レックスとロッド2

「ローッド!」
「よっ、レックスちゃん!」
 ガンマ団特戦部隊のロッドとハーレムの息子レックスは妙に気が合った。
「レックスはハーレム隊長の忘れ形見だもんなぁ」
 ロッドはいつもそう言う。
「お前はいつも隊長に逆らっているふりして従い続けて来ただろう」
 そう言ったのは皮肉屋のマーカーだった。
「マーカーちゃんだって人のこと言えないじゃん。いっつも隊長に従って来ただろ」
 マーカーも特戦部隊の隊員なのだ。
「――面白そうだったからな。実際面白かったし。――あの隊長が私より先に死ぬとは考えたことなかったな。私の中では隊長はいつも笑っていた」
「親父は面白いヤツだったのか?」
「ああ、とっても。見てて飽きなかったぜ。な、マーカー」
「私もあの人と出会って楽しい人生を送らせてもらった」
「――なぁ、レックスちゃん。大人になったら、俺達の隊長になってくれたら、お兄さん嬉しいんだけどな」
 冗談っぽくロッドが言った。
「やだ。俺は宇宙へ行くんだ」
「お、夢のスケールは親父さんを超えてるな」
「まぁ、ハーレム隊長の血筋を引いてますからね。――宇宙飛行士は男なら誰でも憧れるだろう?」
「マーカーちゃんも憧れたの?」
「――例外もいるということを忘れるな」
「ふぅん、マーカーさん、宇宙に興味なかったんだ」
「いや、特に何にも興味を持てなくてね――ハーレム隊長だけだった。そんな私をわかってくれたのは。……あの人は私に生きがいを与えてくれた」
「マーカーちゃんは隊長に心酔してたのよん。勿論、本人には言わなかったけどね」
「言うとつけあがるからな。あの人は」
 でもきっと――この二人の心は天国の親父の元へも届いてるよ。レックスはそう思った。
「あ、そうだ。ねぇねぇ、今日は話があってやって来たんだ。すっごいこと! 何と、宇宙にも匂いがあるんだってよ!」
「ああ、その話なら知ってる」
 ――マーカーが微笑んだような気がした。
「マーカーちゃんてば、話を邪魔しないの。どんな匂いなの?」
「あ、沢山の匂いがあるんだって。炭火焼の匂いだの、ラズベリーの匂いだとか……もっと研究してみるね。あ、そうだ。ラム酒の匂いのする超巨大アルコール雲の存在がわかったって。ラズベリーの味もするって」
「……隊長が喜びそうな星だな」
「案外そんなとこに隊長の魂があったりして」
 マーカーとロッドは頷き合う。
「でも、そんな酒みたいな星なら俺も行ってみたいなぁ」
「ロッド。お前も酒ばっかり飲んでるからな。――休みの時には隊長と連れ立ってバーに行ってただろ」
「やだねぇ。大人のお・つ・き・あ・いよん」
「大人のおつきあいはいいけどさぁ……飲兵衛の親父なんてやだぜ俺」
 でも、死んだ父親は酒飲みだったと聞く。レックスも、ロッドのブランデーの紅茶を初めは喜んで飲んでいたが、やがて自分が酒にそんなに強くないことがわかってきた。
(まぁ、まだ子供だからかもしれねぇけどな。俺も――)
 早く大人になりたかった。子供はいつだって早く大人になりたがる。そして、大人はそんな少年時代を懐かしがる――実に不毛だ。
「親父って、子供の頃、どんなヤツだったの?」
「――知らね。大人になってからの隊長しか見たことねぇもん。……あの人は子供みたいだったけどさ」
「それは、マジック元総帥やサービス様の方が詳しいですよ」
「ほんと?! じゃあ後で聞いてみよ。――実は結構そんな話もしてくれたりもするんだけど」
 ――主にサービスが。血がワインで出来ているような優雅な叔父。女顔だが頼りになるところもあって、レックスはサービスに懐いていた。
 そしてシンタロー。
 どうやら辛酸を舐めて生きてきたらしいシンタローはレックスともウマが合った。レックスも孤児として育てられてきたから――。
 グンマやキンタローも好きだ。彼らは自分の運命を受け入れて強く生きている。それがとても立派に見えた。
(いつからだって、大人になろうと思えばなれるんだな)
 レックスの結論はそこに落ち着いた。
