センチメンタル・ジャーニー

 バラ色の空に飛行機雲がたなびいていた。
 半年ぶりだろうか。最後にここ――ガンマ団に来たのは。
 そして、いままたこの懐かしい土地に、再び足を踏み入れようとしている。
 ヘリが、耳障りな音を立てて、着陸した。サービスが出入り口から降り立った。
「サービス様」
 丁重なお出迎えをしにあがったのは、制服を着た栗色の巻き毛の青年である。素直そうな若者だ、とサービスは思った。
「荷物、お持ちいたしましょう」
「ああ。よろしく頼む」
 サービスの声には、かしづかれ、人を命令するのに慣れている、或る傲慢な響きが、ほんの少しだが、混じっている。それもそのはず、ここガンマ団の人々は、本来なら彼の部下になっていたかもしれないからである。
 加えて、右側を輝かしい金髪で隠した美貌。サービスはその力を知っている。
 目の前の青年を凝視していると、青年は赤くなって、どぎまぎしたようだった。
 しかし、仕事はきちんとやる。
「こちらです」
「ああ、案内はいい」
「そうですか。では、荷物はお部屋にお運びいたしましょう」
 どうせ、トランクひとつの、それも、サービスにとってはそんなに負担にはならない荷物だ。だが、この青年にも、仕事を与えてやらなくては。
(兄さん――)
 サービスは心の中で呼んだ。慕わしいのか、疎ましいのか、それすらももう彼にはわからない。
 だが、彼の能う限り、愛想はよくしておくつもりだ。
 アポイントメントも取らず、大丈夫だろうか――いや、家族の結びつきを一番に考えるマジックだ。何かにつけ可愛がっていた弟を迷惑がることはしないのではあるまいか。
 今夜は思い出話に花が咲くだろう。ただし、彼のことは注意深くに触れずに。
 彼――ジャン。サービスが今はない、右目を抉り取るきっかけとなった人物である。
 彼の死に様は今でも頭にこびりついている。血みどろの死体。一日として忘れたことはなかった。
(ジャン――私が殺した男)
 後で、共同墓地に墓参りに行こうと、サービスは考えた。そんなことで、罪の償いができるとは思っていないが。
 シンタローとグンマにも会えるだろう。あの子達には、是非、会いたい。
 二人とも、少しは大きくなっているだろうか。大人に近づいているだろうか――大人になったからと言って、幸せな人生を送れるとは限らないけれど。
 シンタローもグンマも、サービスと高松が、次兄ルーザーの復讐として、すり替えたが、そんなこととはつゆ知らず、活発に元気よく、毎日を送っているらしい。マジックと高松は、過保護だが、愛情はたっぷり子供達に与えている。
(ミイラ取りがミイラになるとはなぁ……)
 自分の為に涙を流した兄、ルーザー。その死因を作ったのはマジックとハーレムだと、サービスは今でも信じている。
 マジックへの復讐は果たした。まだ結果は出ていないが、時を追うごとによって、ゆっくりと、報復は齎されるであろう。
 だが、ハーレムへの影響はどのぐらいあるだろう。彼へは――彼が衝撃のあまり、そのまま死んでしまうようなこと、というのは、一体全体あるのであろうか。ハーレム――己の双子の兄だが、彼には、直接毒を滴らせたかった。
 しかし、実は、彼の弱点をあまり知らない。彼が本当はどういう人物だったのかも。
 双子なのに。いや、双子な故に。
(今回は見送りにしよう)
 気紛れな突風が、彼の長い金髪を癇性に巻き上げる。そうすると、昔、右目があったところの傷跡と、虚ろな眼窩が現れた。

 足音高く、廊下を歩く。
「サービス様、お帰りなさい」
「サービス様」
 その美貌故か、下の者には優しい性格のせいか、サービスは、一般団員に慕われていた。
 以前は人形美人と言われたサービスも、右頬を髪で隠すようになってから、謎めいた美しさが倍加した。
 受付のグズベリーに、
「兄さんに会えるかい?」
と訊いてみた。
「只今ハーレム様が報告に来ております」
 仕事の関係であろう。
「そうかい。それじゃ、ゆっくり待たせてもらうよ。どうせ、急ぐ用件じゃないから」
 そう言い残して、休憩室に向かった。

