レックスの墓参り

「うわぁ、いい風――!」
「大人しくしてろよ。窓から落ちたら大変だろ?」
 従兄弟のシンタローが言う。
「海のにおいだー!」
「だから大人しくしてろって」
「大丈夫だ、シンタロー。レックスのことは俺が見張っている」
 キンタローが言った。このキンタローという男は、昔大変な目にあったらしい。そのせいか、性格が老けている。
「ま、キンタローに任せておけば安心だな」
 シンタローは、キンタローを心の底から信じている。シンタローはガンマ団の現総帥で、キンタローはグンマと共に俺には何だかわからない研究をしている。ジャンや高松と一緒に。今回はキンタローだけがついて来た。
 俺はレックス。今から親父の墓に行くところだ。親父の名はハーレム。親父の墓はここからそんなに遠くはない。俺達は弔花を買った後、シンタローの赤い車で墓場を目指している。お袋も一緒に親父と仲良くしてればいいな。
 ――あ、お袋も死んだんだ、俺。でも、同情は無用だぜ。キンタローも同じ目に合ってんだからな。グンマも――グンマのお袋はコタローが生まれる前は生きていたけれど、そのお袋はシンタローのお袋だとずっと信じていたんだって。
 大人の世界も大変だな。俺が言ったら、キンタローは真顔でこう言った。
「まぁ、俺達は特別かもしれないがな」
 俺にはわけのわからないことだらけだ。青の一族も、キンタローの過去も――シンタローの存在も。それでも、俺にだってこのことはわかっている。
 この一族は、どうやら普通ではないらしい。
 けれども、みんな優しい人達なので、あまり首をつっこむのもあれだなと思って――要するにほっといている。どうせ時期が来れば詳しく説明してくれるだろう。――シンタロー辺りが。
 車が墓場に着いた。俺達は親族のお墓に挨拶をする。
 祖父や祖母、レイチェル伯母さんやステラ伯母さんの墓を回った後――。
 ついに親父とお袋の墓の前に来る。お袋の墓は、マジック伯父さんたっての頼みで親父の隣に設けたものだった。
 俺は代表して親父達の墓に花を供える。そして、キリスト教式に手を組み合わせた。親父には酒も必要だろうか。花の香が風に舞った。
(親父、お袋、聞こえるか――? あの世でも仲良くしてくれよ)
 俺は一心に祈りながらそう思った。そして隣を見てみると――。
 あのキンタローが泣いてる。あの完璧人間が――。
 けれど、目をごしごしと擦ってキンタローを見ると、もう彼は涙を流していなかった。
 俺の気のせいか。
 だけど、キンタローはいつもハーレムに世話になってたというか、世話していたというか――そんな噂が聞こえて来る。昔はキンタローもやんちゃをしていたらしい。
 今のお気遣いの紳士となったキンタローを見てると、おっかない過去があったとはとても思えない。ロッドが写真を見せてくれたけど――なんつーか別人のようだった。
「また風が出て来たな」
 シンタローは髪が靡くに任せる。シンタローの髪は綺麗な長い黒の髪だ。誰もがこの男に憧れる。
 そして、勿論、俺も――。
 でも、恥ずかしいから秘密にするんだ。
 マジック伯父さんは見抜いていて、「シンタローはね、君のいいお兄さんになりたいんだよ」と、嬉しいことを言ってくれた。マジック伯父さんは昔はいい男だったっていうけれど、今だっていい男だ。
 そう言ったら、コーヒーをコポコポと淹れながら、
「嬉しいね。ハーレムの忘れ形見にそう言われると」
 と、照れながら話した。俺は、将来は親父とか、マジック伯父さんみたいな男に育ちたいと思っている。サービス叔父さんは――ちょっとジャンルが違うと言うか……。でも尊敬はしてるんだぜ。
 シンタローもサービス叔父さんを尊敬している。
 俺は、サービス叔父さんとコタローは似てる気がする。コタローも愛情をたっぷり浴びて育ったが、昔は幽閉されていたらしい。あのマジック伯父さんに――。
 ……ちょっと想像つかねぇなぁ。あのマジック伯父さんが。そして、美しくも優しく育ったコタローが悲劇の子供だったなんて――。
 彼らが変わったのは、あの島が原因であるらしい。
 パプワ島。
 俺も連れて行ってもらったことがある。生物の沢山いる、楽しい島だ。あそこではいつもユニークな事件が起こる。
 ――ドクツルタケのコモロのせいで死ぬ目に合ったこともあるけどな……。
 いつか、俺の友達も呼んで、どんちゃん騒ぎをしたいものだ。俺、顔が広いから。
 でも、パプワ島にそんなに人を呼んで大丈夫なんだろうか。パプワさんは、
「構わんぞ」
 と言ってくれたが。あの人もおおらかな人だからなぁ……。あの島にいたら、細かな悩みなんて消し飛んじまう。
 シンタローがパプワ島に流されたのが、全ての始まりだった――シンタローが話をしてくれた。だが、話の最初なんて、本当に最初かどうかわからない。最後がどこに行きつくかもわからない。もしかしたら俺達は永遠の物語の担い手であるのかもしれない。
