レックスと特戦部隊

レックスと特戦部隊

「おっと、失礼――」
 狐顔の男がニヤニヤしながら扉に体を預けている。
「気をきかせてもいいんじゃないの? マーカーちゃん」
 この男がマーカーか……ロッドが彼をじっと見ているみたいだ。
「いけない癖だぞ。ロッド。こんな子供を相手にするなんて――」
「レックスちゃんの方から抱きしめてくれたの! ――と言っても信じないかなぁ」
「信じられないな。お前、日頃の行いを顧みたことはないのか」
「――ロリ趣味はねぇの。まぁ、今のところはな」
 ロッドの瞳が怪しげに光って、レックスは背筋に悪寒を走らせた。
「まぁいい。Gはどこだ?」
「――うーん、知らね」
「ま、こんなところに出くわしたらあいつもショックだろうからな」
 マーカーがうんうん頷く。レックスは意味がわからなかった。ロッドもマーカーも、どうしてこう、意味のわからないことばかり言うのだろう。――大人になったらわかりそうな気もするが、なんとなく知りたくないような気もする。
 レックスはきょとんとしていた。
「意味がわからないって顔だな」
 マーカーがくっくっと笑った。黒い髪のチャイニーズ。どことなく、人を食ったようでもある。それに――
「マーカー?」
「ん? 私の名前を覚えたのか?」
「その頬の傷は?」
「あの馬鹿弟子――」
「アラシヤマちゃんの必殺技から俺達を守ってくれたんだよね!」
「最後まで言わせろロッド――まぁ、そういう訳だ」
「へぇー。えらいな。お前」
「隊長の方がよっぽど偉いですよ。レックス坊ちゃん。シンタロー総帥の命を救ったんですからね」
 マーカーはにやりと笑った。この傷さえなければ、マーカーはいい男で通っただろうに。いや、頬の傷がなくても、マーカーはいい男だ。――レックスは瞳をきらきらさせた。
(やっぱり、親父に似ているな。この男は)
 似た者同士というものだろうか。大切な物を守る為には命の危険すら厭わない。もし、特戦部隊の人間が全員そんな人物だったら――。
(俺も、そうなりたい)
 ただ、その為には、時々ロッドやマーカーの言っている際どい会話の意味も知らなくてはならないだろう。――レックスは本能でそう悟った。でも、それが、大人になるということなら。……まぁ、仕方ないな。
 もう少し、こいつらに付き合ってやるか。俺がここを出ていく時まで。
「んで? マーカ―はGに何の用があったの?」
 ロッドが訊く。
「――久々にあいつの淹れたコーヒーを飲みたいな、と思ってな」
「俺も上手いよ」
 と、ロッド。
「知ってる。でも、あいつのコーヒーが飲みたかったんだが……いないならいい」
「へいへい。どうせコーヒーの腕前はGには敵いませんよ」
「Gって――変わった名前だな」
 レックスが思ったことを口にする。
「え? ああ――コードネームみたいなもんだよ」
 コードネーム……スパイ物の話が好きなレックスは、孤児院でこっそりそういったハードボイルド小説などを読んでいた。映画館に紛れ込んで入ったこともある。――親父に叱られるかな。
 でも、コードネームというものはかっこいいように思われる。惹きつけられるのは仕方ない。ロッドが立ち上がる。
「俺、急にコーヒー飲みたくなったから淹れて来る。マーカーちゃんのもついでに淹れたげるよ。いいコーヒー粉買って来たから」
「わかった――貴様の不味いコーヒーで我慢する」
 さっきはロッドだってコーヒー淹れるの上手いとマーカーも認めていた気がするが……。――きっとロッドはマーカーの為にコーヒーを淹れてやろうとしたのだろう。どっちも素直でないヤツ、とレックスは思った。ロッドがニヤニヤしながら反駁する。
「不味いはないでしょ。マーカーちゃん。こう見えてもグルメのイタリアンだぜ。レックスちゃんはどうする?」
「俺も飲みたい」
「よしよし素直だな。砂糖は入れた方がいいか?」
 ロッドが言うと、レックスはちっちっと指を振った。
「コーヒーと言ったらブラックに決まってんだろ。大人の男はブラックって決まってんだぜ」
 マーカーとロッドが苦笑した。何でだろう。
(なんか変なこと言ったかな。俺――)
「わかったわかった。ブラックね。マーカーちゃんもだろ?」
「まぁな」
