。
 傍目には、何の変わりもない。ただ、Tは、この時自分が、言ってはならないことを言ったことを感じた。
 眉がほんの少し吊り上がり、白目の部分が増える。ただそれだけで、Tには、ロッドがさっきまでの陽気な冗談好きの軽い男の仮面を取り去ったように思えた。相手を切りつけてくるような、凄みのある迫力。目の前にいるのが、人ではなく、ものであるというような目つき――。Tは、戦場でのロッドの姿を垣間見た気がした。
「それはいいな。もう、あの隊長の怒鳴り声を聞かずにすむってわけだ。でも、そんな奇特なとこなんて、どこにあるんだろうな。なぁ、アンタ、知ってるかい? 知ってたら教えてくれよ。俺は札ビラ切って、両手に花という生活ができない今の環境にゃ、ほとほとうんざりしてんだよ――」
 Tに有利な発言をしてくれているにも関わらず、Tはただただ固まって脂汗を流すしかなかった。


「私に話とは?」
 黒髪、黒い目、白皙の狐顔のチャイニーズ――マーカーは、長い脚を組んで手を組み合わせ、悠然と座っていた。
 何となく、初めから油断のならない男、という感じがした。
 とりあえず、相手の反応を見るために、当り障りのないところから始めた。インタビューが進み、同僚のことを聞いたとき、マーカーはにべもなく答えた。
「付き合うに値しない連中だ」
 隊長のことについては、
「獅子舞だ」
 としか答えなかった。
「ここで働いている理由はなんですか?」
「私の能力を、最大限に発揮できるからだ」
 打てば響く、というか、いささか答えの返ってくるのが早すぎる気がした。終わりまで言うか言わないかのうちに、返されるのである。
(会話の適当なリズムというのを、知らんのか。この男は――)
 だが、Tはこの男も脈ありと見た。この男と上司や同僚との関係は、きわめてビジネスライクなものらしい。とすると、その方面から攻めていけば、なんとかなるかもしれない。
 Tは、さっきロッドにしたのと同じ、『もし、ここより条件のいいところがあったなら』という質問をした。
「おもしろいな。それは」
 言葉とは裏腹に、マーカーは大しておもしろくもなさそうに答えた。
「だが、そこに移っていった後、もっといいところが見つかれば、そっちに行かんとも限らないぞ」
「う……」
 そこまでは考えていなかった。確かにこの男の場合、そうしないという保障はない。忠義心に頼ることもできないだろう。
 F国の軍部が、この男を使いこなせるとは思えない。
(もっと、御しやすい男を選んだ方がいいのではないか――)
 だが、何かがひっかかった。話によると、この男はだいぶ長くここにいるらしい。ここよりも良さそうなところは、他にも色々とあるだろう。むしろ、彼は、そういった方々の組織を回る、一匹狼タイプだと睨んでいたのだが――。
 去り際に、Tはマーカーに声をかけた。振り向いて、「なんだ?」と訊くマーカーに、Tはこう尋ねた。
「マーカーさん、あなたどうして――いえ、あなたがここにいる理由というのは、なんですか?」
「その質問には、さっき答えたはずだが」
「いえ、私が聞きたいのは、そういうことではないのです。こう訊きましょう。ここでなければならぬ理由は何ですか?」
 マーカーは珍しく考えるそぶりをし、それから、フン、と鼻を鳴らした。
「さあな」

「…………」
「…………」
 Tはさっきから、大柄なドイツ人Gと向かい合っていた。Gと向かい合っていると、さしものスカウトマンも、思わず沈黙してしまう。黒い強い髪、太い眉、剣呑な光を湛える黒い瞳。がっしりとした顎の、紛うかたなき男性形の顔をしたその男は、言うなれば熊に似ていた。体格も、その顔に見合って、立派なものだった。制服の皮ジャンの襟の間から覗く、広い胸板。ただ座っているだけで、人を圧しつけるような力を醸し出す存在。彼は無口なようだが、普段は殊更喋りたいこともないのであろう。ただ黙っているだけなのに、その迫力で、誰よりも周囲の目をひき、その迫力のゆえに、誰もが目をそらしてしまう、そんな男。
 だが、Tは、彼に語りかけぬわけにはいかなかった。
「あの……Gさん?」
「…………」
「Gさん、という言い方はおかしいですね。何とお呼びすればよろしいでしょう」