 ――休憩室には男が一人。
 2mは超えているだろう。逞しい体が、皮ジャンの下で窮屈そうだ。サービスは、男に見覚えがあった。
「Gかい?」
「サービス様。お久しぶりです」
「その言葉使い――いつも言っているが、まるで執事みたいだぞ」
「はぁ……ハーレム隊長にも言われています。最近は、慣れてくださったようですが」
「元気だったか?」
「おかげ様で」
「吸わないか?」
 サービスは、Gに煙草を差し出した。
「ああ、おまえは、あの珍しい銘柄のやつしか吸わなかったんだっけ?」
「いいえ。そんなことはありませんが」
 Gはサービスから煙草を受け取った。
 サービスはライターの火を貸し、オレンジ色の火をつけた。己の分にも火を灯す。
 二人とも紫煙をくゆらす。
「この間はどこへ行ってたんだ?」
「S国の方に――少々手こずりました」
「おまえらが手こずったというのなら、かなりだな」
「人数が少ないものですから。けれど、隊長はゲリラ戦がお好きらしくて」
「あいつらしいな」
 サービスがくぐもった声で笑った。
 Gのおかげで、そう広くもない部屋が、ますます狭く感じる。ソファに腰かけたGには、小山のような、圧迫感みたいなものがある。
 サービスはしばし時を忘れた。あの男が来るまでは。
「おーい。G。会議が長引いて――」
 特戦部隊隊長、ハーレムだった。
「サービス!」
 少なからず驚いたようだった。
「来るなら来るで、ちゃんと連絡して来いよ。気儘になったなぁ。おまえ。前はあんなに神経質だったのに」
「人間は変わるということさ」
 自分みたいな世捨て人に、常識が何の役に立とう。サービスは、殆ど風来坊のような生活に慣れきっていた。
「これから、部下と一緒に戦勝パーティーやるんだが、おまえも来ないか」
「行かない」
「冷たい奴だな。――じゃ、行くぞ、G」
「はい」
 Gが、立ち上がる。
「ちび達によろしくな」
 今の台詞は、甥っ子達に対する、ハーレムの気遣いだったのだろう。
「ああ。シンタロー達とは、会うつもりでいたからね。それでは、ごきげんよう」

 マジックとしばし歓談した後、長い間寄り付かなかった家に帰ったサービスは、子供達のいるリビングに寄って行った。
「サービス叔父さん!」
 シンタローとグンマが、姿を見るなり飛びついて来た。
「久しぶり! 叔父さん! 会いたかった!」
 シンタローが言った。
「そうかい。僕も、シンタローに会えて、嬉しいよ」
「あのナマハゲも帰ってるんだって?」
「ああ。さっき会った」
「ハーレム叔父様も、帰ってたの?」
「ああ、グンマは知らなかったの?」
「うん」
「同じ叔父さんでも大違いだよなぁ。僕、サービス叔父さんの方が好きだよ」
「ありがとう」
「あ、それから、耳貸してよ」
 シンタローが何か言いたそうだったので、サービスは屈んで耳を近付けた。
「僕、パパよりもサービス叔父さんが好きだから」
「ねぇ、何て言ったの?」
 グンマが尋ねた。
「おまえには関係ないだろ。秘密だよ」
「えー、ずるい」
 グンマは、サービスの方をちらと見た。サービスは――笑顔を浮かべている。
「僕、天体望遠鏡をパパから買ってもらったんだよ。見せてあげる」
 シンタローが自慢する。
「僕も見ていいよね?」
「いいよ」
 シンタローの応えに、グンマの笑顔が、ぱぁっと輝いた。

 外は、もうすっかり暗くなっていた。
「ねぇ、叔父様、北斗七星って知ってる?」
「馬鹿だなぁ、グンマ。それくらい、誰でも知ってるよ。ね、叔父さん」
 サービスはくすくす笑いながら答えた。「ああ、知ってるよ」
「じゃあ、北斗七星が、十万年後には、ひしゃく型ではなくなることは、知ってる?」
「え……」
 シンタローは一瞬答えに窮したようだった。
「長い時間の間に、星座は変化するんだよ」
 グンマは得意そうに言った。
「じゃあ、あの北斗七星は、僕が今見ている北斗七星とは、違うものになるわけ?」
「形はね」
 サービスが穏やかに引き継いだ。
「ほら、サービス叔父さんも覗いてみて」
 シンタローは、自慢の天体望遠鏡――それも、一隅を占めるほど、大きなものだった――が、殊の他自慢らしい。
 サービスは覗いてみた。
 宇宙を眺めながら、サービスはいろいろな星座を思い出していた。
 カシオペア座は、北極星を見つける目印である。
 北斗七星はすぐに見つかった。
 十万年――長いように思えるが、案外あっという間なのかもしれない。
 北斗七星の並び方がずれる前に、サービス達も属する、青の一族という星座は、既に崩壊しているのだろう。たとえ、未来をシンタロー達に託することができても。それは、サービスにとって、唯一の希望だった。
 ステラ――ルーザーの妻だった人。あの人は、今、天国で何をしているのだろう。ステラと言う名前は、確か、コンステレーション(星座)から来ているはずだ。それとも、ステラが、コンステレーションという言葉に取り入れられたのだったか。ちなみに、コンステレーションには、美しきものの集まりという意味もある。
 人々は皆、宇宙を旅する星なのだ。それは皆、神の目にかなって美しい。
 それには、名前はない。
 もし、今の自分の旅に名前をつけるとしたら、サービスは、こう呼ぶだろう。――センチメンタル・ジャーニーと。

後書き
実は、この話には『完成版』というのが存在しているのだが、まだ書いていないし、内容は裏行きだし、というわけで、尻切れトンボながら、これをこの形で発表したいと思います。
それから、コンステレーションとステラという言葉の関係は、曖昧です。一応調べてはみましたが。というわけで、あまり本気になさらないように。

2008.10.3
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