レックスの修業時代

 レックス、十七歳――。
 今、修行の為、僻地に叔父のサービスと二人でいる。サービスは父ハーレムの双子の弟なのだ。
 そして、今、秘技がレックスに受け継がれようとしている。
「はぁぁぁぁぁ!」
 ぽんっ!
「あれ?」
「ははは、それでいいんだ。初めから私達一族の秘技――眼魔砲が撃てるだなんて大したもんだ」
「――俺は純粋な青の一族じゃないからね」
「そうは言ってない。お前もそろそろ力の使い方を覚える時期が来たからな。私もだが、ハーレムも眼魔砲が撃てた」
「知ってるよ。兄弟喧嘩の時はうるさかったって、団員のおっちゃんから聞いたもん」
「……しかし、その力があったからこそ、青の一族は――ガンマ団の元総帥マジックは世界を総べることが出来たんだ」
「でも、今は――そんな力あったって意味ねぇよな。現在のガンマ団は半殺し屋軍団だし、平和事業にも手を出しているし。亡くなった親父みたいに、手を血で汚す時代は終わったんだ……」
「そうだぞ。――お前はこれから、平和の為にこの力を使っていくんだ」
「……うん」
「さっ、続けるぞ」
「あのさ、サービス叔父さん。訊きたいことがあるんだけど……」
「何だい?」
「シンタローも……眼魔砲が撃てるんだよね。――今は怒るとしょっちゅう撃ってるけど。あの……もしかしてシンタローも初めから出来たの?」
「ああ、あいつも最初から撃てたぞ。――お前のと威力はどっこいどっこいだったがな」
「コタローは?」
「コタローか……あの子は6歳の頃から撃てたぞ」
「へぇー! すっげー! 流石コタロー! かっけぇ!」
「まぁ、それは自分を幽閉していた父親のマジックを倒す為に発動させたものだったがな……あの子は可哀想な子だったよ。今はレックスもいるし、幸せそうで良かったがな」
「…………」
 マジックが昔、幼児だったコタローを幽閉した。知ってはいたものの、改めて聞かされると、結構、重い。自分はコタローや、シンタローや、キンタローやグンマのことも幸せにしてやりたいのに――。
 グンマとキンタローが作ったタイムマシンで、コタローを幸せにしてやりたい。でも、多分、今の自分にはそんな力はない。
 それよりも、修行に専念しなければ。
「サービス叔父さん――俺、頑張るよ。親父の代わりに、人を幸せにする為に」
「――シンタローはそうは言わなかったな」
「……じゃあ、何て言ってたの?」
「強くなる――と。マジックより、私よりもっと強くなる、と」
「それって、周りの人々を幸せにする為だよね」
「そうだな。……シンタローは優しい子だったからな」
「コタローはどうなの? コタローも修行したんだろ? でも、コタローは充分強かったんだよね。――どうして修業したの?」
「あの子の修業は……力を押さえつける為のものだった。力をコントロールさせる為、と言い換えてもいい」
 ひゅうっと、風が鳴った。砂埃が舞い上がる。
「力を押さえつけなくても――有り余った力を人の為に使うことは出来るよね?」
「ああ。私もそれを願っている」
「コタローは優しいよ。俺にも随分良くしてくれた。きっと、あの島がコタローを変えてくれたんだよね。ほら、何て言ったっけ。あの――パプワ島。シンタローも、あの島で変わったって……」
「パプワ島か……その名も懐かしい。私達は随分、第一のパプワ島を踏み荒らして行ったものだがな……」
「でも、島はよみがえったし、人の心も穏やかになった。パプワ島、俺は好きだよ。修業が終わったら一緒に行こうね。皆で」
「ああ――」
 皆で――。レックスは自分の言葉を反芻した。父とも行きたかった、パプワ島に。
 けれど、仕方がないのだ。父ハーレムはもうこの世にはいないのだから。けど、想いは届けたい。レックスは空を仰いで祈った。――誰もが幸せになるように。例え、それが不可能なことだとしても。
(親父……)
 再び、ひゅう、と風が吹いて行ったような気がした。ハーレムの気配を感じた。
 死人は、いつでも、生前身近だった存在を見守っている。
 ハーレムはいつでもレックスを護ってくれている。レックスはそう考えた。