「……何とでも、好きなように」
 滑らかなお喋りに慣れているTにとっては、じりじりするような時間が続いた。Tが発する質問に、しばらく経ってからGがぽつりと答える、そんな応答が続いた。
 話が隊長のことに及んだ時、Gは、今までにないぐらい、長考した。
 時計の秒針が、妙に大きな音を立てて、かちん、かちんと時を刻む。Gは、口を開きかけ、それから、ゆっくり首を振る、という動作を、何度かした。Tは次第に落ち着かなくなった。
(いいから、はよ話せ)
 新しく別の質問をしよう、と思った時、Gはふっと顔を上げた。
「コーヒーは、いるか?」
 なんでこんな時にコーヒーなのか、とTは思ったが、
「いただきます」
と答えてしまった。この男は滅多に喋らない代わり、一旦口を開いたら、言うことを人にきかせずにおれないようなところがある。
 Tが少々疲れていて、コーヒーが好きで、喉が渇いていた、というのも事実だが。
 カップにコーヒーを注ぎ、トレイに載せて、Gが戻ってきた。
 豊穣な苦味を含んだ香りのコーヒー。砂糖やミルクを入れて飲む習慣は、二人にはなかったので、そのまま喉に流し込んだ。人を包み込んで、ほっと一息つかせるような味。丁寧に豆から挽いて煎れたものらしい。
 コーヒーと煙草、という組み合わせは、いかにも、この男にぴったりのような気がする。不意に、美味しいコーヒーを飲ませるが、無口なマスターとして、珈琲店のカウンターに座っているGという図を思い浮かべてしまった。
 Tが思わずコーヒーの旨さに感嘆していると、Gが重い口を開き始めた。
「少し、長くなるが、いいか?」
 Tが頷く。
「――私は、ここでは一番の古株だ。だから、隊長に対して抱いている感情というのは、他の者と違うだろう。私にとって隊長は――守らねばならぬものだ。いや、隊長自身は充分強いし、私が守る必要はないのかもしれん。だが、隊長と、私の間の信頼関係――それは命に代えても守りたいと思っている。私にとってそれだけが――たったひとつの真実だ。それさえも失ってしまったら、私はこの世の中で、何を信じて生きていったらいいのか、わからぬ。――やっと言葉にできた。それが、私の言いたかったことだ」
「…………」
 今度は、Tが言葉を失う番だった。咄嗟には、何と答えたらいいのかわからなかった。
 ただ、この男は、絶対にここを離れないだろうということはわかった。この、忠義心の塊のような男は、よっぽどのことがなければ、特戦部隊、というより、ハーレム隊長の下を離れていかないだろう。たとえ、よっぽどのことがあったとしても――。

「へぇ、俺の言ったことが、雑誌に載るの?」
 そう言って金色と黒のに染め分けた髪の、まだ二十半ばにもなっていないだろう青年が嬉しそうにソファに腰掛けた。見るからに、アメリカの不良青年――だが、純朴なところも残している。
 Tは、心底ほっとしていた。
(なんだ、まともな者もいるではないか)
 陽気でお祭り好きな仮面の下に、何やら得体の知れないものを隠しているロッドや、取り付くしまのないほど素っ気無いマーカーや、己の情の深さに、押しつぶされそうになっているGとも違う、きわめてわかりやすい、素直な人間に出会えたことが、Tは嬉しかった。
 そんな嬉しさが、相手にも伝わったのか、ここではインタビューは和気あいあいと進んだ。
「俺がジジイになったらやりたいことはね、ディズニーランドみたいな、でっかいテーマパークを作ることさ」
「ほほう?」
 Tは首をひねった。殺し屋の一味がテーマパークを作ることが夢だなんて、そぐわない感じがしたのだ。
「俺、ディズニー大好きなんだぜ。グッズのコレクションもあるんだぜ。今度、そいつを見せてやるよ。アンタ話わかるからさ。俺が好きなのはやっぱりミッキー、いや、それより、チップとデールかな。ドナルドはあんまり好きでないんだ。あれは隊長に似てるから」
 ディズニーマニアの殺し屋か。Tは心の中で苦笑した。
 だが、そんなものかもしれない。普段殺伐とした環境に身を置いているからこそ、そういうものに、心惹かれるのかもしれない。
(それにしても、ディズニーとはね!)