「コーヒーなら飲めるだろ? レックス」
 ロッドがレックスの顔を覗き込む。――忘れてた。
「ほんとはGの淹れてくれたコーヒーの方が好きなんだけどな」
 レックスもざっくばらんに言うようになった。口が悪くても、どこか遠慮するところのあるレックスにとって、それは快挙に当たる。――レックスは我慢したり遠慮していることは自覚してないが。
「可愛いよねぇ。ほんと。みてよ。このオレンジ色の髪。太陽の色だぜ」
 太陽の色が本当にオレンジ色なのか、レックスは知らない。けれど、コンプレックスだった髪の色も、ロッドに褒められると嬉しかった。ロッドがレックスの髪をいじっている。マーカーが一転して嘲笑の表情になった。
「まだ手は出すなよ。ロッド」
「わかってる。なぁ、レックスちゃん。アンタが成長したら――ちゃんと許可取るから」
「?」
 何を言っているのかわからない。レックスは首を傾げた。
「お前、隊長にも言い寄って、その度断られてきただろう。だからと言って、隊長からレックスに見替える気か?」
 マーカーの口元がほんの少し、歪む。その動きに哀しみを感じたのは気のせいではないだろう。
「だって、隊長もうこの世にいないじゃん」
「だからってだな――」
「まぁ、レックスちゃんが決めることだよな。なぁ、レックス。俺んとこに嫁さんに来ない?」
「バカ」
「あれま。即答」
「当たり前だ、馬鹿」
「マーカーちゃんまで。ひどいっ」
 ロッドはハンカチを噛み締める。その時、スマホが鳴った。
「あ? シンタロー総帥からだ。俺が契約違反したことまだ怒ってやがる」
「――あの件か」
 マーカーが眉を顰める。レックスが訊いた。
「ロッドのヤツ、今度はどんな悪いことをしたの?」
「やだねぇ。レックスちゃんまで俺が悪いことしたと決め込んで――俺、グレるよ」
「グレるような年でもないだろう」
 マーカーがまぜっかえす。
「ま、いいや。俺、ちょっとシンタロー総帥のところ行ってくる。マーカー、レックスちゃんに手ェ出すなよ。出したらいろいろと酷いぞ~」
「大丈夫だ、俺はお前とは違う」
「あっそ。じゃあ安心だね。レックスちゃん、俺がいなくて寂しいだろうけど、ちゃんとマーカーに相手してもらえよ」
「ただの話し相手だぞ」
 マーカーが念を押す。
「は~い。じゃ、行ってきまーす」
 ロッドはふらふらと歩き去って行った。
「あいつ、ますます酒量が増えてんだ」
 マーカーがぽつりと呟いた。勿論、ロッドの姿が消えた後で。
「あいつ、飲兵衛なんだろ?」
「そうだけど、ここまで酷くはなかった。――レックス、ロッドは本気かもしれんぞ」
「本気って何が?」
「――ロッドは隊長のことが好きだった。ただそれだけのことだ。でも、隊長の目にはロッドは映っていなかったんだ。――それが悲劇の始まりだ」
「ふぅん……」
 マーカーってば、いつもと違って芝居がかってんな――レックスは冷静にそう思った。
「俺、コーヒー淹れてこようか? それとも紅茶? マーカーはブランデーいるだろ?」
「レックス――!」
 マーカーがレックスを抱き締めた。――涙を数滴、こぼしながら。そして、レックスの血を凍らせる一言を放った。
「隊長……!」
 この人もか――レックスは思った。この人も親父に捕らわれた人だったのだ。
 なんて、なんて、神様は残酷なことをさせる。上手く言葉に出来なかったが、神様は残酷だ。そうとしか言いようがなかった。
 レックスも、泣いていた。レックスはマーカーの背中を優しく撫でた。
 マーカーはレックスの耳元で囁いた。ありがとう――と。そして、こうも付け加えた。酒量が増えたのはロッドだけではないんだぞ――と。

後書き
マーカーも、隊長のことが好きだったりしたのでしょうかねぇ……或いはロッド? その両方。
マーカーって実は情が深いと思います。ロッドもね。

2019.02.28

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