リサ・ウォーレスの結婚

 その日、ある男が娼館『無憂宮』へやってきた。
「ヴィンセント・ヴァン・カルロだ、宜しく」
 そのヴィンセントという男は毎回あたし――リサ・ウォーレスを指名した。
 セックスのテクもさることながら、あたしは次第にその男に惹かれて行った。
 そして、ある日ヴィンセントは言った。
「結婚して欲しい。リサ」

「どうしたらいいかなぁ……」
「どうもこうもないさ。結婚すりゃいいじゃないよ。満更じゃないんだろ?」
 レベッカママはあたしの心の内をズバリと言い当てる。
「でも、あたしにはギデオンが……」
「あの男は勝手にさせときなさい。どうせ男と両天秤をかける男よ。あら、ヴィンセント」
「あ――」
 あたしの頬は熱くなった。
「結婚はあたし、考えてないんだ」
「ふぅん……」
 ヴィンセントは首を傾げる。
「いつまでだって待つつもりだけど。だって僕はリサに惚れたからね」
「でもね――あたしには好きな人がいるの」
「構わない」
 彼は断言した。
「ほら、いい男じゃない。ね?」
 今までたくさんの男を見て来たレベッカママのお墨付きだ。
「でも、あたし凶暴だし、いい奥さんになれないわ」
「聞いたよ。アンタ小学生の時男子に金的かましたんだってね」
 ヴィンセントがくすくす笑う。
 ミリィ辺りに聞いたのだろうか。
「でもね、僕だって最初からいいお嫁さんを求めたりはしないよ。仲良くして喧嘩してまた仲直りして……一生かけて夫婦になっていくんだ」
 ヴィンセントの目は真剣だった。
 この人となら、結婚してもいいかもしれない――あたしは少しの感慨を頭に浮かべながら思った。

 そして――
 結婚式。教会の鐘が鳴り、ライスシャワーやコンフェッティが乱れ飛ぶ。ブーケトスももちろんした。女達がひしめきあった。
 ミリィが泣きながら、
「リサちゃんがいなくなると寂しくなるわ」
 と言っていた。
「駄目よ! そんなんじゃ! もうあたしはあの店にいないんだからね! びしっとしなさい! びしっと!」
「うん、わかった」
 ミリィが顔をきっと上げる。
「もうリサちゃんがいないとダメな私じゃない! みんなの嫌がらせにも耐えるんだ!」
「それでこそミリィよ」
 あたし達は抱き合った。
「いつでも遊びに来てね!」
「もちろん!」
「行くよ、リサ」
 ヴィンセントが促す。
「じゃあね、ミリィ」
「うん!」
 さあてと――次はあいつらだ。
 ライオンモドキに――あたしの初恋の相手。
「あら。今日も素敵な髪型ね」
「ふん。それは皮肉か」
「あら。人間並みの知能がついてきたようね」
「そうだよ。――なんだ、逃げるように結婚しちまってな」
「どこが逃げよ!」
「まぁまぁ。おめでたい席だ。仲良くやってくれ、――リサ」
 ふーんだ。悪いのはいつもあたしなんだもんね。
「喧嘩売らないでください。ハーレム隊長」
「めでたい席だ。茶々入れてやんなくてどうする」
「それだから皆誤解するんですよ。本当は優しいのに。この私は知ってます」
 注意してるんだか惚気てるんだかわかりゃしない。確かにこの男――ギデオンはハーレムのこと好きなのね。
 でも、もう関係ない。あたしはあたしの幸せを切り開くんだ。
 幸せは訪れるの待つものじゃなくて創るものだから。
 今ではもう、あたしにもそれがわかったから。
 だから――
 ばいばい、ギデオン。――いや、G。
 戦争で死なないでね。ハーレムは死んでもいいけど、こういうのに限ってしぶといからなぁ。
「相手はヴィンセントとか言ったな。なかなかいい男じゃねぇか」
「でしょう? あたしがこれと決めた男だもの」
「アンタ、見る目あるな」
「どういたしまして」
「あいつなら大丈夫だ。――でもリサ、物足りなくなったらいつでも俺んとこ来いよ」
「冗談。アンタのところに行くくらいならギデオンのところに行くわ」
「来られても困るんだがな……」
 ギデオンが苦笑していた。あたしは嫌いじゃないけど。彼のその唇を引き締めた顔とか。
 さぁ、ヴィンセント――夫のところへ行かなくちゃ!
「またね! 二人とも!」
「ああ。幸せになれよ」
「元気な赤ちゃん産んでくれ」
 ギデオンに言われなくても、あたしは丈夫な子を産むわ!
 あたしのDNAが入ってるんだもの。きっと健康な子に育つわ!
 女の子なら――男子に金的かますぐらい活発な子であって欲しいわ。あたしみたいにね。
 そして――うんとうんと可愛がって育てるんだ!
「リサ、昔の彼氏かい?」
「一人はね。もう一人は違う」
「あの金髪の男かい?」
「残念でした。黒髪の方よ。金髪の方は人間じゃなくてライオンモドキだから」
 それを聞いてヴィンセントは屈託なく笑う。
「どちらもいい男じゃないか」
「――ギデオンはね」
 その時、レベッカママが駆け寄った。
「おめでとう。リサ」
「ママ……」
「これ、少ないけど生活の足しにしておくれ」
 餞別までもらってしまった。
「こんなに受け取れないわ! ママ!」
「いいんだよ。子供が産まれたらこれでも足りないくらいさ。本当は私の家族の為に貯金してたんだけど、私には子供が生まれなかったからねぇ」
 レベッカママが涙を浮かべる。――さようなら、『無憂宮』。それからこんにちは。新しい暮らし。
 蒸気機関車の音が響く。次の列車にあたし達は乗るんだ。もう駅に行かないと。
 さようなら。数々の想い出――さようなら、みんな。

後書き
リサちゃんシリーズは一応これで終了です。
リサちゃんシリーズはほんとはもっとどろどろした話になる予定でした。ミリィも巻き込んで。
でも……
すみません、書く気力なくなりました(笑)。
若いとねぇ……どろどろしたもんも平気で書けるんだけどねぇ……や、今も若いんだけどさ(笑)。
でも、リサちゃんには幸せになって欲しいです。
ちなみに、ヴィンセント・ヴァン・カルロはヴィンセント・ヴァン・ゴッホのもじりです。
2013.8.18


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