Shooting Star

 丑三つ時――。
《白の神殿》でジャンも床についていた。
「ん……んんん、ライ……」
 彼は幸せな夢を見ていた。
「やめろよ、そんなこと……」
「おい、ジャン」
「あれ? ライ。おまえ、声変わったか……?」
「なにバカな寝言を言っている。俺だ。アスだ」
「ああ、アスのバカか……」
 どすん、と重いものが落ちた衝撃が走った。
「☆○△×……!」
「バカはおまえだ! それより、あれが始まるぞ」
「あれって……?」
「どこまで寝惚けている! あれだ! 流星群だ!」
 そこまで聞いて、ジャンは、がばっとはね起きた。
「どうしてもっと早く起こさないんだよ! おまえは~!」
 ジャンが八つ当たりをする。
「阿呆。今までいい夢を見てたんだろ? どうせ」
「う~ん、まぁ、いい夢は夢だけどさ。やっぱり現実になった方が嬉しいな……ってなに言わすんだよ!」
「貴様が勝手に言ったんだろ。待っててやるから、早く来い」
 アスが、金色の長い髪を揺らして、ジャンの部屋を出て行く。
「う~ん。失敗失敗」
 アスとは対照的に、肩までしかない黒髪のジャンが頭を掻いた。
 どうやら相手を怒らせてしまったらしい。まぁ、アスのことだ。本気で怒ったりはしないだろうが。
 アスだけに、明日には気分が変わっているだろう。
 ジャンは赤の番人。アスは青の番人。
 それぞれ赤と青の秘石を守っている。
 この《白の神殿》で。
 アスは、ジャンの相棒であった。一緒に暮らしてもいる。
 もっとも、ジャンは、青の一族の末弟、ライと寝起きを共にできたほうが嬉しいな、などと思っているのだが。
(まぁ、ライにはストームがついてるもんな)
 ストームは少し苦手なジャンであった。
 ライは、美形で有名で、性格もジャンの好みだった。気に入らないとすぐ攻撃するところなど。もっとも、青の一族には、そういう傾向があったが。
(俺って変わってるかな……)
 しかし、ライもストームも、よくつきあえば、優しいところもあるのである。そんなギャップにも惹かれるジャンであった。
「こら」
 ちなみに、アスにも、いいところがある。
 例えば……今、ここに呼びに来てくれたところとか。
「なんだアス。待ってたんじゃなかったのか?」
「貴様が愚図愚図しているからだ」
 アスはそっぽを向く。
「あれー。もしかして、俺がいないとつまんない?」
「馬鹿を言え」
 アスは即座に否定した。
「あれを見ないと、一日中愚痴っているのは、どこの誰だ」
「おー、すまんすまん」
 ジャンは服を直す。そして――。
「ありがとな、アス」
 耳元で囁くように礼をする。アスは、少し眉を寄せた。
「そんなことはいい」
 ぶっきらぼうに対応する。なんだか、顔が紅潮しているように見えた。
「あ、もしかして照れてる……?」
 がこんっ!
 今のは、アスの拳がジャンの頭にヒットした音である。
「いってぇ~!」
 ジャンが笑いながら、頭を撫でさする。手加減してくれているのだ。これでも。本気で殴られたら、ジャンだって無事かどうかはわからない。
「冗談言ってる場合じゃないぞ」
 ジャンとアスは、神殿で最も良く星が見える位置に着く。
 アスは、大理石でできた席につく。
 ジャンは立ったままだ。
「そろそろ始まるな」
「ああ……」
 ひとつ、星が落ちる。
 ひとつ、そして、またひとつ。
 そして――星の雨。
 時々、この流れ星の群れを見ることができる。パプワ島の名物だ。
 Shooting Star.
 さーっと白い線が、二人の番人の目の前を通る。
 パプワ島の自然の、なんと神秘的なことか。
 この空のショ―はしばらく続く。
 この光景を見せる為に……アスはジャンを起こしたのだ。
(なんだかんだ言って、いいヤツだよな)
 アスと一緒に過ごした年月。もう、お互いに全てを掴んでいる。
 どうしたら嬉しくなるか、どうしたら怒るか、そして――彼らの共通点はどこか。
 アスも、この流れ星が大好きなのだ。口には出さないが。
 とりわけ、ジャンと一緒に見るのがいいのだ。一人ではつまらない。
 何故わかるか? ジャンも、アスと共に長い間いるからだ。もう何万年も。番人は長命なのだ。
 アスは大抵、流星の雨の降る日は、ジャンを起こしに来る。
 ジャンと感動を分かち合いたいからであろう。そんなこと、アス自身は、はっきり言ったことはなかったが。
(やっぱり、こいつと生きてて、良かったなぁ)
 ジャンは、アスの方に目を遣る。その視線にアスは気付いた。
「なに見てる。終わってしまうぞ」
「アス、おまえやっぱりいいヤツだよな」
「な……」
 アスは目を瞠った。
「ふん、お人好しの間抜けめが」
「ふふ。そういう悪態をつくところも好きだぜ」
「――おまえはライが好きなんだろ?」
「おまえも好きだよ。好きの種類が違うけど」
「ふん……」
 アスはまた流星群の方を見遣る。
 落ちて行く星が、夜空に白い筋を描く。それが、いくつもいくつも続く。壮観であった。
(ああ、やっぱり俺、この島が好きだな)
 この島の全てが好きだ。抱きしめたいくらい。もちろん、この星達も。
「おおっ!」
 クライマックスには、光の糸が次々と空を横切る。ジャンは歓声を上げた。
 ちら、と隣に視線を移す。アスも、魅了されているようだった。天に眼が釘付けになっている。今度はジャンが見ていたことに勘づかないようだった。ジャンの眼も空に向き直った。
(俺、この島の番人で良かった)
 ジャンは満足しながら、流れ星の残像を眺めていた。
 それが終わって普通の夜空に戻ると、アスにお休みを言い、幸せな気分でまた寝床に潜った。

後書き
『南の島の歌』シリーズの一片です。
流れ星を見ているジャンとアスの絵が浮かんだのですが……文章に起こすのは難しいですね。
ジャンはアスも好きなのです。アスもジャンが嫌いではない。表には出しませんが。
Shooting Star、というのは、『もしかすっとナンセンス』からです。光の糸、という表現は、『オリビアを聴きながら』からですが。いいですよね、あの歌。
2010.9.27

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