レックスとリキッド

 リキッドが後ろ姿を見せながら鼻歌を歌って料理を作っている。――楽しそうだな。俺はその背中に声をかけた。
「リキッドさん」
「――おわっ、びっくりした! ……何だ、レックスくんか」
「水臭ぇな、レックスでいいぜ」
「じゃあ、俺もリキッドで」
「――おう、リキッド」
「レックス。お前はいい子だそうだな。シンタローさんやキンタローさんが言ってたぜ」
「え、いや、はは……照れるな」
 俺は焦っていたのか、汗が出て来た。この南国の島――パプワ島が暑いせいかもしれない。
「なぁ、レックス」
 リキッドが俺の肩に手をかけて視線を合わす。
「――くれぐれも部下をいじめたりただ働きさせるような大人になっちゃいけないよ」
 リキッドは真剣な顔だ。つか、すげぇ具体的なアドバイスなんだけど――。
「おっとこうしちゃいられないんだ。――料理外に運ばなきゃ」
「俺も手伝うよ」
「そうかい? レックスは本当にいい子だな。でも、これは俺の仕事だから。それに、レックスはお客様だろ。皆と遊んで来なよ」
 リキッドがにこっと笑う。いい笑顔だな。――俺は思った。きっとこの島が大好きなんだろう。
「――コモロやオショウダニみたいなヤツらと……?」
 俺が冗談を飛ばす。リキッドがの表情が苦笑いに変わった。
「ああ、あいつらか……一緒に遊びたいなら止めはせんが、お勧めは出来ねぇな」
「ふぅん。――まぁ、俺だってエグチやナカムラの方が好きだけどな。あの胸キュンアニマルコンピ。話も合うんだぜ。後、ハヤシくんも嫌いじゃない。いいオカマだよね」
 ハヤシくんは恐竜なのだ。
「……それにしてもねぇ……」
 リキッドがじろじろとこっちを凝視している。なんだってんだろう。
「どうしたの? リキッド」
「いや、レックスがさ――本当にあのハーレム隊長の息子かと思ってさ――」
 ――俺はショックだった。リキッドにまでそんなこと疑われるなんて! 俺は涙が出て来た。
「リキッドの馬鹿! 俺はハーレムの息子だやい!」
「あー、ごめんごめん、悪かった……いや、隊長の息子にしてはいい子だなと思ってさ。――悪い意味なんかこれっぽっちもなかったんだよ。でも、そうだなぁ……隊長も昔はいい子だったってマジックさんが言ってたし」
「それほんと?」
「ああ。いろんな人から聞いた。ハーレム隊長のこと。いや、俺は除隊したから元隊長、かな。少しずつ聞かせてあげるよ。隊長のこと」
「わかった! その言葉忘れんなよ! リキッド!」
「はいはい。あ、ちょっと気を付けて――」
「はーい」
 大人どもは外で酒を酌み交わしている。月見酒だとか言って。俺は子供だからオレンジジュースだ。美味しいんだぜぇ。パプワ島で採れたオレンジだからかもしんねぇけど。
「リキッドさーん」
 はぁはぁ、と息を切らしながらこのパプワハウスに来た女性が言った。くり子さんだ。パプワさんの奥さんでジュニアの母。とても美人で優しい。――俺のお袋が生きていたらこんな感じだったかもな。
「ああ、くり子ちゃん」
 リキッドが言う。
「私もお手伝いに参りましたの」
「ありがとう。くり子ちゃん――でも、俺一人で大丈夫だから」
「俺も手伝いに来たんだ」
「まぁ、いい子ね。レックスくん」
 くり子ちゃんが俺の頭を撫でた。可愛らしい、優しい声。聖母と言うにぴったりだ。――時々強引らしいけど。
「俺は、別にいいって言ったんだけど……なぁ、レックスってほんとにいい子なんだぜ。これがハーレム隊長の子供かと思うくらい。――よっと」
 リキッドは大きな皿を持ち上げる。これを外に運ぶつもりなのだろう。重そうだな。――でも、リキッドは鍛えてるし、いい体してるから――。きっと親父に鍛えられたんだと思う。親父も昔はワルだったと聞くけど。
 ――話のついでにリキッドも暴走族だったと聞いたけど、ちっともそんな感じはしない。今はフリフリエプロンの主夫だもんなぁ……まさかオカマではないと思うが。
「私も手伝いますわ」
「俺も手伝う!」
「じゃあ、せっかく来てくれたんですから。そこの果物の容器運んでくださる?」
「うん!」
 くり子さんは俺のまごころをくんでくれた。やっぱり母親となった女は違うな。俺の心意気をちゃんと無駄にしないでくれる。
 ――リキッドだって、悪いヤツではないんだけど、俺には気を使っているらしい。何でだろう。やっぱり俺の親父、ハーレムの部下だったからかな。
「気をつけてくださいね。レックスくん」
 ――くり子さんになら、『レックスくん』と呼ばれても気にならない。それが普通に聞こえるからだ。
 リキッドの姿はもうない。
「リキッド様とは仲良くなれましたの?」
 くり子さんが訊く。俺は、「おう」と元気よく答えた。
「パプワ様もリキッド様が大好きですの。ジュニアもですわ。私もいいお友達付き合いさせてもらっていますわ」
「うん。リキッドいいヤツだもんな。でも、ちょっと謎めいているよな」
「赤の秘石の番人だからかもしれませんわね。――ここだけの話、リキッド様は永遠の二十歳なんですって。……まぁ、皆様ご存知ですから、秘密にすることもないんですけれど」
「……リキッドは赤の番人なの?」
「そう――ご存知ありませんでした?」
「いや。マジック伯父さんから聞いたことあるような気がする」
 マジック伯父さんは秘石についてとても詳しい。青の一族の話はいっぱい聞いたけど、赤の一族については……聞いたことあるけど、青の一族について程ではないなぁ……。
「青の一族と赤の一族は仲悪かったんでしょ?」
「――昔の話ですわ」
 くり子さんが儚げに笑う。昔の話――確か、マジック伯父さんもその話をした時、青と赤の一族が仲が悪かったのは昔の話だ――今はとっても仲がいいんだよ、と付け足していた気がする。
 そういえば、シンタローもパプワさんもとても仲が良かった気がする。パプワさんは若い時のシンタローにそっくりだ。
「あら、もう行かなくては……一緒に行きましょうか? レックスくん」
「うん!」
「パプワ様やシンタロー様達も待ってるわね。――その容器、ガラスで出来ているから気をつけてくださいね」
「わかってるよ……」
 俺はちょっと苦笑いした。くり子さんの気遣いが、ちょっと重たかったのだ。――こんな容器を落とすなんて間抜けな失敗、俺はしねぇよ。

