新入団員

「ガンマ団――か」
 ひとりの青年が感慨深げに呟いた。
 かなり大柄で、青いメッシュを髪に入れている。
 太い眉。大きな目。厚い唇。
 ずた袋を持ったその青年は、日の光を受けてきらめくその建物を、眩しいものでも見るように目を眇めた。

 ガンマ団科学技術研究所開発部――。
「おーい。ここにも新入団員が一人来るらしいぜ」
「えっ?! マジ?!」
「なんと、大澤遥ちゃんと言う名前なんだぞ!」
「なんだ? それ、女か?」
「男だっていいけどよー。可愛ければな」
「えー。おまえ、そんな趣味があったのかよ」
「やだねー」
「なっ……馬鹿! そんなわけあるかよ。俺だって女の方がいいよ」
 高松は、そんな団員達の騒ぎをよそに、大きく欠伸をした。
「嫌ですねぇ。これだから若い連中は……」
 しかし、こう言っている本人も、グンマやキンタロー相手に鼻血を出したりしてとち狂うのだから、人のことは言えない。
 開発部の若き(?)リーダー、ジャンが部屋に入ってきた。
「あー。新入団員の紹介を行う」
 ジャンは勿体をつけて咳払いをした。
「待ってました―!」
 ピーッと指笛を鳴らす者もいる。
「な……なんだなんだ、この騒ぎは」
「いいんですよ。ジャン。この人達、から騒ぎしているだけなんですから」
 そう言うと、高松はまた退屈そうに欠伸をした。
「おお。そかそか。よし、入って来いよ。大澤くん」
(来た)
(どんな子だ?)
(女の子、女の子――)
 開発部の部員達は祈った。
 入ってきたのは――二十代くらいの男性だった。冒頭に出て来た、あの青年である。
「よっろしくー。大澤遥です。宇宙船の開発の手伝いに来ました―」
(男だ)
(でかい)
(可愛くない)
 部内のムードが一気に冷えた。
「あ……あれ? 俺、もしかして歓迎されてない?」
「いや……そんなことはないと思うよ――多分」
 ジャンも、いささか気づまりなものを感じていた。
「じゃ、荷物はその辺に置いといて」
「はーい」
 遥はひっさげていたずた袋を机の上に乗せた。
 と、そこへ――。
「わぁっ。みんなごめん。もう集まってたの? 目覚ましが止まっててさぁ……」
 グンマが駆け込んできた。
「ぐ、グンマ様! 目覚ましの代わりに私が起こしてさしあげるものを――」
「いいよ、高松。自分のことは自分でできるんだからさ」
 グンマがにっこりと笑った。
 高松、と呼ばれた黒髪の男はハンカチで鼻を押さえた。それは鼻血で赤く染まりつつある。
「あ、遥くんだね?」
 グンマは嬉しそうに言う。
「え? あ? はい」
「僕、グンマ博士だよー。よろしくねー」
 グンマは遥の手を両手で包むとぶんぶんと振り回す。
 ああ、良かった――ここに仲良くなれそうな人がいた。
 遥は、鼻血まみれのハンカチをぎりぎりと噛み締めている高松の方は見ないようにした。
「ねぇ、遥くん。ガンマ団の中、案内してもらった?」
「いえ――まだですが」
「そっかぁ。僕が案内したげよっか」
「いや。グンマはここに残ってあいつの相手しててくれ。俺がやるから」
 ジャンが高松を指差した。
「あ、俺行きまーす」
「俺も俺も」
 部員達が次々に前に出た。
 遥を気に入ったからではない。堂々とさぼれるからだ。
「そうだな――あんまりぞろぞろ行ったってしようがない。ほんの二、三人でいいんだ」
「じゃ、俺達が。いいよな、おまえら」
「ああ、わかった」
「アンタ達の仕事は残しておきますからねー。ちゃんとやるんですよー」
 鼻血も止まって体力を回復した高松がきっちり念を押す。
 高松は、新入団員の案内を口実に怠けようとする部下達の魂胆を見抜いていたのだ。――男達は、聞こえるように舌打ちした。