「でも、同僚のやつら、馬鹿にするんだぜ。俺のこと、ディズニーオタクだの、坊やだのって」
「そんなに嫌なら、辞めればいいじゃないですか。こんなとこ」
 Tも、つい気安く言ってしまった。
「あ、でも、ダメだ。俺、ここしかいるとこねえもん」
「どうして? 君の力があれば、引く手数多だろうに」
「どこにいたっておんなじだよ。俺、できることと言ったら、この仕事しかねぇからさ」
 リキッドはふっと遠い目をした。
「俺は、ケンカしか能がねぇからよ」
「ケンカと殺しとは、違うんじゃないですか?」
「傍で言うほど、違わねぇよ」
 そして、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、こう付け加えた。――一人やっちまや、後はおんなじなんだ。
 もちろん、それは、Tの空耳であったかもしれぬ。
「まぁ、俺にとっては、この仕事は天職なんだ。じいさんになる前に殺されたって、文句は言えねぇよ」
「だけど、さっきは長生きして巨大なテーマパーク作るのが夢だって、おっしゃったじゃないですか」
「そんなもの――所詮、夢は夢さ。それに、たちの悪いジョークだと思わねぇか? 人殺しで得た金で、子供たちに夢与えるなんてよ」
 ああ、この男は若いのに、なんて諦めきった表情をするのだろう。――もちろん、それは一瞬だけで消え去ったが。
 殺し屋になるような者には、触れられたくない過去のひとつやふたつ、持っている。彼にも、それはあるのだった。
(やはり、俺には、カワイコちゃんアイドルのスカウトの方が向いている)
 この一日で、Tはほとほと思い知った。
 この青年なら或いは――とも思うが、未だに思春期まっただ中のような彼の心の空洞を利用して、F国側の兵士に仕立て上げることは、Tの気に入らなかった。
(なんて、甘ちゃんなんだ、俺も)
 その時、不意に、がちゃりという音がして、ドアが開いた。
「よぉ。リキッドちゃん」
「なっ……ロッド!」
 リキッドが腰を浮かす。
「さっきから聞いてりゃ、なーに弱気なこと言ってんのよ」
「……って、聞いてたのか?!」
「じいさんになる前に死ぬだのなんだの。そんな甘いこと言ってると、ほんとに殺されるぞ。ま、義兄弟の契りでも交わさせてくれれば、俺がアンタを守ってやってもいいけどよ」
「なっ……冗談じゃねぇや」
 リキッドの繰り出した拳を受け流しながら、ロッドは笑っている。
「ひやひや。怖いねぇ」
「ふざけ過ぎたぞ。ロッド」
 続いて入ってきたマーカーが言った。隣には、うっそりとGが立っている。
「そんな坊やをからかったって、仕方なかろう」
 マーカーは皮肉な笑みを浮かべている。
「いやぁ、こいつで遊ぶのが、俺の唯一の趣味になっちまってね」
「俺はおまえのおもちゃか!」
「似たようなもんさ。――まぁ、そういうわけだから」
 ロッドがリキッドをぐい、と引き寄せて、相手を覗き込むようにする。何とも言えない表情をした。
「やめんなよ」
「なーにがそういうわけ、だ。こんなとこ辞めてやる。即刻辞めてやる」
「構わないから、好きなところへ行け」とマーカー。
「おっと。そいつは困るな。マーカー。リキッドちゃんがいなくなった後の無聊を、アンタが慰めてくれるわけ?」
「ごめんだな」
 その様子を、Tは半ば呆れながら見ていた。
 しかし、長らくそんなこともしていられなかった。
 Tは予定を変更して、隊長にも会う決心を固めていたのである。

 そして、今Tの目の前にいるのは、特戦部隊の隊長、ハーレム。
 獅子の鬣を思わす、あっちこっちに伸びた硬めの長い金髪に覆われた顔は、想像していたより、いささか線が細かった。だが、蒼い瞳には炎が燃えている。きっぱりとした果断な口元。分厚い服の上からでも、実用に供してきた肉体の存在感が、ありありと感じられる。態度には、戦士としての自信と貫禄が備わっている。
