カッシーの敵情視察

「今から俺が指揮を執る!」
 そう息巻いていた伊東カシタローであった。では、何をするかと言うと――。
「永崎に向かう。早速準備をしろ」
 と、傍にいた部下に命じた。
「私もついていっていいかね?」
 山南ケースケが訊く。カシタローは嫌そうに眉を顰めた。
「ならん。貴様のことだ。どうせマジックに会いたい一心だろう」
「バレましたか」
 山南がいたずらを見つけられた子供のように困った顔をして頭を掻く。それを見て、カシタローはふん、と鼻を鳴らした。近藤達は永崎にいるはずである。
 全く。役立たずどもが――。カシタローは心の中で舌打ちをした。まぁ、ソージがいるから平気であるが。
「早速永崎に攻撃に?」
「敵を知り己を知らば百戦危うからずと言う言葉があるだろう。まずは敵情視察だ」

 永崎――。
「ふ……相変わらずだな。この町も」
 カシタローの顔が思わず懐かしさで緩みそうになる。それというのも――。
「アス!」
 ジャンの声だ。カシタローは無視を決め込んで遠く離れようとした。
「待てよ! アス!」
 ジャンにがっと肩を掴まれる。
「私は伊東カシタローだ。人違いだ」
「アスだろ? 俺だよ、俺。ジャン」
 知ってるぞ。
 カシタロー、否、アスが心の中で答えた。
「なぁ、せっかく来たんだから蕎麦屋にでも行こうぜ」
「私は貴様など――」
「俺のこと忘れた? そっかぁ、無理もないなぁ。あんなに国を離れていたからなぁ。今、何やってんの?」
「――敵情視察だ」
「敵?」
「お前は私の敵だ」
「やだなぁ。ジョークジョーク。アスが冗談言えるなんて思わなかったぜ」
 こいつは阿呆だ――アスはジャンを密かに馬鹿にした。
 いや、阿呆に磨きがかかっていないか?
「ジャン」
「よぉ、サービス。あ、こいつ、俺の友達のアス」
 勝手に友達にするな。
 だが、怒る気にはなれなかった。ジャンはいつもそうだ。どこからかするっと心の隙間に入ってくるところがある。
「ふぅん」
 こいつは青の一族だな――アスは思った。金髪碧眼。何より超のつく程の美形だ。どこかで会ったような気もする。青の一族は美形揃いだ。
「アス。こっちサービス」
「宜しく」
 アスは一応手を差し出す。なるべくなら無用な騒ぎは避けたい。今は取り入っておくべきか。
「宜しく」
 サービスがにこっと笑ってアスの言葉を繰り返す。なかなかのナイスミドルではないか。やはり我が一族には美形が多い。
「サービスは俺の恋人なんだ」
「――悪友だろう?」
「こういうところが好きなんだ。さぁ、蕎麦屋へ繰り出そう!」

 蕎麦処・ときそば屋――。
「ほほぉ、永崎にも本当に蕎麦屋があったのか」
 サービスが感心したように言う。
「わざわざ江戸まで行って修行してきた男が店長だからね。さぁ、入るよ」
「食べ物に対してだけは嗅覚がいいのだな。ジャンは」
「えへっ、まぁね」
 ジャンはサービスの皮肉にもめげない。鈍感なのだろう。
(――馬鹿め)
 アスは密かに毒づいた。
 ガラララ。ジャンが扉を開けた。
「へい、らっしゃい!」
「もり三つ」
「あいよ」
 ジャン達は案内された席へ座った。
「こういうところは初めて来るな」
 サービスが店内を見回す。
「私は口がおごっているから高い料理でないと口に合わないのだが」
「右に同じく」
 アスがサービスに賛同した。
「何だよー。せっかく連れて来てやったのに」
「今日はお前が払ってくれるんだろう? ジャン」
「え、あ、あはは……サービスには敵わねぇな。店員さん、ツケでお願いします」
「仕方ねぇな。店長になしつけておくよ」
 店員が持ってきた水を飲む。喉が渇いたからだろうか。なかなか旨い。
「ここの水は美味しいな」
 サービスが言う。
「だろう? 水が美味しいから蕎麦も旨いんだぜ」
 ジャンは得意げだ。
「ああ。期待できそうだ」
「アス――あまり喋らないけど、どうしたの?」
「私はお前ほどお喋りではない」
「そうだったかなぁ……」
 ジャンは記憶を手繰らせているようだ。この男を騙すのは容易い。
「それに、今日は敵情視察だと言っただろう。ぺちゃくちゃお喋りしている余裕などない」
「じゃあ、敵情視察なんてやめたら?」
「そうは行くか。山南達に宣言した手前な」
「――山南……心戦組だな」
 サービスがぼそっと呟く。
「あ、そうだ。アスって心戦組と何か関係あるの?」
「関係があるどころか、心戦組の隊員として働いている。そこでの名前は伊東カシタローだ」
「……普通はそういうことはあまりぺらぺら話さない方がいいんじゃ……」
 サービスのツッコミも尤もであった。
 店員がもり蕎麦を持って来た。つるるる。三人は蕎麦を啜る。
「美味しい!」
 サービスが感嘆の声を上げる。
「うむ、不味くはない」
「はは……アスは相変わらずだな」
「おかわりしてもいいか?」
「いいんじゃない。払うのはジャンだし」
「おいおい。勘弁してくれよ。サービス。今までのツケだって溜まってるんだから」
 三人は大いに笑った。店長がやって来て言った。
「ジャン。この店で働かないか? そっちの二人も。アンタらいい男だから、客寄せになるぜ」

後書き
永崎藩という架空の藩が舞台のなんちゃって時代劇シリーズです。
これも書いてて楽しかったー! ジャンサビアスなんて私には夢のような話だ……。ちょっと修正したけどね。
蕎麦屋は私も行ってみたい! 好きなんです、お蕎麦。
2018.03.06

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