リズとバリーの結婚式

 暖かい陽気。爽やかな風の匂い。目に快い青葉。
 五月に、リズとバリーは結婚した。
 ――レックスは目に涙を溜めていた。これで二人が幸せになってくれれば、と。
 レックスの初恋はリズであった。しかし、レックスはバリーのことも好きであった。――友達として。友達と幸せになってくれるなら、レックスも嬉しいのだ。
「おい、バリー。リズ、泣かせるんじゃねぇぞ」
「勿論」
 リズとバリーがキスをする。カーンカーンカーンと教会のベルが鳴る。二人の幸せの絶頂の時であった。少なくとも、レックスは、そのはずだと信じ切っていた。
 俺が譲ってやったんだから、リズのこと大切にしろよ。
 レックスは二人に対してそう思う。
 リズはレックスのことも好きであっただろう。満更、レックスの思い込みではない。
 けれど、レックスは、宇宙飛行士になる夢を選んだ。宇宙船の乗組員。――皆は宇宙の船乗りと言っていた。
 リズとバリーは――ことにバリーはとても幸せそうであった。

 数か月後。レックスの乗った船、エクスカリバー号――。
「よぉ、レックス。こっち来てくれるか?」
「わかった、今行く」
 レックスは同僚に対して答える。
 そして、あの事故が起こった。隕石の衝突。救助活動のさなか、レックスは命を落としたのである――。

 レックスの死後、程なくして、リズとバリーも亡くなった。彼らは飛行機事故である。自分も飛行機事故で母親を亡くしているレックスには他人事とは思えない。――飛行機は世界一安全な乗り物であるはずなのに。
(けれども、お前らまで死ななくていいのに――神様とやらは何て残酷なんだ……)
 初めはそう思った。けれど、天国で暮らしているうちに、その思いは溶けていった。
 ――天国では、一番幸せだった時代の姿に戻れるそうだ。本当か嘘かは知らない。取り敢えず、レックスも、リズとバリーも子供の頃の姿に還っていた。
 噂には信憑性があるな、とレックスは思った。何故なら、子供の頃が一番幸せだと感じていたのはレックスだったから。
 レックスは、小学生の頃、リズに一目惚れした。そして、大人になったリズはそれはそれはたいそうな美人だった。――思えばバリーは本当に幸せ者だったな……と思うしかなかった。
(私、レックスくんのことが好き)
 あれはいつだったであろう――レックス達がまだ小学生の頃であった。
 けれど、レックスは、バリーがリズのことを好きなことを知っていた。それに――リズと結婚するには条件があった。
 宇宙船の乗組員になる夢を捨てること。
 ――レックスにはそれが出来なかった。
 子供の頃からの夢を捨てろなんて、それこそ酷な話ではあるまいか。それに、レックスは、多少、父親譲りの放浪癖があった。
 レックスの父親はハーレム。ガンマ団特戦部隊の隊長で、いつも世界中を飛び回っていた。広い世界を飛び回る――それが、ハーレムの強い夢である。その想いが、レックスにも遺伝したのかもしれない。――ハーレムはレックスが児童の頃に亡くなってしまったが。
 リズとバリーを包む空気はいつもどこか澄んでいた。お似合いの一対だ。だから、レックスも身を引こうとしていた。
「私ね……」
 少し成長したリズがいつか言ったことがあった。
「三人で結婚することが出来ればなぁと、いつも考えていたの……」
 レックスが何を言おうか考えていると――
「今のは忘れて」
 と、言われたので、忘れることにした。それにしても、一体なんだって急に思い出したのだろう。
 まぁいい。天国でも、リズとバリーは仲良しだ。
 だが、リズには不満があるようだった。
 リズ達には子供がいる。一人息子だ。その子が生まれたてのうちに、リズとバリーは亡くなってしまったのだ。
 ――リズはその子を育てたかったと言っている。そして、バリーも。
 レックスも二人の子供はさぞかし可愛いだろうと思っていたので、彼らの子供が生まれる前に自分が死亡したのは残念だと思った。けれども、今ではリズもバリーも、天国で幸せに暮らしている。レックスと一緒に。
 今、リズとバリーは水遊びをしている。飛沫が光を受けて輝いている。
 そうだ。これが、俺の求めていた幸せだったのだ――そう、レックスは思っている。
 光と影の彼方――。
 レックスは天国での生活も悪くはないと思いながら、リズとバリーと共にはしゃいでいた。