 ロッドは真新しい詰所のキッチンに立った。そして鼻歌を歌い始める。しばらくすると、辺りにコーヒーのいい匂いが漂ってきた。レックスはごくんと喉を鳴らした。
「Gのは豆を煎るところから始まるからな。そこまでやってらんねぇぜ。ま、焙煎したばかりのコーヒー豆は旨くないってどこかで読んだけどな。――それにあいつ、オリジナルブレンドもやってるし」
「Gのは凝ってるからな。それが、旨さの秘訣だと思うのだが――本でも読んで待っていれば、出来上がるのはすぐだ」
「それは飲む方の話でしょー!」
「悔しかったら腕を磨け。――それから、お前が上手くコーヒーを淹れることが出来ないからと言って、ここにいないGに八つ当たりするな」
「へーいへい。相変わらずマーカーちゃんは俺にきつく当たるんだから……そのうちGに淹れ方のコツ習おっと」
 コーヒー談義をかわすロッドとマーカーは嫌いではないな、とレックスは思った。どうやら、美味しいコーヒーを淹れるには手間が大事らしい。今まで、飲めればいいと思っていた自分は間違っていたようだ。
「んで? マーカーちゃんはエロ本でも読んで待ってんの?」
「馬鹿。お前はハードカバーでも読んで教養身につけろ」
「そんなもん身に着けたって腹の足しにもなんねぇし――」
「口説き文句のレパートリーが広がるぞ」
「そっかー。じゃ、読んでみましょうかねぇ」
 話が逸れたので、レックスは、(つまんねーの)と思った。マーカーが指摘する。
「お、レックスが退屈そうな顔をしているぞ」
「だって意味わかんねぇんだもん」
「じゃ、お兄さんが教えてあげましょうかねぇ」
「黙れロッド。――そのうち嫌でも知るようになる。レックス。大人になったらこの馬鹿の言ってることもわかるからな」
 そう言ってマーカーはロッドを指差す。
「――う……うん」
 レックスは首を縦に振った。
「可愛い! もう、可愛いなレックスちゃん――マーカースマホ寄越せ!」
「嫌だ! 自分の買え」
「そうだな。日本製の買うか」
「――随分な嫌味だな」
「マーカーちゃんがスマホ貸さないのが悪い」
 ロッドとマーカーが些細なことで喧嘩を始めた。やはりレックスにはさっぱり訳がわからなかった。
(俺もスマホ持ってるけど――言わねぇ方が良さそうだな)
 コーヒーを飲んだらさっさと退散しようと思った。
「――てなことをしている間にコーヒーお待ち」
「遅いぞ」と、マーカーが文句を言う。
「だって、お湯冷めてたから沸かし直したんだもん」
「――そうか。まぁいい」
 マーカーも納得したようであった。レックスもコーヒーを啜る。やはりミルク入れた方が美味しいなと思いながら。けれど、そんなことを言うと、二人に馬鹿にされそうなので黙っていた。
 ロッドの淹れたコーヒーは苦いが香りはいい。
「どう? マーカーちゃん。俺の淹れたコーヒーは」
「まぁまぁだな」
「レックスちゃんは?」
 レックスは、「まぁまぁだな」と、マーカーの真似をした。だって、あまりコーヒーを飲む機会がなかったから。孤児院では紅茶が主だったし。ロッドが口をへの字に曲げた。
「二人ともつれねぇの」
 その時、コンコンコンとノックの音がして、大きな男が入って来た。ロッドが言った。
「お。Gじゃん」
 強そうな髪に太い眉。逞しい体つき。そんなのが革ジャンを窮屈そうに着ている。レックスが訊いた。
「アンタ、コーヒー淹れるの上手いんだって?」
「…………そんな風に言われるのは光栄です。ちょうど飲み頃のコーヒー豆がありますから」
 Gはのっそりとキッチンスペースに向かう。コーヒーを淹れてくれるつもりなのだろう。
 コーヒーは――はっきり言ってGが振る舞ってくれたものの方が美味しかった。マーカーにもそう言われ、ロッドは「酷い! 俺だって本気になれば!」と、ハンカチを噛み締めながら泣いていた。

後書き
コーヒー談義は父の意見も取り入れました。
「コーヒーにこだわる人は豆を煎るところから始めるんじゃないか?」と言われて、「え?」と目をきょとんとさせられたことを覚えています。
マーカーちゃんが意外と好みの性格になったので楽しかったです。
2018.07.31

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