「ここからが情報部のエリアだよ」
 ジャンが説明した。
「名物のあの方がいるんだよな」
「んだ」
 ジャンの部下達が喋り合った。
「名物って?」
 遥が訊くと、
「それは、会ってみなければわからんよねぇ」
「んだ」
 ジャンのお供で来た部員達はニヤニヤしている。
「一体なんだって――あ?」
 曲がり角の死角から、美しい顔立ちをした人物が現われて、ジャン達とすれ違った。ジャンと遥を除いて、開発部の団員達は敬礼した。
 右半分を覆った長い金髪、切れ長の目、青い瞳、端麗な横顔。黒いコートも長身の体には似合っている。
 朝露を浮かべた薔薇を思わすような、爽やかだが奥の深い、何とも言えない、いい香りがした。
 遥は、一瞬で恋をしてしまった。
(綺麗な人だなぁ……)
 ふらふらと、遥は花の匂いにつられる蝶のように、金髪の君の後を追った。
「お、おい、どこ行くんだ。遥くん」
 ジャンが制止するのも無視して。

 遥の恋した相手は、大きな窓から燦々と陽光が入って来る明るい場所にある、自動販売機に小銭を入れて煙草を買った。
(ああいう綺麗な人が買うのは、どんな銘柄なのかなぁ)
 相手は、遥に気付くと、たおやかな笑みを浮かべた。
(どきっ。俺にも脈がある、と思ってもいいのかな)
「遥」
 ジャンが遥の名を呼び捨てにした。
「いいか、あの人は――」
 ジャンの言葉も聞かず、遥は相手に近寄った。
「あ、あの――俺……あなたが好きになりました」
 美しい眉が驚きではね上がるのを、遥は目にした。
「へ、変なヤツかと思われたでしょうが、あなたみたいな美しい女性、初めて見ました」
「あーあ。直球だねぇ。あの坊や」
「正体知ったら泣くぞー」
 からかいの声も、遥の耳には届かない。ジャンが「しようがないなぁ」という風に溜息を吐いたのもわからない。
「ありがとう」
 低い声で礼が返ってきた。
「でも、私は男だよ」
「え? でも、こんなに美人なのに――」
 遥が呆気に取られていると、サービスはくっくっと可笑しそうに肩を揺すり始めた。
「ジャン。何も説明しなかったのかい?」
「面目ない」
「私の名はサービスだ。情報部の。よろしく」
「え? さ、サービスさん……?」
「そうだよ。変わった名前だろう?」
「いえ……素敵な名前だとは思いますがしかし……」
「俺の恋人だ。誘惑するんじゃないぞ」
 ジャンがサービスにくっついてにやりと笑った。
「ええっ?! ジャン博士の恋人?!」
 サービスは肯定も否定もしなかった。
 ガンマ団に入る前から尊敬していたジャン博士に恋人? しかもそれが男?!
 道理で結婚してないはずだ……。ジャン博士……。こんな魅力的な人がそばにいたんじゃあ。
 情報部の名物ってこの人のことだな――どんなに血の巡りが悪くても、すぐ悟ることができる。まして遥は勘がいい方だ。自分より背の高い、身長百九十センチの美男子サービスを女性だと思い込む迂闊なところはあったにしても。
「すまないね。ええと――」
「大澤遥です」
「遥くんか。覚えておく」
 そして、左手を差し出す。
 ショックから立ち直った遥は、返礼にその手を握り返した。
(惜しいよなぁ……)
 彼が女だったら絶対放っておかないのに――遥は泣き笑いをした。遥はホモではないので、いくら美形でも男相手はごめんだし、第一、ジャン博士の想い人である。
 これからの同僚達が、ウィンクしたりつつき合ったりしながら、何事かひそひそと話している。
(あーあ。ガンマ団って、変な人多いな……)
 やっていけるかなぁ、俺……。遥は俄かに心細くなった。
 そんな遥がサービスの実年齢を知ったら、ますます愕然とするであろう。――彼は実は四十過ぎなのだ。

後書き
昔、書こうと思ったオリジナルキャラクターの大澤遥が主人公です。一応。
他の人の作品を参考にしたところもあります。
しかし、男にモテますね、サービスは……。
サービスの正体とは……あんなに美しいのに、もう四十代のおじさ……いや、ナイスミドルだということでしょうか。
2010.8.30

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