(これが、特戦部隊の隊長か――)
「俺に、何の話だ? おまえは確か、俺には話を通すな、と、ラズベリーに話していたらしいが?」
 なんだ、口止めしておいたのに、とは思ったが、
「気が変わりまして」
としれっと答えた。
 Tは取材の趣旨を説明した後、早速質問に移る。
「あなたにとって、部下とはどういう存在ですか?」
「あいつら? そうだな――」
(もし、使い捨てのコマだなんてちらとでも思ってみろ。腕によりをかけて、アンタの部下全部引っこ抜いてやる!)
 いささか乱暴な気持ちでTはそんなことを考えていた。ハーレムがどんな答えをしようと、それを嘘か真かを見分ける眼力ぐらい、Tにはある。もし、ハーレムが嘘をつくか、或いはTの心に叶わぬ発言をしたならば、Tはその考えを迷わず実行に移すつもりだった。
「俺にとって、あいつらは戦友だ」
 ハーレムは言った。
「俺の目から見ても、どうしようもない奴らだが、何度も同じ戦場で戦ってきたんだ。ある瞬間――そうだな、ほんの一瞬だが、気持ちが通じた、と感じることさえ、ある。――ところで、あいつらの話を聞いたおまえにひとつ質問がある」
 まさか、質問返しが来るとは思っていなかった。
「なんですか?」
「あいつら、俺のことを嫌っていただろう」
「ええ。嫌ってましたね。――一人を除いて」
 ハーレムが、さもありなんという風に頷く。
「全く、仕様のねぇやつらだ。俺以外のやつには俺の陰口叩きまくりやがって。俺に聞こえないとでも、思ってやがるんだろうか」
 憮然としていたが、Tにはそれが、苦笑交じりの発言に思われた。
 嫌われていることを知って、ハーレムは、満足そうにしているように見える。
「満足そうですね」
「――ああ。これで給料さっぴく理由ができる」
 こんなことまで査定の対象にするのか、とTは呆れてしまった。
「そんなことをして、部下が離れて行ってしまいませんか?」
「心配するな。どうせ金で飼われてるようなやつらじゃない」
「それとこれとは、話が違いませんか?」
「まぁそうだ。だが、同一視することにしている。その方が都合がいいからな」
 この意見には、さすがにTもおそれ入ってしまった。
「第一、俺はずっとそれでやってきた。今のメンバーは、なんだかんだ言いながら、俺についてきたんだ」
「しかし、それがずっと続くとは限りませんよ」
 Tは挑戦的に言った。
「そうだな。俺もよくそれを考える。これがずっと続くということはないかもしれん。いずれは、何かが変わるだろう。だが、今はその時じゃない」
 Tとハーレムの視線が、真っ向からぶつかり合う。肉食動物の、強い光を秘めた蒼い瞳が燃えている。Tが何度か修羅場をくぐっていなかったら、目を逸らしていたかもしれなかった。
「リキッドさん――」
 Tはわざと底ごもるような声で言った。
「リキッドさんは、どうでしょうかね」
 一筋縄ではいかないつわもの揃いの特戦部隊の中で、リキッドは何となく浮いていた。さっきの、同僚達に突かれたりしている姿。ロッド達のあの態度には、親愛の感情がないわけではない。だが、彼はやはり彼らとはどこか違っていた。
「ほう。では、おまえも思ったか。あの中で辞めるなら、リキッドだろうと」
「ええ」
「――やつは、本来ならばここにいるべきやつではないのだと思う。ただ、辞めていかないのは、そのきっかけがないからだろうな。――マーカーにも言われたが、俺もそう思う」
「…………」
「だからと言って、同情はできん。俺らは皆、自分に対しての責任は自分で負うべきだ。なぜなら、それが自由であるということからだ」
「自由、ですか。では、リキッドさんが――いや、他の隊員でもいい。辞めていくことは、自由だ、というんですね」
