レックスの選択2 ~光と音也~

 この世には、闇を……死を弄ぶ人間がいる。
 俺は、それをジャンのことだとは思わなかった。思いたくなかった。だけど、ジャンとアス。どちらを信用するかといえば――。
 俺にとっては、断然アスの方が信頼がおけるんだよなぁ。善悪を超えた形で。――ジャンには悪いけど。俺はジャンにすごくすごく世話になった。けれど、それとこれとは別問題で。
「どうしました? レックス」
「アス――俺はアンタの方が信じられるよ」
「レックス!」
 ジャンが悲鳴じみた声を上げる。
 だって、ジャンて、時々謎めいた発言や行動するんだもん。それはいいんだけど。俺もジャンは嫌いじゃないし。
 けど、アスの方が正直って気がすんだよな。自分や周りに。ま、性格は悪いだろうけど。
 でも、ジャンがシンタローを刺したって噂が密かに流れてんだ。マジック伯父さんもシンタロー自身も何も言わないけれど、それを真実だと思わせる何かがジャンにはある。
 ジャンは友達にはなれるけど、相棒にはなれそうもない。――サービス叔父さんはよく、ジャンと付き合ってられんな。
 勿論、ジャンのそういうところがいいってヤツらもいっぱいいるんだろうな。
「レックス」
 アスは嬉しそうな顔をした。けれど、俺は――。
「俺はアンタにもついて行かない。俺は第三の道を探す」
 テーゼとアンチ・テーゼ。そこから生まれるジン・テーゼ。
 そのジン・テーゼを俺は大事にしたい。
「わかった。好きにやれ」
 ――アスは、俺に言った。ジャンは何も言わない。
 さよなら、アス、ジャン……。

