レックスとルーザー伯父さん

 レックス、レックス……。
 俺は、確かにその声を聴いた。
 レックス……。
 愛おしそうに俺の名を呼ぶ。――誰だい? アンタ。
 ――君のお父さんの兄だよ……。
 へぇ……俺の伯父さんって、マジックさんだけじゃなかったんだ。俺の父親の名はハーレム。そういや、親父は三男坊だって聞いてたもんな。でも、姿を隠して俺の名を呼ぶなんて……弁えが無さ過ぎるぞ。
「出てこい。もう一人の伯父さん!」
 すると――。金色の髪を真ん中分けにした甘いマスクの男の顔が現れた。――あんまり好みじゃねぇ。それに、親父に似ているとも思えなかった。
「私の名はルーザーだ。ルーザーと呼んでくれ」
「ルーザー伯父さん……」
「ルーザーと呼んでくれと言ったろう?」
「あ、そか。何しに来たの? ルーザー」
「君に会いに――そうかぁ。もうこんなに大きくなったんだね。愛しのあの子の落とし胤も」
「俺はあの親父の実家に来たんだけど、ルーザーのことは聞かなかったぜ」
「まぁ……君がもう少し大きくなるまで私のことは話さないことに決めたのだろう――私はルーザー……負け犬だ」
「ちょっと思ったんだけど……」
 俺は首を傾げる。
「アンタらの親は何考えて名前つけたんだろうな。ルーザーだのハーレムだの……センスを疑うぜ」
「まぁ、父さん達には父さん達の事情があるんだろう。――私にだって事情はある。私は――死んだ者だ」
 ははぁん。マジック伯父さん達が隠していた訳がわかったぞ。――生者は死者に名前を付けたがらない。その者は、もう終わっているからなのだ。
「アンタも大変なのかい?」
「――まぁ、そうだね。私は宇宙から君の脳内にアクセスしている」
「俺のことは放っておいてくれないかなぁ。――そうでなくとも、俺は新しい環境に馴染めなきゃなんないんだし。それとも、アンタ、空気読めない人?」
「うん。まぁ、一理あるかもね」
 ルーザーが笑った。天使の笑みってこういうのを言うんだろうな。俺は知らんけど。
「この宇宙では様々なシーンにアクセス出来るんだよ。君も来るかい?」
「――行ければね」
 半ば投げやりに俺が答えた。パジャマ姿で行ける訳ないじゃん。宇宙なんぞに。ジャンや高松がノア・プロジェクトという企画を立ち上げて、それで宇宙へ行こうというのに、俺だけ、夢の中で宇宙旅行なんて――短絡的過ぎるよ。
「どうだい?」
「ジャン達に悪いような気がして来た。俺はこんなところにいるような人材じゃない」
「君は頭が良さそうだね。ハーレムともまた違った意味で」
「どーも」
「ああ、もう時間だ……短い間だけど、君と話せて楽しかったよ」
「ルーザー……」
「そんな悲しそうな顔しないで。また会えるから」
「うん……」
 その時、ちょうど目覚ましが鳴った。ていうか、あれ? この部屋に目覚ましあったっけ。
「おはよう、レックス」
 シンタローの笑顔が日差しに映えて眩しい。俺は眠い目を擦った。
「どうだい? 新品の目覚ましは」
「うん、まぁまぁ」
 俺は頷いてから言った。
「ねぇ、シンタロー。俺、ルーザーの夢見たよ」
 シンタローは目を瞠った。
「忘れなさい。少なくとも今は」
「ルーザーって何なんだよ。アンタらにとってどんな存在なんだよ」
「どうでもいいだろう。後で話してあげるから。さ、着替えて。着替え用意してやったから。着替えたら朝食だ」
 シンタローはいい人なんだろうが、言ってることがおかんみたいだ。アグネスおばさんだって、こんなに口煩くなかった。
 朝食では半熟卵が一番旨かった。この家ではイギリス式のブレックファーストってヤツを時々出すらしい。イギリスの料理って不味いって評判だけど、ここの家のは美味しいと思う。
 いい匂いのするスープを平らげて、俺はすっかり満足した。
「――ご馳走様」
 俺は手を合わせた。皆はびっくりした顔で俺を見ていた。
「何? 何?」
「いや――ハーレムは食事の後、手なんか合わせなかったぞ」
「レックスは食前のお祈りもしたぞ。ハーレム叔父貴もしなかったのに」
 何だよ、シンタローにキンタロー。俺のおかしな点のあげつらって。