「基本的にはそうだ。だが、それを俺は許さない」
「さっきの意見と矛盾してませんか?」
「やつらに辞めたいという自由があるのと同じように、俺にも許さないという自由があるわけだからな」
「…………」
「おまえ、単なる雑誌のインタビューじゃないだろう」
 首を傾け、蒼い瞳で、まっすぐ覗き込むように言う。Tは息を呑んだ。
「どうして、そうお思いに?」
 内心の動揺を隠すように、言う。
「なめてもらっちゃ困るな。俺だって、伊達にこういう仕事を生業としているわけじゃない。腹に一物あるやつか、そうでないかぐらい、わかる」
 ハーレムは声を低めた。
「――さあ、どうなんだ」
「…………」
 Tが再び目を上げる。ハーレムの瞳が、先ほどとは比較にならないほど、燃え立って火を噴いている。周りの風景は全て消え、その二つの瞳しか見えなくなった。Tは、圧倒される思いで、それを見つめていた。今度は目を逸らすことなど、思いもよらなかった。純粋な蒼は、Tを責め立てるように光っている。周りに目に見えぬ渦が巻いているのを、Tは感じたような気がした。
 沈黙が流れる。
 やがて、Tはふっと力を抜いた。負けた、と思った。
「――ええ」
 Tはわざと口を滑らせた。これからどうなるかは知らない。だが、ここまで来れば、隠し立てをしてもしようがないと思ったのだ。
「――何しに来た」
「F国の者です。簡単に言えば、あなたの部下を一人か二人、か何人でも、引き抜きに来ました」
「それで?」
「今のところ、そうできる可能性が一番高いのは、あのリキッドさんです」
「ふん……」
「しかし、私は、それを自分で諾うことができません。私はね、隊長。美少女アイドルのスカウトが専門だったのですよ。随分とあくどいこともやって参りました。しかし、リキッドさんと話しているうちに、どういうわけかあるかなしかの良心、というやつがうずきましてね。と言って悪けりゃ、同情心、というやつですかね。いずれにせよ、私は軍人のスカウトは専門外なんですよ」
「それで、どうする? おまえはここで素性を明かした。おまえ、ここで消されても文句は言えんぞ」
「そのときは、そのときですよ。実際、私も、なんて奇妙なことをやっているんだろうと思いますよ。しかし、私は、もう、自分がどのようになろうと、いいんだ。生きていたって、どうせ大して物の役にも立ちますまい」
「…………」
「私は、本当言うと、F国に忠義立てしているわけではありませんよ。どちらかというと、今のF国は嫌いです。なぜこんな仕事を引き受けたかと言うと……半ば投げやりでしょうね。私には昔から、何もかも、どうなってもいい、という気持ちがあるんですよ」
「ほう」
 ハーレムの目がおもしろそうにちかりと光った。
「何が起こったって、どうってことない。私一人が死んだって、どうってことないですよ。実は、私がなぜあなたに素性を明かそうと思ったのかも、私にはよくわからない。だが、それも、私にはどうでもいいことですよ」
 なぜ、俺はこんな話をしているのだろう。感情の奔流に流されるままに、Tの思いは止まらない。
 彼らだ――彼らのせいだ。だが、なぜ彼らのせいと思ったのかも、Tにはよくわからない。
 数々の美少女タレントの顔が、浮かんで消えた。それらは、今日出会った四人――この目の前の男を入れて五人――ほど、強い印象は残さなかった。
 大した話などしていなかったのだ。それなのに、今日、彼らと出会ったことが、多分Tの運命をも変えてしまった。
 そして、ハーレム。なぜこの男に素性を明かし、あまつさえ身の上話をしようと思ったのか。
