レックスの楽園

「せーのっ、どーん!」
「ぐぇっ!」
 リズとバリーが俺の腹に乗っかる。びっくりしたじゃねぇか! 畜生!
「おはよう、レックス」
「おう、おはよう」
「ご飯出来てるって」
 ――なるほど。道理でいい匂いがすると思った。今日もお袋がパンを焼いてくれたんだな。
 階下に行くと、親父が新聞を読んでいた。俺の親父――ハーレム。あ、読んでんのは三面記事だな。何か変わったことでもあったかな。けれど――。
「親父――真面目な記事もちゃんと読めよ」
「へいへい。お前も母親に似て来たな。――勿論、一面にはちゃんと目を通したぜ」
「お父さん、レックスも、もう朝ごはん出来てるわよ。パンにスープよ。あと牛乳にサラダ。デザートもあるのよ。エリザベスちゃんとバリーくんも食べていくわね」
「ありがたくいただきまっす」
 バリーが叫んだ。こいつ、こんな性格だったっけ?
 ここは天国。俺らは一回死んだ身だ。
 親父のハーレムも、お袋のイレイナも、本当は悲惨な死に方をしたのだ。だけど、ここでは皆が幸せだ。リズとバリーも来てくれたし。俺達は九~十歳といったところか。
「なぁ、虫取ろうぜ、虫。俺、クワガタがいい」
「何です。喋りながら食べて。どちらかになさい」
 俺はお袋に注意された。
「親父だって新聞読みながら飯食ってんじゃねぇか。――俺だけ注意されるなんて不公平だぜ」
「ちっ、弁の立つヤツだな。――わかったよ」
 親父が新聞を丸めて置いた。
 理想的な環境。理想的な食事。理想的な人間関係。今の俺には特に不満はない。
 食後のプディングも美味しい。入ってんのは木苺だな。後で山に行ってキノコでも採って、お袋に料理してもらうか。木苺も採っていこう。山は俺達にとって、食物の宝庫だ。
 それにしても、今日もいい天気だなぁ。昆虫採集には絶好の日和だ。
 俺達はすっかりお馴染みになった野山を駆け巡る。クワガタがトラップに引っかかっていた。
「わー、いるいる」
 バリーが嬉しそうに言う。リズも目を輝かせている。
「私達が育てようね」
「そうだな」
 俺達は虫かごに数匹のクワガタを入れる。かぶと虫も入っている。虫を捕まえる為のトラップはバリーが用意してくれた。――すげぇな、バリーのヤツ。
「川の方へ行こうぜ」
 俺は川の方を指差す。バリーが頷いてからこう言った。
「釣りもいいね。明日は道具やエサ持って来てさ」
「その時は私も入れてね」
 リズが言った。バリーと俺は、殆ど同時に、「当然!」と答えた。
 生前、俺達は仲の良い友人だった。大人になった頃には、しばらく疎遠になっていたけれど――。
 リズとバリーにまた会えて嬉しい。今度こそ、もうこいつらと離れたくない。リズもバリーも同じ気持ちだろう。
 リズとバリーは夫婦だった。でも、今は子供なので、そんなこと関係ない。子供に還った俺達はいつも一緒に遊んでいる。
「綺麗な水……」
 リズが川の水をすくう。その姿を愛おしそうにバリーが見てる。リズとバリー。お似合いの二人だな。
「小さな魚も沢山いるぜ」
 俺はじーっと観察をしている。何度見ても飽きない。魚の泳ぐ姿は。
「この魚も、一度死んだ魚なのかな……」
 バリーが呟く。それは、俺にも不思議だった。ここはそう――死んだ者が来る世界だ。でも、まぁいいじゃねぇか。もし、これが夢だったとしても、俺達はここでのんびり楽しく暮らしている。
「親父がさ、いつか狩りに行かないかって言ってんだけど」
 例えば、鹿とか熊とか――旨いんだぜ。
「狩りか。わくわくするね」
 バリーも男だ。ハンティングとかそういう話を聞くと、胸がわくわくするんだ。リズはちょっと困った顔をしている。リズはあまり狩りが好きではないのだ。可哀想だ――というのであるが、そんなことを言ったら、川で釣られた魚だって可哀想だ。
 どうも、男の方が狩りというものは好きらしい。――何でだかはわかんないけど。
 空にはもくもくと入道雲が現れる。バリーが小さなカメラでパシャパシャと撮る。俺も入道雲は好きだ。