 外ではどんちゃん騒ぎ。ヨッパライダーが豪快に「がっはっはっ」と笑っていた。俺は果物の容器をご馳走のそばにことりと置いた
「パプワ様に皆様――楽しそうですわね」
「母さん」
「まぁ、ジュニア――いないと思っていたら……」
「ヨッパライダーの為にウコンを採りに行ってた」
「がっはっはっ! 流石はパプワやくり子ちゃんの子供だ! よく出来た子だわい!」
「そんな……照れますわ」
「母さんのしつけがいいからかな」
「うふふ……」
 ジュニアとくり子さんはとても仲がいい。パプワさんとも仲がいい。仲良し家族だ。――俺はちょっぴり羨ましかった。俺の親父やお袋が生きていたら、あんな感じだったかな……。俺は親父とお袋に真ん中から手を引かれて笑っている自分を想像した。
 俺は目元を拭った。――ただ、目にゴミが入っただけだぞ。うん。
「レックス」
「リキッド――」
「何か寂しそうだな」
「んなことねぇよ。――人の心配してる場合かよ。リキッドだって、永遠のパプワ島の番人じゃつれぇだろ」
「そうだな。まぁ、今は幸せだけど――。またお代わり持って来るけど、レックスはどうする? 少しだけならつまみ食いもさせてやってもいいぜ」
「行く!」
 リキッドの料理は絶品なんだよなぁ……シンタローやパプワさんに特訓されたというけれど。そういえば、くり子さんも料理が上手い。
「レックス。ご苦労様」
 パプワさんが俺に声をかけた。
「えー、俺、何もしてないぜぇ」
「くり子から聞いたぞ。苺持ってきてくれたんだってな。――ありがとう」
 そう言ってパプワさんが俺を抱き上げた。力持ちだな。パプワさんて。――リキッドがパプワさんと俺に声をかける。
「パプワ、レックスのことお願いします。――レックス。せっかくだからパプワに遊んでもらえよ。お前の分は余分に持ってきてやるからな」
 ――おお、マジか! 愛してるぜ、リキッド!

後書き
レックスとリキッド、仲が良くてよかったなぁ。
ハーレムが昔いい子だったというのは、希望的観測です(笑)。
パプワ・ジュニアもきっといい子。
2019.05.03

BACK/HOME