レックスとロッド

 金髪碧眼の青年――というかもう中年かもしれないが――が、レックスに声をかけた。
「よぉ、カワイコちゃん」
 レックスは行ってしまおうとする。――レックスは青年に腕を掴まれた。
「無視とは酷いなぁ、レックスちゃん」
「何だよぉ――酒くせぇぞ」
 それに、カワイコちゃんなんて、女の子に使う言葉ではあるまいか。俺は女ではないよ。――レックスが心の中で呟く。
「俺、ロッドって言うんだよ。アンタの親父の部下だったんだよん♪」
「へぇー……」
 レックスの親父、というワードを出して来られて、レックスはほんの少し興味を持った。
「部屋行かない? お茶がいい? それともコーヒー? だーいじょうぶ。いきなり襲ったりしないから」
「…………?」
 襲ったりしない、という言葉の意味がわからなくて、レックスは首を傾げる。
「アンタ……可愛いね。ハーレム隊長の小さい頃にそっくりだと昔を知っている人は言ってるんだけどね」
「俺が……親父に?」
「そう。アンタは父親似だね」
「そっか……」
 レックスは溜息混じりに呟いた。父親似と言われて嬉しくない訳ではない。父は立派な男だった。しかし――改めて父親に似ていると言われると、何だか少し複雑な気持ちのするレックスであった。
「来いよ」
 ロッドが広い背中を見せた。上半身裸の、赤いバンダナの男。この男について行ってもいいんだろうか……。
 レックスはほんの少し躊躇したが、ロッドに惹かれるものを見つけたのも本当である。

