ソネくんとジャン

「おーい、ジャンー」
 ソネが椰子の木の上のジャンに声をかける。ソネはメタセコイヤの精と人間の子孫だ。この種の人間と木の精の子孫はこの島でも、もう滅びつつある。
「何だよ、ソネ」
「椰子の実取ってんのかよ」
「そうだけど? ――今日は暑いだろ?」
「この島は年中暑いぜ」
「椰子の実ジュース、おまえとイリエの分も用意してやるぜ」
「ほんと? ありがとなー。落ちるなよー」
「――へいへい」
 ジャンはもう数万年は優に生きているソネの兄貴分である。ソネは、絶対絶対、ジャンに敵わないと知りながらも、いつかジャンを超えてみせると心に誓っている。
 まぁ、ソネの目から見てもジャンは理想ではあるのだが――。
(いつかな。追いつけんの)
 ジャンはいい男だ。背負っているものが重いからかもしれない。それが、ソネには悔しかった。
 俺は、まだジャンの半分も生きちゃいない。
 がんばるんだ、俺。負けるな。俺。いつか、ジャンに、あの男の隣に並べるようになるまで――。
 ソネはぎゅっと拳を握った。
「よっと。――どうした? ソネ」
「え? ああ、うん、何でもないよ」
 ソネは誤魔化し笑いをしてジャンに応対する。ジャンが俺の目標だと言ったら、ジャンはどうするだろうか。――言わないけど。
「いっぱい取れたぞ」
 そうして、ジャンは全開の顔で笑う。
「うっ……」
「どうした? ソネ」
「いや……」
 ドキドキドキ。心臓が高鳴るのはどうしてだろう。
 ジャンの笑顔が眩しい。太陽のようだ。太陽のように明るいジャン。赤の番人という仕事を引き受けて尚、明るいジャン。
 俺は――ジャンが好きだ。
 恋しているのかもしれない。だが、ジャンはあくまで兄貴分だ。
 ジャンが求めているのは、他の、ただひとつの魂なのだから――。
 ジャンは青の一族の青年に恋している。いや、正確には、いた。
 そのことを話した夜、なかなか寝付けなかった。その青年と離れ離れになったジャンが可哀想で――。
 人間は早死にできるからいい。
 不死身の番人は、何年その魂を追いかければいいのだろうか。
 この星に転生していて欲しい。俺も探すの手伝うから――。
「ぼーっとすんな」
 ジャンの言葉でソネははっと我に返った。
「そんなに暑いか? 熱射病は大丈夫か?」
 ずれているんだから。ジャン――この男は。ソネはくすっと吹き出した。
「何でもねぇって言ってんだろ。ほら、椰子の実、全部持ってくのは大変だろ?」
「うん。――少し持って」
「わかった。よっと」
 ソネが椰子の実を受け取った。
「ソネ……おまえがいて良かったよ」
「え……?」
 一体何を言い出すのだ? この男は。
 ソネは、ジャンの役に立てたなんて思ったことは一度も――いや、少しはあるが。ソネではジャンの孤独を埋められない。
 ジャンはライ――今はサービスという男の魂を今も希求している。心の奥底から。そのぐらいのことは知っている。ジャン本人から聞いて知っている。いくら、ソネが子供みたいなものであろうとも――。
「俺、おまえがいなかったら、ずっと独りだったかもな」
「何言うんだよ。イリエだっているじゃねぇか」
「そうだな。でも、おまえが一番身近に感じるよ」
 俺もだよ――。
 ソネは、胸が熱くなった。
 この瞬間を忘れない。忘れたくない。この身が朽ち果てようとも。ライの生まれ変わりを見つけたジャンが、この島を去ってしまおうとも。
 ソネは、ぐっと涙をこらえた。
 もう、子供の時の自分ではない。何も知らずにジャンに甘えていた自分ではない。
 ソネは、この時間が永遠に続くことを願った。
(でも、ジャンて意外と薄情だからな――)
 ジャンの裏も表も知っているソネである。この島では、確かにジャンが、一番ソネに近かった。
 ジャンが島を出る時――。
 そんなことが再び起こり得るかどうかわからないが、ジャンが島を出る時、ソネは笑って送り出せるだろうか。
 ――涙は見せない。笑顔でジャンを送り、一人だけでひっそりと泣くのだ。あの時のように。
 何でこんなことを考えるのだろう。ジャンが隣にいて、この島は平和で――。
 ただ、気にかかっていることがひとつだけある。
 青の一族のことだ。
 青の一族は勢力を拡大している。この島では時間はゆっくり流れている。この島の存在を今の青の一族が知ったらどうなるのであろうか――。
(ジャン――)
 不死身の番人、ジャン。
 青の一族――ガンマ団が彼の秘密を知ったら――考えるだに恐ろしい。青の一族には碌なヤツがいない。
 世界征服を目論む青の一族がこの島のことを知ったら、どうするのだろう。赤の秘石は? その番人のジャンは?
 ――ジャンは、俺が守る。
 たとえ、ひよっこだとしても、頼りなくとも、今はまだ守られている立場だとしても――。
 いずれ、この島に変事が起きた時、俺は、人を通さない。東の森には踏み入らせない。
 長老が何と言おうと――。
 俺が大切なのは、この島とジャンだ。イリエも仲間に入れてやってもいい。イリエは彼が子供の時から知っている。
 ソネは、この島の平和がずっとずっと続くことを願う。破壊活動は他所でやってくれ。青の一族よ。
 俺は、東の森の――ジャンの番人なのだから。
 ソネとジャンはイリエのところに訪ねに行った。ソネはよいしょっ、と椰子の実を地面に置いた。
「イリエー」
「ん? ジャンにソネ、何の用だ」
「おまえね――目上の人間には敬語を使うの!」
 ソネはイリエの鼻に人差し指を突き付け、めっ!をした。
「ソネとは対等だろ」
「あはは。俺とは普通に喋っていいよ」
 ジャンが朗らかに笑う。
「ほら、ジャンもああ言ってる」
「ジャンの言うことは聞けて、俺の言うことは聞けないのか」
「ソネだって、ジャンにタメ口だろ?」
「うっ……」
「ほら、反論できないじゃないか。やーいやーい」
「イリエ~……」
「ストップ」
 ジャンがソネとイリエの間に割って入った。
「今はおやつの時間。仲良く椰子の実ジュースを飲もうぜ。イリエの分もあるぜ。ほら」
「あ……ありがと」
「はぁっ……てやっ!」
 ジャンは椰子の実を真っ二つに割った。いつ見てもすごいと思う。赤の番人になったら、いつか俺もそれができるようになると、幼い頃のソネは考えていた。
「あ、ありがと……」
 イリエはジャンから半分になった椰子の実を受け取る。いつもこういう具合だと、イリエも素直でいいヤツなんだなぁと、ソネはひとり考える。
「あ、ソネのもやるぞ。ほら」
 ジャンはもう半分のをソネに渡してくれている。熱い夏に椰子の実ジュースは旨かった。パプワ島は今日もカンカン照りにお日様がぎらついている。

後書き
兄弟みたいなソネとジャン。あ、イリエもいるか。
ソネとジャンが好きなはるかさんにこの話を捧げます。
2015.1.16

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