 Tが、さっきの自分の言葉の通り、どうでもいいと思っていたからかもしれない。成り行きに任せよう、と思っていたからかもしれない。普段は意識していなかったが、心の底では、そんなことを考えていたのかもしれない。いつも、いつも――。
 或いは、隊長とかいうこの男の、蒼い燃える瞳を見たからなのか。もしかしたら、この男の瞳には、心の内をさらけ出させようとする作用があるのだろうか。そんな馬鹿な。
「そう――スカウトなど、成功しても、失敗しても、どうでも良かったのですよ。本当は」
 Tの話が終わった後、ハーレムは、「いやはや」と言いたげに首を振った。
「――F国は、人選を間違えたな」
「軍部がアホだからですよ。いや、アホなのは私か」
 Tが、苦笑した。
「なんか、思いもかけない話になって参りましたな。仕事柄、秘密を守るのは得意な私ですが、どういうわけか今回は自制心を失いました。ヤキが回ったようなので、今回限りで引退しようと思います」
「F国にはなんと?」
「もう、あの国には帰りませんよ。どのみち、もういられませんから」
「どこか行く宛てはあるのか?」
「いえ」
「なら俺が兄貴に伝えて――ガンマ団の領土のどこかにおまえを送り届けてやろう」
「……どうして、そこまで良くしてくださるんですか?」
「おまえがアホだからだ」
 ハーレムがきっぱりと言った。
「敵方に事情をべらべら喋るなんて、アホに決まってる。おまえが何になろうと、スパイだけは務まらんな。まぁ、そのおかげで、F国の企みが知れたわけだが。しかし、奇妙なことだが、俺はアンタを気に入ったようだ。近くに団員寮がある。今回はゆっくり休め」
「ありがとうございます、と、言うべきなんでしょうね」
「ふん……」
「う~、しばれる~」
 辺りはすっかり暗くなっていた。大気が澄んでいるため、星がよく見える。
 全く、見事な星空だ。
 Tは、何をどう考えればいいのか、わからなくなっていた。だが、それも二、三日すれば元通りになるだろう。
 変わったのは身の上。今はもう、ガンマ団に保護される立場にある。
(情けない……)
 秋風がいやに身に染みた。
 何がどうなろうとかまわない、と思った。だが――この状況に、Tは生まれて初めて、というぐらい、強い反発を覚えていた。
(俺は……何をしたいというんだろう)
 こうなってしまった以上、ガンマ団側にいろいろ訊かれるのは目に見えている。それを想像しただけで、Tはうんざりした。
(ガンマ団に協力するのも――ごめんだ。はっ。あの殺し屋軍団に)
 Tは、しばらく考えていたが、振り返り、本部の方に引き返した。

「どうした?」
 ハーレムが訊いた。
 ガンマ団は気に食わない、だが、この男は好きだ、とTはそう思った。文句を言いながらもついていく四人の気持ちが、よくわかる。
「私は、ガンマ団側に尋問を受けたくはありませんよ」
「そういうわけにはいかんな」
 ハーレムは笑った。
「こいつは重大なことだ」
「なら、私はとんずらするまでです。どこぞに」
「ふん……果たして逃げられるかな」
「さぁ……だが、やってみなければ、わからないでしょう」
「それをわざわざ言いに来たのか? 黙って逃げれば良いものを」
「まぁね。しかし、私は最後にあなたに会いたかったんです」
「なぜ」
「あなたが、あなただからですよ」
 ハーレムは苦笑するような、何か未知のものを噛み締めるような、複雑な顔つきになった。そして、くるりと背を向く。
「報告は明日の朝まで待ってやる。その間に、せいぜい遠くに逃げるんだな」
「――ありがとうございます」
 それが、ハーレムが相手に対する、精一杯の譲歩であることを、Tは知っていた。
「みなさんに、よろしくお伝えください」
「――ああ」
 そして、Tは踵を返して駆け出す。
 Tが物事がどう流れようとどうでもいい、と思っていたのは、何かに縛られたくなかったからだ。だから、今、ここから逃げ出す。