「寝るぞ。レックス」
「うん。もうへとへと……」
「――今日は眼魔砲を初めて撃ったんだ。疲れるのも仕方ないさ。自分の寝床は自分で確保しろ。おやすみ」
 サービスは寝てしまった。レックスは、体は疲れているのに、眠れないというあの感覚を味わっていた。
 いつだったか、ジャンがぽろっと洩らした言葉。
「パプワ様は赤の一族だったんだよ」
 ――あのジャンのことだから、わざとかもしれないが。とにかく、その言葉がレックスの頭の隅に引っかかっていた。
 あのパプワが赤の一族……。ということは、秘石眼のことも知っているのだろうか。それとも、自分が秘石眼の持ち主であったりもしたのだろうか……あの温和なパプワが……。
 パプワが子供の頃、シンタローやリキッドをこき使っていたという話だけでも信じられないというのに――。
 けれど、いつぞや、コタローが言っていた。
(パプワくんて、あの頃からすごく強かったんだよ。大人達なんか目じゃなかったね。スーパー少年だったよ。チャッピーもすごく強くて――僕はパプワくんと遊んでいるだけで楽しかったんだ……)
 パプワ・ジュニアも強いけど、パプワ程ではなかったと聞く。だけど、ジュニアは母親似の優しい男である。
 パプワは島の皆に好かれていた。
(俺もああなれたらな――)
 パプワを目標に、レックスは眠りについた。「おやすみなさい」――そう呟いて。空には星々が輝いていた。

 そして、この日もまた、レックスは修行に明け暮れていた。修行最後の日である。
「違う! そうじゃない! ――昨日は出来ただろう」
「う……うん」
「もっと右手に気を溜めろ! そうだ――もっとだ……」
 ――サービスがGOサインを出した。
「撃て!」
 レックスの眼前に大きな穴が開いた。レックスは興奮して、肩で息をしている。
「これ、俺が?」
「そうだぞ。これで、お前に教えることはもう何もない」
「何で?! 俺の力のコントロール方法を教えてくれんじゃねぇの? ――今度は」
 サービスはにやっと笑った。
「私がそれを考えないとでも思ったのかい? 眼魔砲が撃てれば、力のコントロール方法は会得したと言ってもいい」
「へぇ……一石二鳥でお得じゃん」
 レックスのその台詞を聞いたサービスがふっと笑った。その後、唇を引き締めて右手で口元を押さえた。明らかに、笑いを堪えている。レックスが首を傾げた。――何だろう。
「何かおかしいの? サービス叔父さん」
「いや、お前の父さんもお得が好きなヤツだったと思い出してみてね……まぁ、そのお得から得たお金を競馬で使っていたのだが。……そういえば、レックスは競馬に興味がなさそうだね」
「馬自体には興味あるけど。美しいし」
 数年前、レックスは馬に乗せてもらったことがある。目線が高いし、少し怖くもあったのだが。あの頃は背丈も小さかった。この数年で今の背丈まで伸びたのだ。
「俺は馬に乗ってる方が好きだな」
「ハーレムは乗馬も得意だったよ」
「――牧場長にも聞いたよ。何だよ。親父のヤツ。騎手目指せば良かったのに」
「彼は賭け事の方が好きだったからね」
「騎手の方がかっこいいのにな」
 レックスは父親を幻想化している。いつだったかサービスはそう言っていた。けれど、レックスは父親には強く逞しくかっこよくいて欲しいのだ。例え、会ったことのない父親でも。
「ハーレムも充分かっこいいよ」
 サービスはぼそっと言った。これ以上言うと、ハーレムの死のことに触れなければならなくなるので、いい加減イヤになっていたレックスは黙っていた。
「お、ヘリだ。――兄さんがよんでくれたのかな」
「サービス叔父さん。風土病にかからなくて良かったね」
「お前もシンタローも丈夫だからな。コタローは……ここまでしていいのか、と自分に問いながら修行していたものだったがな」
「コタローも元気だったんだ」
「ああ――あの我慢強さはマジックに似たよ。そして、お前もだ。レックス。お前もいざという時全力を出すところがハーレムに似ている」
「へへっ」
 レックスは肩を竦めて笑った。サービスも笑った。
「さぁ、今から帰ろう。そして、マジック兄さんに修行の成果を見せてやろうじゃないか。――尤も、マジックとコタローは力はお前より強いがな。強きゃいいってもんじゃない」
 レックスはこくんと頷いた。――力よりも強いものがある。レックスはそれをいつも感じている。あながちシスター・アグネスの教育のおかげばかりではない。彼らはヘリに乗り込んだ。

後書き
レックスも修行します。サービスに習って。
サービスはものを教えるのが上手そうですね。サービスはコタローの師でもあります。
2019.08.10

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