レックスの秘密

「はい、後ろ向いて」
 ――高松が言う。健康診断の最中だ。レックスは素直に従った。医務室は薬品の臭いがする。高松は今日、特別に初等部の医務室に健康診断の為にやって来たのだが――。
(嫌だなぁ)
 ガンマ団士官学校のOBに散々脅されたレックスは思っていた。
 しかし、高松はちゃんと医者をやっていた。
「はい、異常なし、と。後は結果待ちですが、多分それも異常なしでしょう。――丈夫ですね。ハーレムに似て」
 高松はそう言ってウィンクした。……そんなに嫌な先生でもないのかもしれない。
「はい」
 レックスは勢い良く答えた。

「レックスくん、ちょっといいですか?」
 高松に呼ばれたレックスは胸をドキドキさせた。もしかして隠れた病気が見つかったとか? 自分でも情けないと思うが、レックスは死ぬほど病気が嫌いだった。――病気が好きという人もいないとは思うが。
「ちょっと、二、三質問いいですか?」
「――はい」
「実はこっそり君の遺伝子を調べてみました。――そう言われても気を悪くしないでくださいね。ちょっと気になることがあったものですから」
「え……?」
「君は――オレンジ色の髪をしてますが、青の一族は皆金髪碧眼なんですよ」
「そうなんだ」
 レックスは知っていた。青の一族がシンタローやレックスを除けば金髪碧眼であることは。だが、遺伝子を調べられていたとは――。高松が口の端に微笑みを浮かべた。
「……青の一族の秘密は知っていますか?」
「なんか秘密あんの?」
 レックスの言葉遣いがいつもの調子に戻った。高松は溜息を吐いた。
「聞かされてはいないんですかね。あのことは――。あなたはまだ子供ですしね。私も出来れば知らせたくはないんですよ――これは君がもっと大人になったら話すつもりでいましたからね」
「俺、もう大人だよ」
 高松がまた笑った。
「そういうとこ、本当にハーレムにそっくりですね」
「や……えと……」
「秘石眼のことを聞いたことは?」
「あ……ある……!」
「その秘石眼を、あなたも受け継いでいるのですよ。殺人兵器にもなりかねない目をね――」
「は――」
「……いずれサービスに面倒を見てもらいます。今日はもう帰っていいですよ」
「はい……」
 レックスは悄然とした。
「レックスくん。秘石眼の力はコントロール出来ればどうってことはありません。コタローくんでさえコントロールの方法を覚えたんですから」
「コタローも秘石眼なの?」
「はい。――彼は両目とも秘石眼でね。その為にいろいろ大変な目にあって来たんですよ。――同情に値します」
「コタローはいつだっていいお兄さんだったぜ」
「今はね」
 コタローにも黒歴史があるのか――レックスは思ったが黙っていた。いずれ時が来たらコタローからレックスに話をしてくれるに違いない。レックスはコタローを信頼していた。シンタローよりも信頼していたかもしれない。
 そういえば、これからお茶会があるんだっけ。
「高松はお茶会出るの?」
「行きたいのは山々なんですが、これから仕事なんですよね」
 プリントに目を通しながら高松は再び長い溜息を吐いた。
「へぇ……ちゃんと医者やってんだ」
「どういう意味ですか、それは。――あなたといるとどうもハーレムと話しているような気持ちになりますね」
「――でも、俺は親父じゃない」
「知ってます。でも、本当は優しいところとかそっくりですよ」
 高松が穏やかな顔になった。レックスははにかんだ。
「いやぁ……」
「それから負けず嫌いなところもね。知ってますよ。あなたがあらゆる面でハーレムを超えようとしていることは」
 それは、レックスが密かに秘密にしていることであった。が、バレても別にどうってことない。
「ああ! 俺は親父を超えるよ!」
 力強く宣言したレックスに高松は目を細めた。
「――頑張ってください」
「ありがとう。……明日はリズとバリーと勉強会があるんだ。この頃俺、勉強の楽しさに目覚めて来たみたいでさ」
 高松はぷっ、と吹き出した。
「何だよぉ」
「いえね――そういうところはハーレムに似てないんだなと思って」
「俺のお袋、成績良かったもん。親父はドベだろ?」
「良く知ってますねぇ」
「先生方にいろいろ聞かされるんでね。特戦部隊隊長の親父を持つと大変だ……」
 レックスもふっと溜息を吐いた。
「あなたは大人なのか子供なのかわかりませんね」
「十歳だぞ。子供だろ」
「考え方がですよ。――ハーレムもそんなところがありましたねぇ……」
 高松が遠い目をした。高松は、昔ハーレムと同級生であった。士官学校の同年代の友人であったとも聞く。尤も、ハーレムは一年で退学してしまったが――。
(俺は、親父を超える為に頑張らなくっちゃ)
 レックスはぎゅっと拳を握ってそれを見つめた。
「……行かなくていいんですか?」
「――ああ、そうだった。大変大変。遅れる遅れる」
 現総帥のシンタローは時間に厳しいという訳ではない。ただ、遅れるとレックスの心に罪悪感が湧いて来るのだ。
「くそ真面目ですねぇ。あなたって……」
 ドアの閉まる前にそんな台詞が背中から聞こえたような気がした。

