レックスの夢

「……クス……レックス……」
 んだよ、俺を呼ぶのは――。
「レックス、レーックス!」
「……んあ?」
 担任のフルミが額に青筋を出してぷるぷる震えていた。
「廊下に立ってろー!」
 ……ちぇっ。

「レックスくん、まーた廊下に立たされるなんて――ちゃんと授業聞かないからそういうことになんのよ」
「んだよ、リズか――」
「ちゃんと呼んでよ。エリザベスって」
「リズはリズだよな」
「もう……リズってのはエリザベスの愛称でしょうが」
「なら、それでいいじゃん」
「レックスくん!」
 ――まーたうるせぇのがやって来た。
「授業中に寝るなんて言語道断じゃないか」
 学級委員長のバリーだ。
「わり。近頃不眠症でさ」
「君がそんなにデリケートとも思えないけど?!」
 そんなに意外かよ。
 けれど、確かに、この頃変な夢を見るのは本当だった。
 ビデオや動画で見るルーザーとかいう伯父の声とそっくりだったんだ。――何だろうな。あの声。俺を呼んでるみたいだったけど――。
 うーん……まっいっか。
 キーンコーンカーンコーン。小学校のチャイムが鳴る。そういや腹減った。
「おっ、弁当の時間だぜ。リズ、バリー、屋上行くぜ」
「あっ、待ってよ。まだ話は終わってないわよ!」
「……いいじゃないか。僕はもう諦めたよ」
「バリーまで……もう……」

 俺達はいつも屋上に集まる。風が気持ちいいのだ。もうすぐ、ここは一年で一番美しい時期を迎える。
 弁当のふたを取ると、小さな天ぷらや芽キャベツのゆでたのとかが現れる。
「いつ見ても美味しそうね。レックスくんの弁当」
 ――リズが言う。
「マジック伯父さんが料理好きなんだよ」
 亡くなったうちの親父はそんな料理好きでもなかったようだけどな――。俺はぱきっと割り箸を割る。
「レックスくん……君は将来やりたいこととかはないのかい?」
「――どういう意味だよ、バリー」
「毎日学校に来ているのに、君と来たら昼食に夢中で……」
「将来の夢? あるよ」
 リズとバリーが「え?!」と声を揃えた。
「あ、お前らにはまだ言ってなかったっけ。――俺さ、宇宙へ行きたいんだよ」
「宇宙……」
 リズ達が今度は顔を見合わせた。
「俺らのいる太陽系は銀河の端っこなんだよ――だから、いずれは銀河の中心に行ってみたい。グンマも高松もジャンも俺ならできるって」
「でも……君の言っていることはそれこそ夢物語だ。僕達はまだ太陽系を出ることすら出来ない」
「そうだねぇ」
 バリーの言葉に生返事をしながら、俺は味付けされた芽キャベツを口に放り込んだ。――旨い。
「で、でも、夢があるのはいいことじゃない」
「そうだな。リズくんの言う通りだ。これで、レックスくんが授業中起きていられればなぁ……」
 うるさいぞ。バリー。でも、バリーが心配してくれてるのも、わかる。
「だから俺、不眠症だって言ってるじゃねぇか」
「授業中寝ているのにかい?」
「夜眠れてねぇもん。俺――」
 寝たら寝たで奇妙な夢見るもんな。ルーザー伯父さんの声した夢とかさ。――これは眠っている時見る方の夢。
 俺の親父、ハーレムはルーザー伯父さんと折り合いが悪かったらしい。誰も何も言わないけど、なんとなくわかったりするんだ。そういうの。
「まぁ、リズくんがさっき言った通り、将来の夢があるのはいいことだよ。レックスくん。だから、ちゃんと学ぼうな。僕達と一緒に」
 バリーは俺よりちょっと前に生まれたからって、俺のことを弟か何かのように扱う。――俺が頼りないのがいけないんだろうけど。
 親父のハーレムは殺し屋だった。
 ――マジック伯父さんが殺し屋軍団の総帥だったこともあるが、親父も血に飢えた獣だったらしい。何でそんなやつから生まれたんだ俺。
 でも、宇宙に行くという夢は誰も傷つけないはずだ。そして、確かに誰も傷つく様子はなかった。
 みんな、一時期の憧れと思っているらしい。クラスに一人はいるよな。宇宙飛行士が夢ってやつ。
 でも、俺は本気だった。
 今のガンマ団総帥シンタローはいい顔しねぇけどな。どうやら、俺に地球にいて欲しいらしい。
 でも――日毎に呼ぶんだ。星達が、俺のことを。
 宇宙に同類がいる。そのことを頭に描いただけで興奮する。わくわくする。
 それに――パプワ島にはいろんなUMAが来る(ウマ子おばさんはUMAじゃねぇよな。ちゃんとした人間だよな――多分)。
 そんなことを考えながらパクパクと料理を片付けていく。やっぱりマジック伯父さんの飯は絶品だ。サービス叔父さんもなかなかの腕前だけど。
「おい、リズ。これ恵んでやる」
「ほんと? ありがとう」
「バリーにもやる」
「ほんとかい。いつもすまないな」
 ――何でこいつは謝るんだろう。
「バリー。そういう時はありがとう、だろう?」
(俺の一番好きなことばはありがとう――だ)
 いつか、シンタローがそんなことを言っていた。俺におけるシンタローの影響は絶対で、だから、俺もその言葉が好きだ。魔法の言葉だと思う。
「そうだったな。ありがとう」
 バリーは笑顔になる。眼鏡の奥の目が優しくなる。こいつ、本当は美形なんだよな。
 リズだって可愛い――本人には絶対言ってやらねぇつもりだけど。
 俺が宇宙に行っても、バリーにだったらリズを任せられる。バリーだって満更ではないはずだ。だってこんなに嬉しそうだもんな。
 俺は――宇宙に呼び寄せられている。グンマやジャンのいるところに引き取られたのだって決して偶然ではないはずだ。キンタローも俺を可愛がってくれる。
「どうしたんだい? お箸が止まってるよ。レックスくん」
 バリーの声で我に返った。
「あ、ああ……今食うとこだよ」
「何だか――君は僕達とは人種が違うんじゃないかって思え始めてきたところだよ」
「人種? 俺はお前らと同じ白人だよ」
「そういうんじゃなくて――特別に神様に選ばれた人のこと」
「そっかぁ」
 神なんてもんは信じてねぇけど――運命だったら信じられる。
「俺は……運命だったら信じるよ」
「――うん。君は、普通の運命を歩む人じゃないってことだ」
「ああ」
 なるほど。そういうことか。だったら話はわかる。バリーに対する俺の相槌に、リズが寂しそうな顔をした。
「近くて遠い存在だよね――レックスくんは」
「は?」
 俺が大人になったって宇宙に行ったって――リズとバリーだけは親友でいてくれると思ってたのに。
「何言ってんだよ。俺達、仲間だろ?」
「そうね――変なこと言ってごめん。ただ、レックスくんが宇宙に手招きされているようで――」
「リズ……」
 俺もそう思っているのだが、リズも的確な言葉を俺に教えてくれる。その時、リズがどんな気持ちでそんなセリフを言ったかなんて、俺は考えもしなかったのだ――。

後書き
レックスシリーズです。
このレックスくんのおかげで、私はまた、パプワ世界を書くのが楽しくなって参りました。
リズとバリーも大好きです! オリジナルキャラクターがお好きでない方、すみません!
2018.07.04

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