レックスの選択

「レックス……」
 この特徴のある髪型は知っている。――元・青の番人、アス。オレのファーストキスを奪った男。
「お前は、将来、ジーンバンクの子供になる」
 え? ジーンバンクって、何だ? 疑問に思ったので、俺はすぐにアスに訊いた。
「ジーンバンクって、何だよ」
 ――アスが、ふっと笑った。
「……そのうち、わかる。言葉の意味は後でネットででも調べろ。載ってるはずだからな。それにしても気の毒な――ジーン・バンクの子供達……」
「おい、アス」
 また聞き覚えのある声だ。ジャンだ。
「ジャン……? ああ、あの、ノアプロジェクトの。一見のほほんとしてるけど、本当はすげぇんだってな。あ、こっちはアス――って、アンタもう知ってるようだな」
「ちょっと待て、レックス……ジャンが? 凄い?」
 アスがジャンの方を見た。ジャンがニヤニヤしている。レックスもジャンの方を見た。
「はーっはっはっはっ! ジャンのヤツが偉いって? こいつは大笑いだ。あのジャンがなぁ……リキッドもシンタローもこれを聞いたら笑うと思うぞ。或いは苦笑するかだな」
 アスが偉そうに言う。やっぱりこいつも偉そうだ。
「ふぅん……」
 まぁ、アスはジャンの弱みを握っているのだろう。なんか、そんな感じだ。ジャンがぶすくれる。
「何だよ。レックスが俺のことを尊敬してるからって」
「いや、尊敬まではしてないけど……でも、皆、ジャンのことはすげぇって言ってたから――でも、バリーはジャンのこと尊敬してるかもな。科学が好きだから。ジャンのこと褒めちぎってたからな」
「へぇ……そうだったんだ……」
 ジャンが嬉しそうに呟く。ふん、とアスが鼻で嗤った。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。レックス――アスの言うことは聞くな」
 ジャンは俺の体を抱き締める。どこか男臭いジャン。そのジャンの匂いは俺にとっては心地よかった。――うっとりとなってしまう。
「ふん。レックスを騙くらかすつもりか? ジャン」
「それはお前だろう!」
「貴様には言われたくないぞ。チャンネル5なんて計画にレックス――いや、光を巻き込んで」
 光?
「俺、光って、聞いたことある。星光だろ?」
「その通りだ」
 アスが頷く。
「星光? 誰だいそれは――……まさか……!」
 ジャンが俺に視点を合わせる。ジャンは知っているのだろうか――星光のことを。やっぱり、なんか知らないけど、ジャンが俺をチャンネル5計画とかに巻き込むなんて、いくら何でもそんなこと……いや、やるかもしれない。ジャンは目的の為には手段を選ばないところがあるから。
「レックス、聞くな。アスの言うことは――」
 ジャンが焦り始める。わかったから、そんなに乱暴に揺さぶるなよ……。――その後、ジャンは我に返ったようで、俺から離れ、アスの方に向き直った。アスはまたせせら笑いながらこう言った。
「レックス、耳の穴かっぽじってよっく聞け。こいつは信じた者を最後に裏切る男だ。高松もよくぞ言ったものだ」
 高松? もしかして――ドクター高松? あの、鼻血ばかり出している。けれど……あいつも本当は凄い科学者だって聞いている。キンタローとグンマの先生らしい。
「高松も関係してるのか?」
「レックス、聞くな!」
 ――聞くなって言っても……俺に関する話みたいだし……それに、俺はアスの話をもっとよく聞きたかった。そりゃ、アスのことを信じた訳ではないけれど――けれど、ジャンを信じた訳でもない。
 意見は……ひとつでも多く集めた方がいいだろう? ――まぁ、あまり話を聞き過ぎて混乱しちまうこともあるかもしれないけど――。
「愛するレックス……高松はお前を殺そうとするだろう」
「まさか」
 俺はくすっと笑った。だって、あの高松だぜ。キンタローとグンマを見る度、鼻血を流している変態だぜ。本当は偉い科学者なのかもしれないけれど、普段の高松を見てると、どうもそうとは思えない。
 けれど、ラボで働いている高松を見ていると、熱心で、やっぱりこいつ、本当は凄いのかもな――と思ってしまう。ひとから聞いた噂、マッドサイエンティストだけど、本当はとても頭がいいんだと。
 高松はいつもお茶を用意してくれる。高松の噂を聞いていた俺は、少し警戒していた。
(飲みたくないのなら、飲まないで構いません。だけど……美味しいですよ)
 そう言って高松は平気でカップを傾ける。俺もそれにならう。――確かに旨かった。
(これ、ダージリン? スリランカ? アッサム?)
(おやおや。貴方は紅茶にすっかり詳しくなりましたねぇ。サービスの受け売りですか? シンタロー君も紅茶を淹れるのが上手かったですよね)
(うん……シンタローの紅茶……好きだよ)