 家に帰ってくる頃には、俺たちの服はすっかり汚れてしまった。――リズは幾分マシだったけれど。キノコ採りはまたいつかにするか。
「あー、楽しかったー。毎日が楽しいぜ」
 俺は伸びをしながら言った。バリーが浮かない顔をしている。
「倅や孫達――元気にしてるかな」
「してるんじゃねぇの?」
 俺は、楽しい気分に水を差されたように思った。俺には家族がいなかったからかもしれないけれど。
 ――いや、俺達にも、シンタローやコタローがいた。だが、ここには親父とお袋がいる。それだけで、俺は満足だったんだけど――。
 リズとバリーも一緒にいるし、俺は本当に楽しい。でも、親父はどうなんだろう……。
 生きていた頃の親父は、放浪癖のある風来坊みたいなところがあったって、マジック伯父さんやサービス叔父さん、果てはシンタローまで口を揃えて言っていた。
「皆さん、おやつよー」
 ……そういえば腹減ったな。
 俺達は固まって歓声を上げる。俺はお袋に訊いた。
「今日のおやつは、何?」
「コケモモとスグリのパイよ」
「やった! 大好物じゃん!」
「私も」
「僕の分は多めに取っておくれよ」
「――大食らい」
「何だと?!」
 俺とバリーは取っ組み合いの喧嘩をする。リズは知らん顔をしている。お袋が止めようとしている。
「まぁ、やめなさい。喧嘩なんて……」
「ほっとけ、イレイナ。男には喧嘩友達が必要なんだ」
「私はレックスをあなたみたいにはしたくありません」
「――どういう意味だ」
 そうは言ったものの、親父がお袋にめろめろなのは、このメンバーの誰もが知っている。俺達は一応喧嘩はやめた。バリーが埃をはたく。
「まぁ、レックスごときに腹を立てて、僕も大人げなかったよ」
 さっきの親父じゃないけれど――どういう意味だ。こら。
「ああ、良かった。このまま二人が喧嘩を続けていたら、おやつ、取り上げられちゃうかもしれないところだったもんねぇ」
 と、リズ。けれど、実際におやつを取り上げられたことはない。
「あなたも食べます?」
「そうだな――甘い物は嫌いじゃない。……酒の次に好きだ」
 親父は酒豪なのだ。バリーは言葉を探しているようだ。
「あの……ハーレムさんはお酒をあまり飲み過ぎない方がいいのでは……」
 それを聞いて、親父はにやりと笑った。
「俺にそんな口きくなんて、お前はよっぽど命知らずと見えるな。まぁいい。――ルーザー兄貴からも酒は止められてるんだ。お前は飲み過ぎだったってな。ここに来てからは一応はセーブしている」
「それがいいですよ。ハーレムさん……」
 バリーはほっとしたようだった。因みに、俺は酒が飲める方ではない。そういうところはお袋の血筋に似たようだ。
 それから、親父は前は煙草を吸っていたが、ルーザー伯父さんとお袋に厳しく注意されてからは一本も吸っていない。
 お袋はともかく、親父はルーザー伯父さんのことなら大抵のことはきく。弱味でも握られているんだろうか。それとも――ルーザー伯父さんが怖いのだろうか。確かに、ルーザー伯父さんは怒ると怖いけど……。
(あれでもマシになった方だ。以前は見境なく怒っていたからな)
 ルーザー伯父さんについて、親父はそう語った。気持ちはわからないでもないけれど……。
 伯父さんもあれで親父のことを心配してるんだ。俺としては、親父にはルーザー伯父さんと仲良くして欲しい。
「食わんのか? このパイ、旨いぜ。――イレイナの料理はいつもうめぇけどな」
「あなたったら――」
 お袋の頬がほんのり赤くなる。俺とリズとバリーは顔を見合わせてこっそり微笑む。
「あらやだ。この子達ったら笑って――」
「いいじゃねぇか。見せつけてやれ」
 そう言って、親父がお袋の額にキスをした。あー、もうラブラブで結構だな! どちらもいい年してるくせに。
 だが、これが俺の自慢の両親だった。リズとバリーとも家族になれたし、今、俺は最高の子供時代を過ごしてるぜ! 地上の皆!

後書き
レックスの楽園。ここは天国です。
天国というのは、パプワ島に似ていると思います。ここはパプワ島ではないけれど。
パプワ島は天国に一番近い島。でも、天国もそれなりに素晴らしいところだと思います。
2018.08.30

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