レックスと算数

「あー! やっぱりここにいた!」
「げっ! リズ」
 リズとバリーがわざわざレックスを探しに来たのである。――サービスが窓を開けた。太陽の匂いがレックスにも感じられる。
 ここに雨は滅多に降らない。大抵快適な天気である。爽やかな陽の光に包まれて。それが、ハーレムには物足りなく感じられるだろうが、レックスにも父親ハーレムの気持ちは、わかる。
「もうっ! いつまで経っても変わらないんだから! レックスくんは!」
「冗談じゃねぇ! 俺は大人になったこともある!」
「じゃあ、どうして今子供なのよ!」
「知るか!」
 リズとバリーも成人して、結婚もした。――二人は飛行機事故で亡くなったと聞く。それを聞いた時、レックスは何となくシンパシーを感じたものだ。レックスは宇宙船事故での乗客救助の途中で亡くなったのだ。
 それに、レックスは母イレイナも飛行機事故で亡くしていた。
「ここではな、人生で最も幸せだった時の姿でいられるんだ」
 ハーレムが言った。――ハーレムは五十代くらいに見える。
「親父って今何歳?」
「ヒ・ミ・ツ」
「ケチー。年ぐらい言ったっていいじゃん」
「いや、実は俺もよくわからねぇんだ。見た目は四十代から五十代ぐらいだな」
「ふーん……」
「ところで、リズくん達は何しに来たんだい? レックスを連れ戻しに来たのかい?」
 その場にいた、レックスの叔父、サービスが穏やかな表情で訊く。
「ああ、そうそう――勉強会に来ないんもの。レックスくんてば」
「はん。今更小学生の算数なんて馬鹿らしくてやってらんねぇよ」
 小学生の頃はドリルばかりやらされていた。そんな記憶が頭を過る。
「でも、基礎は大事よ。何度やったってやり過ぎることはないわ」
「お前らで勝手にやってりゃいいじゃねぇか」
「でも、私はお勉強楽しいし、バリーも私も天国に来てから算数や数学からすっかり離れてしまってたし」
「そうそう。だけど、算数もいいもんだよ。いつも新たな発見がある」
「ふーん……」
「それに、教わるのが嫌なら、私達に教えてくれればいいじゃない。レックスくんが」
「俺が?」
 レックスが目を丸くして自分を指差す。それは思いつかなかった。自分には先生の才能なんてあるわけないと思ってたから。
「いんや~、俺、先生なんて柄じゃねぇから」
「そういう割には満更でもなさそうだが?」
 ハーレムが横合いから口を出す。
「――親父、黙ってろよ」
「図星か」
「うう……」
「いいじゃないか。な? レックス。君の授業を受けたいよ」
「でも、私達が教えていたあのレックスくんが、今度は教える側に回るなんてねぇ……」
「う……うるせぇ!」
「でも、案外いいかもしれないよ。レックスくんは本当は頭がいいから――」
「何?!」
 ハーレムが叫んだ。
「流石わかってるじゃねぇか。レックスは俺の倅なだけあって頭の回転も早いし運動神経もいいし――」
「でも、成績は悪かったですよ」
「学校用の頭なんぞ悪くても構わん」
「そうですか」
 バリーの態度が幾分硬化した。バリーは神童と呼ばれる程成績が良かったのだ。でも、バリーは密かにレックスをライバル視していた節がある。それは裏を返せば対等な関係ということだ。レックスもバリーの存在は気になっていた。
 ――更に、彼らの間にはリズがいた。彼らはリズを中心に一種複雑な友好関係を結んでいた。勿論、このことをリズは知らない。
 そして、リズはバリーを選んだ。レックスはその頃、本格的に宇宙飛行士になることを検討していた。
 でも、そんなことは置いといて、今は、レックスは終わらない夏休みを楽しもうと思った。
「しゃあない。教えてやるか」
「ありがとう!」
 リズがレックスの手を握る。リズの思いもかけない行動にレックスはびっくりする。
「おーおー、隅に置けねぇな。レックスも」
「ハーレムさん、リズは僕の妻です」
 バリーがはっきりと明言した。
「バリー……」
「あーあ、ふられたな、レックス」
「ふん、俺にだって結婚してほしいという女性は山ほどいたさ」
「レックスはモテたからねぇ。ハーレムと違って」
 そう言って、サービスがくすくすと笑う。
「俺だってモテてたぜ。つーか、俺の女性遍歴、おめー知ってるだろ!」
「そうだねぇ、イレイナさんも君にメロメロみたいだし」
(サービス叔父さん……さっきと言ってることが矛盾してるぞ)
 けれど、ハーレムもモテていたことがわかって、レックスはほっとしていた。これでも自慢の父である。父親が女にモテないなんて、何かこう、悔しいじゃないか。例え一夫一婦制でも。
「まぁ、俺はイレイナがいればそれでいいさ。レックスもサービスも早くいいワイフ見つけるんだぞ」
「ふん、偉そうに」
 サービスは鼻で嗤う。
 ――俺には決まった相手がいない。
 それが、レックスの最大のコンプレックスであった。独身貴族といえば聞こえはいいが、本当は決まった女性と結婚出来ないから、宇宙の星々と結婚したのかもしれない。
 けれど、リズもバリーもレックスが彼らと出会った小学生の頃の姿になった理由といえば――レックスと過ごした子供時代が楽しかったのに違いない。希望的観測かもしれないが。
「俺は、ここで遊んでた方が楽しいなぁ……」
 レックスはぽつりと呟く。ハーレムが応える。
「レックス……永遠の夏休みなんてないんだぜ」
「わかってるよ」
 いつかはこの繭のような世界から出て行かなければいけない。そんなことはわかっている。でも、しばらくはここにいたい。それは現実逃避だろうか。
「まぁ、気持ちはわかるがな……」
 ハーレムも同意してくれた。世界がこんな風に平和だったらどんなにいいだろう。
「ハーレム。君は戦争屋だったろう?」
「そうだな……俺らしくもねぇ。サービスの言う通りだ」
「ハーレムさん、行っちゃうの? 地球に戻るの?」
 リズが寂しそうに訊く。
「――まぁ、そのうちな」
「じゃあ、今すぐではないのね。良かった。ほら、レックスくんもハーレムさんがいなくなると寂しくなるから――」
「俺は寂しくないぜ」
「強がり言ってら」
 バリーがけらけらと笑う。バリーの言う通りだとレックスも思う。少なくとも、ハーレムがいなくなればレックスとリズは寂しい。バリーはどうだかわからないが。
「さ、勉強会の続きをやろう。ハーレムさん、サービスさん、お世話になりました」
 バリーがぴょこんと頭を下げた。
「いいってことよ」
「また遊びに来てくれ」
 ハーレムとサービスが手を振った。

「でも、お前らに算数教えることになるとはなぁ……昔は逆だったのに」
 レックスが感慨深げに言う。
「でも、お前らがいたからこそ、俺は何とか赤点取らずに済んだんだよな」
「……何度か取ってるよ」
 バリーがツッコむ。
「それは国語でだろ? 国語は苦手だって言ったじゃねぇか、俺」
 じゃ、算数教えてもらう代わりに国語を教えてやる――そう言うバリーに、レックスは顔をしかめてあっかんべをした。――バリーもレックスも大笑いをした。

後書き
私、算数が苦手でした。数学も苦手でしたねぇ。
レックスくんは実は頭が良い設定にしてあります。
愛する人(ハーレム)の息子は頭が良いと嬉しいじゃないですか。

2018.01.16

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