レックスの目標

「見てろよ! バリー!」
 そう言ってレックスが鉄棒のバーを握る。
「ああ、君の雄姿、しっかり撮ってあげるよ!」
 バリーと呼ばれた少年が答えた。
「ようし――それっ!」
 レックスは大車輪を始めた。少年は動画撮影用のカメラを向ける。そして――レックスの見事な着地!
「はぁっ。――撮れたか? バリー」
「バッチリ! ま、僕の腕なら、君が多少失敗しても誤魔化せるけどね」
「失敗って何だよ。失敗って――現に失敗しなかったじゃねぇか」
「わかったわかった。悪かったよ」
「ふん」
 風が出て来た。グラウンドが埃っぽい。レックスの口や鼻にも砂ぼこりが入って来た。
「わっ、ぺぺっ」
「早く学校へ戻ろう」
 レックスとバリーは昇降口に行く。そこで、レックスとバリーの女友達、リズに会った。バリーとリズは、割と早くからレックスと意気投合していた。――尤も、リズはエリザベスと呼ばれたがっているようだが。
「何してたの?」
「動画撮ってたんだ。レックスくんが大車輪して」
「ええっ?! レックスくん大車輪出来るの?! 見せて見せて!」
「んー。この砂嵐のグラウンドには戻りたくねぇなぁ……」
 レックスが逡巡していると、バリーが言った。
「じゃあ、この動画を見るといい。視聴覚室貸してもらおうよ――校長先生が素直に貸してくれるかどうかわからないけど」
「あら、おばあちゃんだったら、うるさいこと言わないわよ」
「じゃあ、校長先生に許可もらおうぜ」
 レックスが走り出す。元気が溢れてたまらない。
「ちょっと、レックスくん! 廊下は走っちゃダメっていつも注意されてるでしょ!」
 リズが叫ぶ。いつも通りの風景。バリーが苦笑いをした。
「何よぉ。バリーくん。笑ってないで注意してやって」
「んー、でも、無駄だと思うけどねぇ……」
 バリーはまたも笑いを堪えた。
「全く……うちの男子どもと来たら……」
 リズは腕を組んで文句言いたげな顔になった。でも、仕方がない。男の子と言うのは、元気やいたずら心に溢れた存在なのだ。それは、「いい子」と称されるバリーでさえ例外ではない。
「早く来いよ。リズ」
 レックスがひらひらと手を挙げた。
「あっ、待ってよ」
 リズは早歩きで追いかける。――三人は校長室に着いた。
 コンコンコン。
 リズが校長室の扉をノックする。
「どうぞ。お入りになって」
 中から上品な女の声がする。
「おばあちゃん……? エリザベスです。入ります。――バリーくんとレックスくんも一緒です」
 そう言ってリズは扉を開ける。
「あらあらはいはい。――よく来てくれたわね。三人とも」
「校長先生、俺、大車輪の動画撮ったんだよ」
「僕達、だろ。レックスくん。――それに、動画は僕が撮ったんだから」
「それで、視聴覚室で見てみたいなって、三人で話してたの」
「まぁ、そうだったの。――ハーレムくんも大車輪が得意だったわ」
 リリーが遠い目で思い出を語る。
 ちっ。ここでも親父の名前が出てくるのか。――レックスは舌打ちをしたい気持ちに駆られた。校長先生はにっこりと笑う。
「私も見てみたいわ。そうね――今の時間だったら視聴覚室は空いてるから。それでね、私も、見ていいかしら?」
「あ、うんいいよ」
「どうぞどうぞ」
 校長先生の言葉にレックスとバリーが喜ばしげに声を上げる。
「おばあちゃんなら大歓迎よ」
 リズも言う。
「じゃ、行きましょうかねぇ。視聴覚室の鍵を取って来るわね」
「やった!」
 レックスとバリーはハイタッチをした。その後、リズも入ってきて、また手を叩く。小学生と言うのは楽しいものだ。レックスは父親に対する錯綜した想いが少し和らいだような気がした。

 校長先生の後に従って、レックス達は視聴覚室に向かう。ここの小学校の視聴覚室は広い。――機械特有の臭いがする。
 バリーがビデオ鑑賞の用意をしてくれる。バリーは頭が良く、どんな機械でも使いこなしてしまう。だから、動画も撮れたわけだが。因みに動画用カメラもバリーの物である。
「かなりかっこいいよ。レックスの大車輪は。リズくんなんか惚れ直すかもな」
「な、何よ。バリーくん。私はレックスくんのことなんて別に……」
「赤くなって否定するとこが怪しいなぁ……」
「な……赤くなってなんかないわよ! 人の顔の色なんてそんなに変えられるもんではないわ!」
 リズが脱線しかけた時だった。
「おい、バリー。早く始めろよ」
 レックスがバリーをせっつく。バリーはかちゃっと眼鏡の位置を直す。
「そうだったね。さぁ、始めようか」
 動画の映像と言っても、レックスが鉄棒に掴まってぐるんぐるん回っているだけのものである。――でも、三人は興奮していた。
「すごい! 体操の選手みたい!」
「だとさ。リズくんの言う通り、体操の選手でも目指してみたら?」
「それもいいな」
 ――三人はきゃいきゃいと子供らしく盛り上がっていた。校長先生は静かなままだった。やがて、校長の頬に涙が伝う。
「どうしたの? おばあちゃん」
 リズは首を傾げて訊く。
「え……ええ……昔のことを思い出してしまって……ハーレムくんにとってもよく似てるわね」
「親父と比較しないで欲しいな」
 レックスはぶうたれる。
「あ……ごめんなさいね。――でも、ハーレムくんの大車輪の方がもっとキレがあったように思うの」
「親父の方が……」
「おばあちゃんの言うことなんか気にしなくてもいいのよ。レックスくん。私はこれで充分上手いと思うから」
 リズに褒められても、ハーレムに勝たなきゃ意味がない。
「よし! 明日も特訓だ!」

 リズがはぁ、はぁと駆けて来た。
「バリーくん、レックスくんは?」
「あそこ」
 バリーは鉄棒の方を指差した。そこには大車輪を一生懸命やっているレックスの姿が。
「レックスくんはあらゆる面でお父さんを超えたいんだと」
「でも、レックスくんのお父さんはもう――」
「ここにいたのね」
 校長先生がやって来た。
「私はちょっと余計なことを言ってしまったらしいわね。レックスくん。あなた、ハーレムくんの大車輪に近づいて来ましてよ」
「校長先生……」
 レックスは鉄臭い手で、涙でぐちゃぐちゃの顔を拭う。
「でも――親父より上手くならないと……」
「焦ることはないわ。レックスくんだったら、きっとハーレムくんを超えられると思うの。きっと、ハーレムくんもあの世であなたのことを応援してるわよ。――何事も焦らず、一歩、一歩ずつよ」
「先生……」
 それから、何事も楽しんでやること――そう言って校長先生は微笑んだ。レックスもつられて微笑んだ。
 そう、確かにあの世からハーレムが見守ってくれているような気がする。レックスの負けん気の強さは直らないとしても。――ハーレムはレックスにとっての目標なのだから。

後書き
レックスの負けん気、私はかなり好きです。流石ハーレムの息子!
……と、自分で作ったキャラに入れ込んでちゃ世話ないですね。
レックスはハーレムを超えられるか?! ――かなり高いハードルのような気がする。
2018.08.20

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