 ……ん?
 気が付くと、見たことのあるようなないような少年が俺の顔を覗き込んでいた。
「あれ?」
「あれじゃないよ。光ぅ!」
 ああ、そうか。今の俺は星光。俺の来世だかなんだか知らないが、とにかく、もう一人の俺。
「何? ぼーっとしちゃって。……白昼夢でも見た?」
「お前にゃ……関係ねぇよ……」
「うん。そうなんだけどさ――僕達、友達だろ? ……僕、同じ年頃の友達が出来て嬉しいんだ。刃も遊んでくんないしさぁ――。闇丸はいけない遊びしてそうだけど」
「お前、誰だっけ?」
 ふぁ~あ、と欠伸をしながら俺は訊く。
「だから、僕は音也だって言ったろ。そんで、君が星光」
「ああ……うん」
「何か頼りない返事だなぁ……。自分の立場わかってる?」
「――知らねぇよ」
「僕は刃と来たんだよね」
 刃……そういえば、聞いたことがある。さっき……。防人の一人だって言ってた聞いたような気がする。やっぱり白昼夢見たんだろうか。俺……。
 音也がじーっとこっちを見ている。
「――何だよ」
「なんか、さっきまでの光と違うよ。アンタ、何者?」
 音也、こいつ――見た目と違って頭が切れるらしい。それに、友達って……。確かに、俺は星光とは違う。俺はハーレムの息子、レックスだからな。
「その前に、俺に質問させてくれ。……どうして俺がさっきまでの光と違うと?」
「んー、なんか、においが違うんだよな」
「……におい?」
 俺はくんくんと腕の匂いを嗅いだ。――別段臭くはない。
「あー、もう。僕が言ったのは、光が臭ってるって訳じゃなくて――ほら、よく言うだろ? 怪しいヤツなんかが目の前にいると、『こいつ、におうな――』と思うの。さっきまでの光は闇丸と同じにおいがしたけど、今はしてない。そんだけ!」
 俺はごくんと唾を飲み込んだ。そして、闇丸、という名前を胸に刻み込んだ。
 ……音也には、隠し事出来ねぇかもしれねぇなぁ。でも、訊いておきたいことがあった。
「ここは……どこ?」
「あー、やっぱりお前光じゃないんだー。ここはグリーンのアースガルズって空中都市だよ」
「……外からの眺めが見事だな」
「グリーンのヤツらは皆、このアースガルズに住んでんだって。何でこんなとこに住んでんだろうな。緑が嫌いなのかな」
 緑が嫌い……。
 だが、その理由はわかるような気がした。このグリーンの眺めは美し過ぎる。人をも寄せ付けないような――何か訳があるんだろうな。俺には到底理解出来ない何か。
「さ、今度は光の番だよ」
「俺の番?」
「うん。君の秘密を教えてよ」
 俺は――音也にだったら教えてもいいような気がした。俺にとっては初対面に近いようなこの少年のことを信用していた。アスとは違った意味で。全く、不思議な少年だ。
「俺は……レックス。光の前世の姿と言ったらいいかな」
「レックスかぁ……かっこいい名前だな。王様って意味でしょ?」
「まぁな。そんで、気が付いたらここにいたって言う訳」
「やけにあっさりとした説明だね」
「仕方ねぇだろ。他に話すことないんだしさ――」
 ジャンとアスのことは今は話さないことにした。俺は説明が得意ではない。ジャンとアスのことについては、俺だって混乱しているんだ。
 けど、音也とは仲良くなれそうな気がした。
「んじゃ、レックスの光くん。僕は暗黒惑星ブラックから来た。刃と一緒に。ブラックの一番偉いヤツ――将軍の甥っ子さ。まぁ、だからと言って、僕はあんな変人じゃないけど」
 血を引いた存在が変人ねぇ……そういや、俺の周りも変人ばかりだったな。――俺はくすっと笑った。
「あー、光、可愛い。笑うと可愛いんだよな。どんなヤツでも。刃も笑ったら可愛いかな。――いや、あいつは仏頂面の方がいいか……」
 何とも積極的で明るくて、おしゃべりなヤツだ。
「ま、いいや。刃はなんか一人でいたいみたいだし、僕は退屈で死にそうで腐乱しそうだし……。僕にとっては光が星光だろうがレックスだろうが、退屈しのぎになるならちっとも構わない訳」
「…………」
 神様、何でこの少年を俺に会わせたんだ!
 確かに、音也はいいヤツみたいだし、嫌いではないけど――。というか、友達と言われて正直嬉しかったけど……。
 ……光の意識は今、どこにいるんだろうな。俺は光に申し訳なく思った。
 なんか、二重人格みたいだな。俺……。
「行こう、光」
 音也がにこっと笑う。ちょっと垂れ目がちな目。しかし、結構可愛い顔立ちをしている。ショタコンでブラコンのシンタローが見たらどういうかな。
 ――でも、行くってどこへ?
「音也……どこへ行くって言うんだよ。お前、アースガルズ詳しいのか?」
「全然」
 俺はコケそうになった。何だよ、ただの迷子じゃねーか!
「ここに来たの初めてだしぃ……」
「あー、さいでっか」
「でも、歩いていればゴールには付くってね。君と俺が出会ったのは運命なのさ」
 どんな運命だか……けれど、俺はこの世界の秘密を知りたくなって来た。
 紅……そうだ。紅はいないのだろうか。夢の中で何度かあった、俺の防人。
「音也……紅知らね?」
「紅ねぇ……刃になんかそういう名前の弟がいるって聞いたことがあるけど……何でも狂犬みたいなヤツだって。弟はいじめるし」
 ――なんか最悪なヤツに思えて来たな。そんなに悪いヤツには思えなかったけど。
「……でもね、刃、こうも言ってたよ。兄弟の中で一番真っ直ぐなヤツだったって。――何でも、マスターにすんごい忠誠誓ってて、彼の言うことなら何でも聞いたって」
 そのマスターって、まさか俺じゃねぇよな……。
「光もなんか話してよ。それとも、頭真っ白?」
「――らしい。俺は、レックスとしての記憶しか持ち合わせてないからな」
「星光。お前面白いぞ。僕の遊び相手になれ」
「別にいいが……?」
「じゃ、探検だ。おー! ……刃には勝手に動くなって言われてんだけどな。あいつ、芯はしっかり通す方だから、いたずらすると怒って怖いんだ」
 そう言う音也の表情は笑顔だ。刃とやらに信頼を置いているのがわかる。
「光。僕の親友になってくれる?」
「勿論!」
 わりーな。星光。勝手に返事して。でも、俺はこの少年が気に入った。――変な意味じゃなくてだぞ。でも、光がもし俺の来世の姿だったら、光も音也を気に入ったに違いない。

後書き
音也好きなんです。ほんとに不思議な少年ですね。
レックスが光の中にいる間は、光はどこにいるのか……私も疑問に思ってなりません。
2019.10.31

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