マジックのさよなら

 赤のエリアの入り口で、マジックが顔面蒼白で突っ立っていた。
 ただごとではない、と感じたジャンは、取り敢えず、マジックの肩に手をかけた。マジックは身じろぎをして、その手を払いのける。
「何かあったのか?」
 ジャンは心配して言う。いつも自信たっぷりの子供だったマジックには珍しく、元気がなかった。
「さよならだ、ジャン」
「え?」
「僕は特別なんかじゃなかった……ただの化け物だったんだよ」
「いったいどうしたって云うんだ。話が見えないぞ」
「……僕は、村の人たちを……あんな力が僕にあったなんて、怖かったよ……あいつらが、おまえまで、僕のことを化け物だって言ってたって……だから僕は……」
「誰だよ! そんな嘘言った奴は」
「もう死んだよ。――僕が、殺した」
 マジックが小刻みに体を震わせる。泣いていた。
「僕は、おまえまで巻き込みたくない。だから、さよならだ」
「え?」
 ジャンが訊き返した。そして言った。
「俺は、おまえに殺されても、何ともないよ。ほら、番人は、秘石から体を造ってもらえるって、知ってるだろ」
「でも、僕は嫌なんだ! おまえを傷つけることが!」
 マジックが叫んだ。
「だから、もう会わない。この赤のエリアにも行かない。お母さんは寂しがるかもしれないけど、ジャンからよく言っておいて。それから――」
 マジックが顔を上げた。涙が溜まっている。
「僕のことを忘れないでいて」
「おお、マジック」
 ジャンが、マジックを抱き寄せた。
「俺がおまえのことを忘れるわけないだろう?」
「ほんとだね。ほんとにほんとに忘れないね?」
「ああ、だから――さよならなんて、そんな悲しいこと云うなよ」
「僕は、自分でけじめをつけたかったんだ」
「そうか……でも、何があっても、忘れることはないよ」
「ジャン――」
 マジックは、赤の番人の懐で、ひとしきり泣いた。これで、マジックの気が済むのなら、とジャンは思った。人を殺した、と云うのは気になるが、青の一族の力については、ジャンも知らないわけではなかった。両目秘石眼なら、その力も強いのだろう。一族も、大半は害のない者だが、稀に、殺傷能力を持った人間も現われる。
 しかし、ジャンは、マジックを見捨てる気はなかった。マジックが何と言おうとも。
「俺は、おまえの気の済むようにする。殺されたって、文句は言わない」
「だから、それが僕は嫌なんだ!」
 マジックが激昂した。
「僕、もうジャンとは会わない。この力をコントロールすることができるまで……おまえとは会わない」
「マジック……」
「もう放してくれ」
 ジャンは、マジックから腕を外した。
「忘れないね」
「ああ、必ず」
「――嘘だ」
 声のトーンを落として、マジックが呟いた。
「ジャンは忙しいから……僕のことなんて、すぐに忘れてしまうよ」
「そんなこと――」
「でも、僕は忘れないから。楽しかったよ――ありがとう」
「マジック――」
「もう僕に声をかけないでくれ! 同情だったらごめんだよ!」
 誇りを取り戻した青の一族の子供は、生半可な関わりをつっぱねる。
 彼とつき合うには、全か無か。それしかなかった。
「大人になる前に、この力、コントロールして見せるよ。そして――今度会うときは、おまえのただの友達ではなく、青の一族のえらい人だ」
 マジックは、走ってジャンから離れて行った。
 ジャンは、気がかりそうに、その小さな姿を、いつまでも目で追っていた。

 マジックの想像通り――青の長として、彼がジャンの前に現われたとき、ジャンはすっかり彼のことを忘れていた。

後書き
短いですねぇ。
元ネタをノートに書きつけておいたんですが、そのノートがどこかに行ってしまったんですよ(泣)
だから、手探りで書いてみました。
それにしても、ジャンてば、忘れっぽい……。

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