「俺、おかしなことしたのかよ。アグネスおばさんのやってるようにしただけだぜ。――この頃ちょっと主の祈りを忘れてたから、アグネスおばさんがいたらさぞかし怒られただろうけどね」
「レックス!」
 マジックが俺を抱き寄せた。
「君は本当にハーレムの息子かい?! 何ていい子なんだ! これからこの子が甥に加わるのだと思うと、私はとても嬉しいよ!」
「え? え?」
「――まぁ、君は戸惑うことばかりだろうが、おいおい慣れていき給え。それから、私は君の味方だからな」
「ルーザーも?」
「ん? ルーザーのことは話さなかったね。――君がもう少しここに慣れてから教えようと思ったんだけど」
「マジック伯父さん。俺、夢の中でルーザーに会ったよ」
「そうかい」
「なんか、黒い服着てた。髪を真ん中分けにして。――いい男だったよ。ちょっと空気読めないところもあるけれど」
「それはまさしくルーザーだね」
「レックスにマジック伯父貴。父さんに失礼だぞ」
 キンタローが口を挟む。
「ルーザーって、キンタローの親父だったのかよ」
「まぁ、そうだ。一緒に過ごした時間は短かったけれど、俺に将来の指針を与えてくれた男だ」
「それで、キンちゃん、ぐれてたのに立ち直ったんだよね」
 グンマが言う。
「ああ、まぁ……シンタローやハーレムの力もあるけどな。あと、高松も」
「高松……あいつ、一体何者なんだ? あいつも結構謎だよな」
「まぁ、それもおいおいわかるはずだ……紅茶いるかい?」
「うん!」
 イギリスは紅茶が美味しい。アグネスおばさんもそう言ってた。
「そんなに簡単にわかるかな――僕だって高松のことがある程度わかるまで三十年以上はかかった。きっと、真の正体は死ぬまでわからんのだろうな」
 サービス叔父さんが言った。静かな佇まいだ。でも、群を抜いた美形なんで人目を引く。叔父さんは続けた。
「レックスがルーザー兄さんの夢を見たと言ったら、高松の奴、半狂乱になるかもな」
 う……夢の中までコントロールできねぇぜ……。
「俺は親父に会いたかったな。夢の中ではあまり会えないけれど」
「大丈夫、レックス。死ねば好きなだけハーレムに会えるよ」
 う、ブラックだぜ、サービス叔父さん……。
「まぁ、夢の話は鬼門だな。高松の鼻血を浴びたくなくばな」
「あー、そういや、以前高松は鼻血の出し過ぎでくたばりかけたことがあったんだってな。――ほんとかよ」
「本当だ。その後、リキッド君に血をもらったりしていたよ」
「病気じゃねぇか、医者に診てもらえよ」
「ところが、その高松が医者なんだ」
「まともな医者に診てもらえって言ってんだよ!」
「レックスは高松のこと心配してえらいね。僕達はもう諦めているから」
 グンマが言った。グンマはこの中では一番まともな気がする。後、コタローも一応――男と言うよりちょっと女王様っぽかったけど。そういえば、コタローが見えねぇな。
「おい、グンマ。コタローはどこだ」
「コタロー君なら散歩に行ってるよ。薔薇園の方へ。もうすぐ帰って来るんじゃないかな」
 この家の薔薇園は広い。グンマや高松達が丹精込めて作っているらしい。――昨日、グンマが自慢していた。
 ――コタローが帰って来た。マジックが俺の紅茶のお代わりと共に、コタローの分も淹れる。コタローの目は切れ長だが優しい。きっと、育った環境が良かったんだな、と思った。
 コタローは、俺が注視しているのに、気付くと、こちらを見てにこりと笑った。この青年も顔立ちが整っている。笑うともっと魅力的になる。
 シンタローが「コタロー……可愛い……」と言いながら鼻血を出していた。何だよ。こいつら。変態の集まりかよ……。コタローと目が合うと、彼は困ったもんだよね、と言いたげに苦笑した。

後書き
ルーザーとレックスの出会いです。
それにしても、どこにでも出て来る人ですね。ルーザーさん。
高松の鼻血には、ほんと困ったもんですなぁ……。でも、その話をレックスはどこで聞いたんだっけ……。
2019.04.22

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