「シンタロー!」
「よぉ、レックス。時間通りにちゃんと来てえらいぞ」
 シンタローはティーポットから紅茶をカップに注いでいた。薔薇の模様のあるやつだ。レックスには紅茶の良し悪しはわからないが、孤児院で飲んだのとは別物のなのはわかる。――馥郁たる香りが辺りを包む。
「ダージリンか。いい香りだ」
 もう座っていたサービスが言う。
「へへ……叔父さんより紅茶淹れるの上手くなってきたかな」
「そんなことを言うのは十年早い。――だが、手際が良くなって来たな」
「えへへ……」
(シンタロー、嬉しそう)
 シンタローが嬉しいとレックスも嬉しい。何故だろう。シンタローにはシンパシーを感じていた。シンタローはいつも傍にいてくれた。――シンタローは自分のことをわかってくれていた。
 秘石眼のことを訊いてみようかと思う。だが、その話題がこの茶話会にそぐわないことをレックスはわかっていた。レックスは空気を読むのに長けていた。――特殊な生い立ちのせいであるかもしれない。ハーレムはもっと強引な性格だったと聞く。
「兄さん」
 玄関の扉が開いて、コタローが現れた。そして石段を降りてシンタローに挨拶をする。
「今日は兄さんがお茶を淹れてくれるんだね」
「コタロー……コタローがお兄ちゃんの淹れた紅茶を飲んでくれたら、お兄ちゃんそれだけで幸せだよ……」
 そう言いながら涙と鼻血を垂らすシンタロー。この癖さえなければいい男なのにな、とレックスは思う。未だに結婚出来ないのもこの癖のせいなのではあるまいか。
「はいはい、兄さん。そこまでにする。鼻血吹いて」
「あー、コタロー……」
「キンタロー兄さんは?」
「あ? なんかグンマと変な発明してるぜ。いいじゃねぇか。あいつらのことは」
「そんな訳にはいかないよ。呼んでくる」
「あー……コタロー……」
「ったく、相変わらずだな。シンタローは」
 こんな男が血を分けたいとこであるのを考えると、レックスは些か複雑になる。――親父はまさかこんな変態ではなかろうな。
 マジックもシンタローの巨大ぬいぐるみを抱えて寝ていると聞くし、こいつらはもうどうしようもないと、レックスは諦めの境地に達した。そして、この親族の性癖は、出来るものならリズとバリーには秘密にしておきたい。そうも思った。

後書き
ちょっと最後はギャグちっく。
シンタローさんも相変わらず健在ですかね(笑)。
2019.07.30

BACK/HOME