 (もしかしたら俺は、縛られない、ということに、囚われているのかもしれない)
 だが、それはそれでまたいいのだろう、と思う。俺はそういうやつなのだから、と。
 彼の考えによって、彼は行く方向を選び、彼の後には道が作られていく。時には、思いもかけない波にひっさらわれる時もあろう。また自分の中のわけのわからぬものが、予想外の行動を己に取らせ、それで全てが変わってしまうこともあろう――そう、ちょうど今日のように。
 それでも物事は流れていく。どんなことが起こっても、流れていく。
 流れに身を任せてみよう、と彼は思った。どこへ連れていかれるかは、神のみぞ知る。いや、神すらも知りえないかもしれない。
 だが、決断する時は決断する。自分の気持ちと反対の方向にさらっていく波には、決然と立ってNOと言おう。
 それが、Tの考える自由だった。
 まず、自分のやるべきことは――
 目の前は、どこまでもどこまでも広がる砂漠みたいに、茫漠としていた。Tは歩き出す。そして、自分の人生の転回点を指し示してくれたあの五人の顔を思い浮かべながら、彼らがそれぞれ自分達の幸せを掴める様に、祈った。

後書き
いやいや、Tじゃないけど、思いもかけない話になってしまいました。
実はこれ、特戦部隊の隊員達のロングインタビューの代わりに書いた短編なんだけれど、ハーレムとTが中心?みたいな話になってしまいました。Tには、人格と言えるようなものは、ほとんどつけないつもりでいたんですがねぇ。
なぜロングインタビューにしなかったかというと、しーなトオル師匠が、すでに隊員達に対するインタビューを書いていたからです。獅子舞様のお誕生日記念に。それがすっごくおもしろかったので、残念ながら、その路線は諦めました(ところで師匠! 地球外生命隊長、使わせていただきましたよ!)。
一瞬、しーなさんのところに贈ることも考えましたが、自分のHPの企画の延長上にある小説なんで、やっぱりやめました。
本当、後書きのはじめにも書いたけど、思いもかけぬ話になってしまいました。行き当たりばったりに書いていると、こういうこともあって面白いです。だが、他の人に通じる話になっているか、少々心配です。できるだけ手直ししておきましたが。
この話、いったん消えてしまっているんですよ。FDの故障で。で、これは書き直しです。
なぜかこの話だけ消えてしまったんですよ。
で、そのことを母に話したら、
「きっと、もっと良い話が書けるから消えてしまったんだよ」と言いました。
以前の話の方が、当り障りのない話であったことは確かですが、良くなっているかどうかは…ちょっと自分にはわかりませんねぇ。
まぁ、こんな話があったことを、心に留めていただければ、幸いです。
ところで、ロングインタビューに特戦部隊を、という話が来てから、もう二年ぐらい(!)が経ったと思います。長らくお待たせしてすみませんでした。そして、益田さん、質問送ってくださったのに、使わなくてごめんね。

追記
ロングインタビューに特戦部隊をリクエストしてくださった方、名前を忘れてしまいました。確か掲示板でリクエストいただいたと思うんだけど、データがどこかに紛れてしまって……。どうもすみません(ぺこり)。どうぞ、これを見かけたら、ご一報下さい(そういうことはもっと早く書け)。
この追記だけ、2003.5.13に作成し、5.19に改訂しなおしました。(そしてまた6.1に手直し)

追記の追記
インタビューリクエストしてくださった方の名前が見つかりました。江藤亮さん、どうもありがとうございました。
(2003.6.9)

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