 リズがバリーと結婚する数日前のことを、レックスは思い出していた。
「レックスくん、どう、このドレス……」
 リズの母親が奮発したらしいドレス。縫いつけられたダイヤモンド。人工宝石とはいえ、素晴らしい輝きだ。
「綺麗だ……」
 レックスが呟く。
「ほんと、ほんとに?!」
「バーカ。綺麗だと言ったのはドレスのことだよ」
 レックスが悪態を吐く。こういう癖はなかなか直らないものだ。自分は素直な性質ではない。レックスは己を愧じた。
 けれども、リズはバリーのものに……要するに他人のものになるのだから――。
 相手がバリーでなければ、絶対渡さないのに……。いや、本当はバリーにも渡したくはない。
 レックスはぎゅっと拳を握った。けれど、夢を諦めきれない以上、リズはバリーに託さなければいけないのだ。
「ばあさんにも宜しくな」
「ええ。うちのお祖母さん、とても喜んでくれているの」
 リズは笑顔で言った。しかし、その笑顔には一筋の陰が見える。
 ――俺は、リズのことが好きだった……。どんなに好きだったか……。
 泣きたいけれど、レックスは泣けない。こんな時に泣けるように、出来てはいないのだ。涙を見せたらリズは、バリーとの結婚をやめて、レックスと結ばれたかもしれないのに――。
 俺は、宇宙へ行くのだから――。
 レックスは窓から空を見上げた。高い、高いところへレックスは行くのだ。宇宙がおいでおいでをしていた。
 ――それは、レックスの運命であった。
「幸せになれよ」
 そんな月並みな台詞しか言えなかった。

 そして――レックスは我に返った。
 穏やかな太陽の光。ひとひらの雲――あの、リズとバリーの結婚式の日にも似ていた。
 彼らはライスシャワーをくぐって車に乗った。小さな家で新婚生活を送って子宝にも恵まれた。
(幸せだったか? リズ、バリー……それとも、俺がいた方が良かったか? いた方が良かったと言ってくれよ。……それだけでも、俺は嬉しい)
 リズとバリーがレックスのことを好きだったのは、レックスといた子供時代の姿に戻っていることで証明済みだと思う。
 彼らはもう、自分で望む限りずっと子供のままでいられるのだ。レックスの放浪癖も、今はなりを潜めている。
 だが、いつかは――。
 いつかは自分も再び地上に降り立つだろう。別の姿で、別の名前で――。リズとバリーは見つけることが出来るであろうか。レックスの魂を宿した少年のことを。或いは少女かもしれない。
 だが、今は、もう少し、リズとバリーと一緒にいたい。
「あのね、レックスくん……私、結婚式ごっこやりたいんだけど……」
「おう、やればいいじゃねぇか」
「レックスくんはそんな意見なのね」
「相手はバリーだろ?」
 リズは目を見開いた。
「レックス」
 眼鏡のよく似合う優等生だったバリーが言った。
「この天国でも、リズくんは僕がもらうよ」
「好きにすればいい」
「レックスくん……」
 リズはレックスに選んで欲しかったようだった。けれど、レックスは思った。自分より、バリーと結婚した方が、リズは幸せになれると。
 まぁ、これはごっこではあるが。
「喜んで参列するぜ」
 リズの顔にさっと陰が走った。それが、どこかで見たことがあるような気がして、レックスは(デジャヴ、というヤツかな――)と、ひっそり思っていた。
「キスはするんだろ?」
「ええ、そうね――」
「……いや、指輪の交換だけさ」
 バリーが言った。バリーなりにレックスに気を使っているのかもしれなかった。
「遠慮せずにキスすればいいじゃねぇか。あん時はしただろうがよ。俺達がまだ生きていた頃――」
 レックスが囃し立てる。リズとバリーはお互いの顔を見かわして、赤くなった。

後書き
オリジナルキャラが主になっている話です。
モテるなぁ、リズ。
バリーもレックスもお気に入りのキャラです。我ながら素敵なキャラを作れたと思います(笑)。
2019.07.20

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