 ――俺は、そうであればいいと思う。でなかったら、どうしてこの世に生まれて来たのだか。
「雨が降りそうだな――帰ろっか」
 シンタローの言葉を合図に俺達は動き出した。
(――どんな親父だったんだろうな……)
 皆から慕われていたという親父。男らしく強かった親父。――時にはいけないこともした親父。いろんな親父を人の話に聞くけれど、俺自身の父親像は、まだはっきり持てないでいるままだ。
「おっ、降って来た降って来た」
 雨足が強くなる。遠くで雷のゴロゴロ言う音も聞こえる。それなのに俺と来たら……。
「腹減った~」
 そう呟くしかなかった。いろいろ考えたんだもん。腹も減るよぉ……。
「もうちょっと我慢しろ。後で俺が上手いアフタヌーンティーをこさえてやっから」
「アフタヌーンティーねぇ……アンタらほんとにイギリス人なの? イギリス人の飯は不味いって聞くけど、アンタらのは旨いじゃん」
「俺はどうだか知らないが、キンタローはイギリス人だ」
 そうだなぁ……キンタローは見るからに英国紳士って感じだもんなぁ……親父と好き勝手やってたなんて信じられねぇ。
「シンタロー。途中で休んだらどうだ? そこら辺の店ででも」
 おお! いいこと言ってくれるじゃねぇか! キンタロー!
「賛成、賛成!」
「ちっ、わかったよ。――ここらあたりの店は外れはねぇからな。あそこに止まろうぜ」
 シンタローの車が駐車場に止まった。シンタローのドラテクは本当に上手い。シンタローは誰にでも出来るって言ってたけどなぁ……大人になったら俺にも出来るんだろうか。
「シンタロー、俺が大きくなったら車の運転教えてくれよ」
「ああ、いいぜ」
 シンタローがにこっ。
「レックス……何故俺を頼らない……車の運転ぐらい、俺だって……」
 珍しい。キンタローのヤツ、慌ててやがる。
「だぁって、キンタロー、いらんことちょくちょく言いそうなんだもん」
「違ぇねぇ」
 俺の台詞にシンタローが笑った。
「いらんことって何だいらんことって……ちょっと注意点をだな、いいか、ちょっとした注意点をだな……」
「二度念を押すようにしなくたってわかるよ」
「くうっ……」
「十歳児に言い負かされてどうすんだよ。ほれ、店に入るぞ。……うー、すごい雨。ほら、せっせと歩く」
 シンタローがいてくれて良かったと思った。シンタローがいねぇと、キンタローいちいちうるせぇもんな。キンタローの親父も神経質だったらしいけど。因みにキンタローの親父はルーザーと言って、息子に瓜二つだ。多分、実際にいたらキンタローと見分けがつかない。――もうとっくに亡くなったけど、写真があるからな。
 そこら辺にも秘密はありそうだが、俺は説明してくれるまで訊かないことにした。――ちょっと失敗してしまうこともあるけれど。
「キンタロー、レックス、何飲む」
「紅茶……と言いたいところだが、今はコーヒーの気分だな」
 キンタロー、はっきり「コーヒーが飲みたい」って言えばいいのに。
「俺も俺も」
「――ミルクと砂糖は?」
「俺はいらん」
「俺も――ブラックかな」
「おや、レックス――ブラックコーヒーなんて飲めるのか?」
「――の、飲めるぜ」
 シンタローが余裕綽々でにやついている。くそっ。シンタローの挑発に乗っちまった。けど、今更引っ込みつかねぇしなぁ――。
「ハーレムはコーヒー派だったな」
「ああ、いかにもあの叔父貴らしい」
 シンタローとキンタローが故人を偲ぶ。親父はコーヒー派だったのか……親父のことを知るのは何となく嬉しい。メモでもしたかったけど、生憎とメモ帳はない。それに、シンタローにからかいのネタを与えても困るし――。
「ま、飲めりゃ何でもいいって男だったからな。ハーレムは。――豪快な男だったぜ。ちょっとレックスに似てたよな。性格も外見も」
「ふぅん」
 俺は運ばれてきたコーヒーを口に入れる。苦い――つーか不味い。
「苦ぇ……おい、アンタらほんとにこんなもん旨いと思って飲んでるのか?」
「――愚問だな」
「このコーヒーの苦さをわかるようになれりゃ、お前も立派に一人前ってことだよ。――ほら、渡しな。砂糖とミルク注文してやる」
 うう……今はこの二人に負けた気がする。早く大人になんねぇかな。俺も。いつか、ブラックコーヒーを苦いと言わず、湯気と共に匂い立つ香りを楽しむような、そんな大人になれるだろうか。シンタローやキンタローや、親父のような――。
 雲間から光が流れ込んで来る。まるで天の階段のような。あの階段を通って親父が現れやしないかと、俺は決して叶わぬ願いを望み、目を細めた。

後書き
レックス達の墓参り。
この話のシンタローとキンタロー、大好き!
因みに、キンタローがいい味出してると思います(笑)。
2019.06.05

BACK/HOME