(このお茶は私がブレンドしたのですよ。悪くはないでしょう?)
(うん、美味しいよ)
 そう、高松と会話を交わしたことを思い出したのだ。高松も器用なのか、いつも美味しいお茶を出してくれた。サービス叔父さんの美容の秘訣も、そのお茶にあると聞く。
 サービス叔父さんは、年齢的にはもうじいさんなのに、いつまで経っても美しいままだ。――どこか不自然なくらい……。
「レックス。お前は生の宇宙と死の宇宙、どちらを選ぶ?」
 ――アスが、俺に究極の選択を迫って来た。
 そりゃ……生の宇宙の方がいいに決まってるわなぁ。
「俺は、生の宇宙を選ぶよ」
「そのセリフ、どこまで言い続けられるかな。レックス――いや、星光」
「俺は、どこまでだって希望を見つける道を選ぶよ」
「希望ほどあてにならない物はない」
 そう言って、ジャンから俺を奪い取ったアスは俺の顎を掴んだ。アスの顔がドアップになる。俺は顔をそむけた。
「レックスから手を離せ。――アス。でないと、この俺がハーレムに叱られることになる」
「え? ジャンて、うちの親父怖いの?」
「全然。――怖いのは己自身だ」
 怖いのは己自身……一体どういうことだろう……。ジャンにはまだ、秘密というものがあるのだろうか……。
「俺を選んだ方がいいぞ。レックス。ジャンは、サービスのことしか頭にないんだから……サービスの為ならお前のことを人身御供にしたって何とも思わないヤツなんだから――」
「…………」
 俺は、ジャンに世話になってる。だから、ジャンの弁護をした方が良かったのかもしれない。けれど――。
 俺はこう思ってるのだ。ジャンなら――この男なら、何だってやりかねない。
 シンタローからジャンの話を聞いた時、ジャンがシンタローを殺したことをちょこっと聞いた時、俺はすぐさまシンタローの方を信じた。
 口は悪いし、ちょっと俺様だけど、シンタローは嘘を吐くようなヤツではない。
 そして、同じ匂いがアスの言葉からもしてくるのだ。シンタローとアスは、似ているのかもしれない。誰も、何も言わないけれど、アスはシンタローに近い人なんだ。きっと。
「レックス。ジャンの間抜けな三枚目面に騙されない方がいい」
「……誰が三枚目面だ、誰が」
「チンとか言われて……立派に三枚目面じゃないか」
「あ痛! そのネタで引っ張るなよ――」
 何だか、夫婦漫才風になって来た。こいつら、もしかしたら漫才コンビを組んだら笑いが取れるんじゃないだろうか。
「俺は――青の秘石に捨てられたんでね。どこも行くとこないんだよ。だから――宇宙を創るしかない」
 宇宙を――創る?
「それこそがノアプロジェクトの核だ」
 ジャンも反論する。
「……お前はサービスと己さえいれば、どうだっていいんだろう……紅がどんなに苦しむか知らないで。お前はそういうヤツだよ」
 紅? その名前も前に聞いたことがあるような気がする。
「あ、あの――紅って……」
「レックス。君が来世では星光なら、聞いておいた方がいいかもしれない。――紅はお前の防人だよ」
「まもりびと……」
「紅だけじゃない。炎、雷、剛、刃――そして紅。五人の主に、君はなるんだ」
 説明を終えたジャンが俺をアスから引き離す。
「それは嘘だ」
 と、アスが言う。
「ジャン――お前はいつも謀略を巡らしている。高松と同じだ。お前は高松と同じ人種なんだ!」
 アスの台詞――最後の方では悲痛な響きを帯びる。
「高松のことは……聞きたくない。あいつは、ノアプロジェクトには確かに必要だが――プロジェクトが終われば必要なくなる。俺は――泣いて馬謖を切るしかないんだ」
「お前こそ、高松に負けず劣らず危険人物のくせに……高松よりも危険かもしれんぞ。今までの道化の仮面を捨てたお前は、紅をも利用する」
 アスが厳かに語った。えーっ?! 高松とジャンって、変態同士仲がいいと思ってたのに……。
「紅を……利用するだって……?」
 紅のことは、夢で見たことがある。悪いヤツではなさそうだった。
「己が創ったからくりで、己を殺してしまうのだよ。ジャンと言う男は――。こいつが仕組んだのは、人をも巻き込んだ自殺だ」
 俺は、かたかたと震え出した。まさか、そんなこと……いや、ジャンなら、この男ならやるかもしれない……。アスが続けた。
「絶望した人間は、死を選ぶことだってあるんだぞ。それにこの世には――死を……闇を弄ぶ人間もいるんだ……」

後書き
これから、レックスはどんな選択をするのでしょうね。
尻切れトンボでごめんなさい。レックスくんにはうんと悩んで、自分なりの答えを出してもらいたいと思います。
2019.10.21

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