「アンタ、イギリス系だろ? 紅茶がいいかな」
「どっちでも――」
 レックスはロッドを見上げた。ロッドは、可愛いな、と言ってレックスの顎に手をかけた。レックスは何となく、この男が怖くなった。けれどもハーレムの部下だっていうし――多少胡散臭く思いながらも、レックスは父親の話を訊いてみたかった。
「紅茶にブランデー落とす?」
 レックスはブランデー入りの紅茶を飲んだことがない。
「出来れば」
 ――そう答える。
「オッケー」
「あのな、ロッド――」
「んー? いきなりため口? ――今更か」
「アンタにとって、親父はどんな存在だったの?」
「あー、俺ね、隊長に片想いしてたの」
 紅茶をとぽとぽと入れながら、ロッドは言った。レックスが目を丸くした。
「片想いって――親父だって男だぜ」
「――ちょっとこの話はキミには早かったかな。はい、紅茶」
「……ありがと」
 オレンジペコの香りの中に、ブランデーの微かな香りが混じる。レックスはごくんと生唾を飲んだ。そして――紅茶を口に含んだ。
「美味しい……!」
「そうだろ? 俺はイタリアでとれた男だからねぇ。料理は得意なのさ。マーカーちゃんも結構上手いよん」
「マーカーちゃん?」
「ああ。俺の同僚で中国人なんだよ。そいつもハーレム隊長の部下だった男さ。Gも交えて三人して、よくハーレム隊長の無茶ぶりに付き合わされたなぁ……」
「そんなに酷かったの? 俺の親父……」
 ガラガラとレックスの中で、今まで聞いた中で作り上げられて来たハーレムの像が崩れ落ちた。
「でも……親父のこと……好きだったんだろ?」
「そうだねぇ。まぁ、いろんな意味でね。隊長って憎めない性格してるし。それに――美人だし」
 美人というのは女に使う言葉じゃないかとレックスは思ったが、言っても無駄なような気がした。それにしても、ブランデー入りの紅茶は美味しい。ブランデーの風味がレックスは気に入った。
「ブランデーって、良い香りづけになるんだね。――ちょっと酔いそうだけど」
「おお。酒の味がわかるんだね。レックスちゃん。――将来は親父さんのような飲兵衛になるかな」
「それは……」
 レックスは絶句した。そして、ようやく口が動くようになったのでこんなことを言った。
「俺のことをレックスちゃんなんて呼ぶな」
「へいへい。レックスちゃん。でも、これだけの量で酔うなんて――そんなに入れてないはずだよん」
 ロッドは人の話を聞いていないようであった。――或いはわざとか。
「親父は……隊長だったんだな」
「そうだよん。聞いてないの? 特戦部隊のこと」
「そりゃ、噂には聞いてたけど――俺も将来特戦部隊の隊長になるの?」
「さてね――好きな道を行けばいいんじゃない? リキッドのようにさ」
「リキッドって?」
「一言でいうと――裏切り者」
 レックスは吃驚して紅茶を飲み込んだ。その途端、気管に入ってしまったらしい。けほけほとせき込んだ。ロッドが慌ててタオルを持ってきてレックスの口元を拭く。そして、背中を優しく叩いてくれる。
 ――ようやく、レックスは落ち着いた。
「リキッドちゃんに悪気はなかったのよ――お兄さんの説明がまずかったね」
「お兄さんて――アンタどっちかってーとおじさんの領域じゃね?」
「あらま、失礼な。こういうところも本当に隊長にそっくりだな。――そんで、さっきの続きだけどさ、リキッドちゃんは別段隊長のこと嫌いだったワケではないのよ。ただ、この世で何よりも大切な物を見つけちまっただけでさ――」
 ロッドが遠い目をしている。かつての同僚のことに想いを馳せているのだろうか。
「俺もそういうの、見つけられるかな」
「見つかるさ――アンタはあのハーレム隊長の息子だもん」
 ロッドの青い目が涙で揺らめく。レックスには、今のロッドの言葉が予言めいたものに聞こえた。
 俺は、ここを離れる――。
 レックスは確信した。それは、どこでどういう風になるのか、まだ見当もつかないけれど――。
「でも――俺はレックスにどこにも行かないで欲しい。アンタはハーレム隊長が残してくれたものだから……特戦部隊の隊長に、なっちまえよ。レックス」
「いいけど――俺が大人になる頃には、おめーらいい加減年取って隊員やめてるだろ」
「まぁね。でも、ここは、ハーレム隊長と俺達が築き上げて来たものだから――誰かに託したいんだ」
 うざったい。
 それに、ロッドはこんなことを言うキャラではないと思い込んでいた。ロッドは多分、誰よりもハーレムに対して忠実な部下だ。ロッドは目元を拭う。
「俺は――そんな風に将来を決められるのはごめんだ」
「そっか。――そうだよな。でも、俺にとっては、隊長が全てだった」
 そう言ったロッドの瞳は、哀しみの色。けれど、次の瞬間、ロッドは明るいイタリア男に戻っていた。
「じゃあさ、お兄さんの恋人になってくれる? 十年経てば、レックスちゃんも美味しそうに育つだろうしさ」
 ――また、『レックスちゃん』か。もう指摘するのも諦めた。それにしても、美味しそうに育つってどういうことだ? ロッドは俺を食うつもりなのか?
「俺なんか食ったって、旨くないよ。アンタ、人肉でも食らうつもり?」
「あちゃ、そうか」
 ロッドは顔を自分の掌で覆った。
「レックスちゃん、アンタ、まっさらなんだな」
「ん?」
「まぁ、教会の箱入り息子だっていう話だったしな。顔は隊長に似てるけど、きっと中身は違うんだろうな……」
 ロッドの声音に、ほんの少し寂しさが混じる。
 ――ロッドはソファに座る。オレンジペコを飲み終えたレックスは、マグカップを机の上に置く。
 こいつ――親父がいなくなって、寂しいんだな。それ程までに、親父と仲が良かったんだな。
 よし、仕方ねぇからこいつを慰めてやるか。親父の代わりにはなれないかもしれないけど。
 レックスは、ロッドをぎゅっと抱きしめた。
「何だよ……レックス……誘ってんのかい? ……くそっ。お前さんが後十年、いや、五年、育っていてくれたらなぁ……ロリコン趣味も悪かねぇけど、流石に犯罪だよな。シンタロー総帥達に怒られちまう……」
 レックスはロッドの戯言を気にしない。というより、よく意味がわからなかった。
「アンタは俺達の為に使わされた天使のようだな。マーカーちゃんもGも、この子に夢中になるだろうな――」
「何だかよくわからないけど、これ以上ワケわかんないこと言うなら、もう離すぞ。――元気になったようだからな」
「待ってくれよ。レックスちゃん。もう少し、こうしててくれ――この暖かさも、この髪の匂いも、ハーレム隊長のものだから……」
「――わかったよ」
(こいつは俺の親父のことが好きなんだ。だから、俺ももう少し付き合ってやろう。――似た者同士として。何だかとてつもなく厄介な展開に巻き込まれたような気もするけど、後のことなんか、知るか)
 ――レックスは、ロッドを抱く手に力を入れた。

後書き
レックスくんとロッドです。このお話のタイトル通り。
ハーレムがいいからこそ、レックスも愛されるんだと思います!
まぁ、ロッドは気に入ったらガンガン行く方だとは思いますが(笑)。
2018.07.21

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