サービスのクリスマス

「ハーレム、クリスマスは僕と一緒に過ごさないか」
「嫌だ」
 サービスの誘いをハーレムは言下に断った。彼ら二人は電話で連絡を取っているところだ。
「何故だい?」
「何故でもいいだろう。おまえとクリスマスを共にする気にはなれん。その日は仕事だ」
「クリスマスに仕事? 聖なる日に人殺しかい?」
「ああ、そうだ。あばよ」
 ツー、ツー、と電話が切れた。
「くそっ!」
 サービスが乱暴に受話器を置いた。およそ、いつも優雅なサービスではない。
(まだ怒っているのか……)
 ある出来事をきっかけに、サービスはハーレムへの愛情を再認識したわけだが。
(或る意味当然か……)
 せっかく用意したロゼワインも無駄になってしまった。
 いいや。開けてしまえ。
 サービスの部屋では、暖炉が赤々と燃えている。
 これでハーレム――双子の兄がいれば最高なんだが。
(ハーレム……)
 ジャンとルーザーが死んだ後の最初の数年間は、ひたすら憎んでいた。
 けれど、想い出が風化するにつれて――現われてきたのは双子の兄に対する慕情。
(子供の頃は、いつも一緒だったっけ)
「ジャンと俺、どっちが好きなんだ?」
 とハーレムに訊かれた時、
「どっちも愛している」
 と言ったら怒られた。
 何故その答えで彼が気を悪くしたのか、サービスは未だにわからない。
 人生は愛だ。人生から愛を取ったら、何が残る?
 サービスにしてみれば、どちらも大切だ、と言おうとしただけなのに。
 尤も、ハーレムもこの頃、人を愛する行為を楽しんでいるようで、それは良かったのだが。
 一緒にクリスマスを過ごしたい、というのは、僕のわがままだろうか。
 ジャンとルーザーが死んでから、ハーレムは何となくよそよそしくなった。寂しい。
 だから、ハーレムを好きなあの男をけしかけたりしたのだが、結果は不首尾に終わった。
 その頃から、サービスはハーレムが愛しくて愛しくてたまらなくなってしまった。
 誰にも渡したくない。
 青の一族の末弟として誰からも可愛がられてきたサービスが唯一思い通りにならない相手がハーレムだった。
 シンタローのところにでも行こうか。
 シンタローのたどたどしい筆跡の招待状をもらったのは、一ヶ月前だ。
 どうせハーレムに断られたのだ。シンタローのところにでも行って、憂さ晴らししよう。
 そして、兄さん達にも会おう。グンマと高松もいるだろう。
 サービスは家を出た。
 自分で建てた木の匂いのする家だ。設計から建築から、自分でやれることは全てやった。もともと器用なのだ。
(ハーレムをこの家に招きたかったな)
 だが、それは無理というもの。ハーレムにだって自由意思がある。
 どうして双子の兄は、殺戮に血道を上げているのだろう。
 我が兄貴、聖なる夜に人殺し。
 そんな陰惨な句ができてしまった。
(僕は――君のそういうところが嫌なんだ)
 昔は優しかったのに。
 僕のところに来てくれよ。そして、昔話に花を咲かそう。
 戻ってこいよ。優しいハーレム。戦場なんかほっといて。
「…………」
 僕は、嫉妬しているのかもしれない。ロッドやGに。
 だって彼らは――いつでもハーレムのところにいるから。ずっとずっと傍にいるから――。
「帰っておいでよ、頼むから……」
 ソファに座りながら、サービスは人知れず、一滴の涙を流した。
 ジャン……。
 彼が生きていたら、また状況は違っていたかもしれない。サービスは確かに彼に惹かれていた。
 死んだジャンに似ている甥っ子のシンタローも好きだった。
 ルーザーは日本人と結婚したわけでもないのに、黒髪に黒い目の男の子が生まれるなんて、些か異変だと思ったのであるが――。
 高松も同意見のようだった。けれど、今はそんなことは関係ない。シンタローはシンタローだ。ジャンとは違う。
 シンタローは利発な子だ。
 そして――サービスを慕っている。
 子供に懐かれて嫌な気持ちになる者はいない。マジックでさえそうだ。
 あの血も涙もないマジックでさえ、シンタローの前ではでれでれだ。
 だが――彼は気付いていない。シンタローが本当の息子でないことを。
(ざまぁ見ろ)
 復讐はこれからだ。シンタローが或る程度大きくなったら、真相を発表しよう。
 さぞかし悔しがるだろう、マジックは。
 でも、それが復讐の主眼ではない。最初はそのつもりだったが、今では、本当にシンタローがマジックの息子だったらよかったのに、と思っている。
 サービスはシンタローにガンマ団を継いで欲しくなった。
 シンタローは――不思議と人を惹きつけずにはおかない魅力があるから。
 マジックのところへは明日行こう。そして、何日か滞在するのだ。
 マジックも喜ぶと思う。可愛い弟が帰ってくるのだから。
 そう――こんなぎくしゃくした関係でも……確かにマジックはサービスの愛を求めている。
 だが、彼とは永遠に相容れない。人殺しは嫌いだ。
 ハーレムだって嫌いだ――愛してるのに。
『好き』と『愛』は違うものだ。
 ハーレムが殺しをしない地位におさまったら――そして僕のことを赦してくれたのなら、僕は彼と共にこの湖畔の家に住もう。
 共に白髪の生えるまで……。
 ロゼワインを一本開けてしまった。ハーレムに似て、サービスは酒豪だ。意外に思う人もいるかもしれないが。
 少し眠くなったので、ソファの上で寝た。本来なら、こんな自堕落な行動を嫌うサービスであったが。
 時計の音と寒さで目が覚めた。
 夢を見ていた気がする。こっちの世界では知らない人がたくさん出ていた。筋は荒唐無稽だったような気がする。どんな内容か忘れてしまった。
「あ……」
 サービスは身を起こした。
 電話に向かう。かける場所はマジックの家だ。
「もしもし、マジック兄さん?」
「――サービスかい? メリークリスマス」
 低い、穏やかな声が答えた。マジックもサービスの前では立派な紳士然としていることが多い。
「兄さん、明日そちらに行ってもいいですか?」
「ああ、おいで。歓迎するよ。七面鳥でも焼いてね」
「ありがとう、兄さん。メリークリスマス」
「あ、そうだ。子供達へのプレゼントを用意してくれよ」
「勿論です」
 サービスはハーレムとは違う。前から用意していたのだ。
「ついでに兄さんのも持って行きますよ」
「悪いな。――ではなかった。ありがとう。サービス」
 メリークリスマス、とお互いまた言い合い、電話を切った。
 サービスの心の中で、ハーレムに振られた悲しみも寂しさも溶けていくような気がした。
 僕の想い、戦場の双子の兄にも届け! メリークリスマス!

2011.12.24
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